見出し画像

ことばとは、舟である。

*ことばはつくづく、「舟」のようなものだ。わたしとあなたの間にある海を、それぞれの速度と航海で渡っていく舟。それぞれによって舟の大きさも、形も、構造も、装飾も、何を載せて何を運ぶかも、違う。目的地も違えば、進路も、隔てる海の大きさも、波風の立ち具合も、天候さえも違うだろう。さらにいえば、こちらの岸と対岸では、広がる景色も、土や建物や文化さえも違う。

ことばとは、こちらの岸と対岸を繋ぐ「舟」なのだ。対岸に贈りたいものを載せて海へ出ても、無事に辿り着かないことだってある。時間がかかってしまうこともあれば、こちら側の意図通り、積み荷を受け取ってもらえないことだってあるだろう。ことばは受け手によって意味が捉えられるように、一度向こう岸に渡ってしまえば、こちら側はどうすることもできない。

外交の手段として、舟を使う人もいるだろう。親密になりたいと贈り物を積んで、向こう岸へ舟を渡すこともできる。逆に、鎖国のように、一切の出入りを禁止したり、こちらから海へ出ないことだってできる。とくに目的地もなく旅に出ることもできれば、自国のまだ見ぬ島を開拓するように、航海へ出ることもできる。あまり褒められた使い方ではないが、武器を積んで、戦いにいくことだってできてしまう。

「ことば」は「舟」である。「ありがとう」という誰もがよく使う平たく易しいことばに、感謝を乗せることもできれば、皮肉を乗せることだってできる。とうていそうは見えないことばや、難しいことばを使って、「好きです」という気持ちを向こうへ渡すこともできる。そして、その意味合いは、向こう岸で受け取った人々が決めるものだ。

イカダのような簡易な舟に財宝が積まれていたり、装飾だけ凝った立派な舟の中はからっぽ、なんてこともある。誰に届けたくて、どこに届いて欲しくて、何を積み、どんな海を渡るのか。ことばという舟を送り出すときに大事なのは、その海の広さと、向こう岸のことを考えることなのかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?