見出し画像

A この世に存在しない子どもと遊んだ話

体験者:Aさん(匿名希望)/性別非公表(取材年月日:2022年6月19日)

 幼いころ、自分だけにしか見えない友達と遊んだ記憶のある人はいらっしゃるでしょうか。あるいは自分で覚えていなくても、親から子ども時代に「空想上の友達と遊んでいた」と聞かされて驚いた、という経験のある方もいるかもしれませんね。
 想像力の豊かな子ども時代には、ごっこ遊びの延長で空想上の存在を作り出し、本当に誰かがいるかのように振舞うこともあります。そうして作られた見えない存在は、一般に「イマジナリーフレンド」と呼ばれ、子どもの発達過程において正常な現象であるとされています。

 ほかの人に認識できなくても、自分だけには見えていた友達――それ自体も不思議体験と言えるのですが、このお話の場合は他の人も巻き込んでさらに奇妙な様相を呈しています。

目に見えない友達

 Aさんという方が体験した出来事です。ご本人のプライバシーにかかわる問題もあるため、今回の記事ではAさんの性別や年齢といった具体的な情報については伏せさせていただきます。

 Aさんは既婚者で、配偶者の方と、2人の間に産まれた娘さんと一緒に暮らしています。娘さんはまだ幼稚園に通っている小さな子どもです。
 ある日の休日のこと。Aさん一家はみんな自宅にいて、それぞれ思い思いの時間を過ごしていました。
 なにかの用があって娘さんを呼びに行ったAさんと配偶者の方は、彼女がリビングで不思議な行動をとっているのを目撃しました。

 娘さんは誰もいない空間に向かって、ずっと何か喋っているのです。よく聞いてみると、誰かと話をしているような様子でした。
 娘さんが話しかけている方向にはピアノが置いてあります。Aさんははじめ、娘さんが音の鳴るものに反応して喋りかけているのかな? と思ったそうです。
 でもよくよく見ると娘さんは、そのピアノの上方――天井の隅っこの、何もない空間に顔を向けています。
 Aさんと配偶者の方には、まるでその空間に姿の見えない誰かがいて、仲良くおしゃべりをしているように思えたのです。

 「いったい誰と話をしているんだ?」Aさんは少しぎょっとしましたが、いかにも無邪気に遊んでいる娘さんを見ると、変に声をかけるのはためらわれました。
 育児の本で読んだ、「小さい子どもは空想上の友達を作って遊ぶ」――という話も思い出されて。あれはただ一人遊びをしているだけなんだろう、と自分を納得させます。
 「きっとあの子は想像力が豊かなんだろうな」そう考えた二人は娘さんを無理に止めたりせず、そのまま見守ることにしました。

誰と遊んだの?

 娘さんは何もない空間に向かって楽しそうに話し続けています。
 しばらくすると「バイバーイ」と手を振り、天井から視線を下ろして二人の方を振り返りました。どうやら見えないお友達との遊びが終わって、お別れをしたようです。
 「お遊びはもう終わったの?」と尋ねると、「うん!」と元気よく答えました。
 「誰かと遊んでたみたいだったね。……あそこにお友達がいたの?」
 娘さんが見つめていた、天井の隅っこを指さして尋ねます。
 「うん、女の子だったよ」
 どんな子だった? と聞いてみました。
すると娘さんは屈託のない笑顔を浮かべながら、こんなことを言うのです。

 「あのね。産まれてくる前に事故で死んじゃったお姉ちゃんに、遊んでもらったの」

 娘さんの答えを聞いた配偶者の方は、友達の設定が意外だったのかきょとんとした顔をして、「何なのそれー?」と笑いました。

 しかしAさんは娘さんのその発言を聞いて、背筋にゾッと冷たいものが走りました。

お祓いしようか?

 その場はそれで終わりましたが、娘さんはそれからも時々、誰もいない空間に向かって話しかけることがしばしばありました。
 あの日と同じように、リビングの隅に置いてあるピアノの上方、天井の隅っこに向かって、楽しそうにお喋りしているのです。

 Aさん達がどれだけ目を凝らそうと、やっぱりそこには何も見えませんでしたし、なんの声も聞こえません。遊び終えたあとで聞いてみると、「あのお姉ちゃんに遊んでもらったよ」と楽しそうに言うのです。Aさんは恐ろしくて仕方がありませんでした。

 はじめはただの遊びだろうと思っていた配偶者の方も、あまりに長く続いているのでだんだん気味が悪く感じてきました。自分たちの目に見えない存在が、家の中に住み着いている?――もしそうなら、お祓いでもしてもらった方がいいのではないか、とふたりで相談しました。

 しかし「空想上の友達を作る」というのは、子どもの発育過程においてさほど珍しいものではありません。あまり大事にするのもどうかと思い、ふたりはもう暫く様子を見る事にしました。

 娘さんは何ヶ月かの間、天井の隅に向かって話しかけていましたが、気がつけばいつの間にかやめてしまっていました。
 見えないお友達はどうなったのか。気になったAさんが尋ねると、娘さんは「もういなくなっちゃった」と何事もなかったかのように言います。どうやら時間が解決してくれたようだと、Aさんはホッと胸をなでおろしました。

 それ以来、Aさんの家では何も不思議なことは起こっていないそうです。

解釈

 お話しはこれで終わりですが、Aさんが娘さんの言動にそれほどまでに恐怖を覚えたのには理由があります。

 見えないお友達について最初に尋ねた時に娘さんが言った、「産まれてくる前に事故で死んだお姉ちゃん」――その言葉がAさんの頭の中を反復し、自然と昔のことが思い出されてきました。
 Aさんは、大学時代に付き合っていた恋人との間にできた子どもを、相手と相談のうえで中絶した過去があったのです。

 Aさんは過去の恋愛遍歴を他人に言いませんでしたから、配偶者の方が中絶経験を知っている筈はありません。ましてや幼い娘が知っているなんてもっとあり得ない……。

 「産まれてくる前に事故で死んだお姉ちゃん」
それはもしかして――。

 娘が遊んでいたのは、彼女の頭の中で作られた想像上のお友達なんかじゃなく、自分が昔に中絶した子どもかもしれない。
 その霊が娘の口を借りて、いつか恐ろしい言葉を口走るかもしれない。

 そう考えると、Aさんは身震いがして堪らなかったのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?