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夜明けのすべて

*昨日観に行った映画『夜明けのすべて』がべらぼーに良かった。終わってから勢いのまま、この映画がどれだけ素晴らしいかを同僚に向けて数百字打ち込んで勢いで送ってしまうくらいにはよかった。その文字を打ち込みながら、少し涙ぐんでしまうほどにはよかった。人にやさしくしたいと思わされる、音と光のうつくしい映画だった。DVDを買って、今年の誕生日に観ようと思う。

たぶん、すっごく丁寧にロケハンを重ねている。撮影時間まで決めて、光の入り方まで計算してロケハンしているに違いない。それほどシーンシーンの光の入り方がうつくしくって、そのシーンが持っている意味以上に、景色に目を奪われてしまう。個人的に光のうつくしい映画はそれだけでいい映画だと思っている。光の差し込むような文章って、いつか自分にも書けるのだろうか。

弱いまま、人と人とが支え合う映画というか。弱いままだと自分は救えなくても、隣にいる誰かなら3回に1回は救えるかもしれない。作中でもそんなシーンがあったが、本当にそう思わされる映画だった。強くなりたい。でも、弱いままでも人は人に、とりあえずやさしくできる。その過程で人は強くなっていくのかもしれない。人は、ひとりでは強くもやさしくもなれないのかもしれない。

最近、人間はパズルのピースなんじゃないかと考えるようになった。欠けた部分をごまかしてしまうと、世界に歪みが生じてしまう。それは人それぞれ長所や短所がある、みたいな話じゃなくって、凹ばかりのピースだとしても、それは世界を構築するかけがえのないピースで。自分の欠けた部分で誰かを埋めるようなことがあるんじゃないかと思う。なんか、そーゆーものなんじゃないかな。そーゆー人と出会えることを、人は幸せと呼ぶんじゃないだろーか。

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