ライトノベル第一章三話【馴染みのスタジオにて】

「よう詩音。また一人か?」
 スタジオに行くと、見慣れた顔の男が俺の顔をのぞき込むように声をかけてくる。細身で歳の割には若く見えるが、実は四十手前だと噂の店長だ、名は相楽(さがら)という。俺がバンドを組み始めた頃からの顔なじみと言ってもいい関係。
「おっと、そうむくれるなよ。」
 むくれているつもりはない。
 だが相楽さんはよく俺にそう言う。
「そのツラから推測すると、また意見の相違ってやつか? そろそろってとこか。今回はどんだけ続いたっけ? 半年? いや一年弱ってとこか。」
「・・・なにが言いたい?」
「ん? まあ、なんていうかさ。もう少し柔軟に対応するってことを学んでもいいんじゃねーかと思ってさ。」
「あんたの場合、そういう考えだから趣味で終わってるんじゃないのか?」
「おっ、言うね。メジャーで食っていけるなんてのは、氷山の一角。オレは単に身の丈にあった立場ってのを見極めただけだよ。これでも結構今の仕事、気に入ってるんだぜ? いつかこのスタジオからメジャーのバンドが巣立ってくかもしれないそいつらの未来に、思いを馳せるってのもさ。」
 趣味の範囲で楽しみたい奴らを軽蔑しているわけじゃない。
 だが、今の俺には、この男の言葉は挫折した者の言い訳にしか聞こえてこなかった。
 俺はメジャーになりたい。その為の妥協は一切しない。 妥協して生き残れるほど甘い世界ではないことを、俺は知っているからだ。

 そしてこの一ヶ月後、俺以外のメンバーが脱退していった。脱退していった奴らの言い分はいつも同じだ。
「詩音にはついていけない。」
 怒りを漂わせる者、落胆している者、悲しい顔をして去っていく者。脱退していく者の去り際は様々だが、俺はなぜ彼らがそうなのかがわからない。同じ志を持って集まったはずなのに。なぜこうもはっきりと目指す道がわかれてしまうのかを。
 もういい。もううんざりだ。
 何かに振り回され、そして掴みかけそうな時にまたゼロに戻る。
 何度も何度もスタート地点に戻される。仕組まれたゲームのように。
 俺は、上を目指し、そしてメジャーになりたい。今で満足をしたくはない。
 なぜ、それを否定されるのだろう・・・。
 同じ目標を持っていたはずなのに・・・。
 どうして、なぜ・・・。
 俺はあとどれくらいこの絶望を味あわなくてはならないのだろう・・・。そう考えると絶望と言う名の底なし沼に引きずりおろされていくような感覚に陥っていく。
 そしてタイミングが悪いことは続くもので・・・。
「な? オレの勘、結構な線いってただろう? まさか、この間のライブの後とは思わなかったが。」
 と、スタジオの店長、相楽さんが入り口に立ち、俺を見ていた。その目は俺を哀れむような、それとも同情のような。
「詩音の今の気持ち、わかるよ。なんで? と疑問符だらけだろう?」
「・・・っ!」
「同じでも、詩音とまるっきり同じ志っていうのは絶対にない。どこかしら妥協し合って落しどころを探して作り上げていくのがバンド。そして仲間だ。それが無理っていうなら、ソロでやりゃあいい。詩音は楽器も弾けるだろう?」
 それでは意味がない。
 俺はバンドをやりたい。
 だが、確かにこの男の言うこともわからないわけじゃない。
 そうか・・・同じはない。俺は俺だけで、俺以外は俺ではないのだ。
 だが、それがわかったところでなんの解決にもならない。
 また人を集めても一定期間を過ぎれば意見の相違で割れていく。
 いっそのこと・・・。
 ああ、そうか。その手があったか・・・。

 こうして俺はDOOMSDAY(ドゥームズデイ)を立ち上げ、単独で活動していくことを決めた。必要な時にサポートメンバーを募ればいい。固定メンバーに属さず、サポート中心でやっている者も少なからずいる。そんな彼らの中からその時その時に必要なメンバーに声をかければいい。同じ目線のメンバーがいれば彼らの持つ能力に頼ることになる。その気持ちがあるから彼らの気持ちが俺と同じでないことに絶望をしてしまうのだ。
 俺だけなら・・・。
 俺だけの力でメジャーへの道を切り拓いてやる!

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