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傍腫瘍性神経症候群のお話

夫の母トモコさんは普段からウォーキングやヨガをしている健康的な72才でした。ところが目の手術の後3週間ほどで一気に全身が動かせなくなりました。

乳癌をきっかけにした傍腫瘍性神経症候群(ぼうしゅようせいしんけいしょうこうぐん)と判明しましたが、最初はギランバレー症候群の疑いからはじまり、最終的に傍腫瘍性神経症候群ということにおさまったのは入院から数ヶ月経ってからでした(目の病気は最終的に関係がないとのこと)。

その約半年間の、体調不良から回復までの記録です。

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体のわきあたりにピリピリとした痛みが走ったのが最初の違和感。

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偶然、定期健診の眼科で網膜剥離が見つかり、手術することに。
この、目の入院があったため、しばらく症状が目から来ていると誤解してしまうことに…。

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前回の網膜剥離ではこんな症状は出なかったのに、おかしいな、と思いつつ眼科を退院。入院中の転倒で頭部を強打、その際にCTで検査したこと、病院が大きいため異常があれば他の科に相談してくれるはず、と勝手に解釈していました。今振り返ると、この時にもっと働きかけて精密に検査をしてもらえばよかった。

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17日目の私の日記

"夜中に一人で壁を支えながらトイレに行ったことを次の日の朝、トモコさんが誇らしく話していて、子供たちとトモコさんをたたえる。…"

みんな退院後少しずつ良くなっていくと思っていたので、トモコさんの努力を支えながら見守っていました。けれど少しづつ体を支えることができなくなり、最終的には椅子を押してトイレにつれていくように。
口の中の感覚もおかしいということで病院に相談に行くも原因は不明、寝返りを打てなくなり私も支えることが困難に、入院することになりました。

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入院時の検査ではギランバレー症候群の疑いと書かれていました。入院したのは脳神経内科。症状は脳梗塞に似ているとのことでした。入院直前ではストローで飲んでいた水分も、スプーンでとろみをつけたお茶に代わり、すぐに点滴に代わりました。この時辛そうだったのはお通じ。この時期から数カ月の間、お通じなどの排泄が自力で出来ないことの苦しみをそばで痛いほど感じました。

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お腹や背中(床ずれ)をさするために病院に通っていましたが3日に1度は何かのトラブルでひどく苦しむトモコさんがいました(この時期コロナの面会制限がありませんでした)。この体の辛さに終わりがあるのか、見通しがわからないまま検査の結果乳癌が発見されました。この時、傍腫瘍性神経症候群の可能性を言われます。

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免疫系に作用するグロブリン治療のための同意書にハンコが必要と言われ、夜中に家を往復した時、ハンコ文化を呪ったことが記憶に強く残っています。少しでも体が楽になるなら早く点滴をしてほしいと思いながら車を走らせました。

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検査のために大きな病院へ転院。1時間近い移動が必要な転院はトモコさんにとっては負担そうでした。トラック用の敷布団を購入して転院に備えます。

転院した先での対応がとてもよく、家族で胸をなでおろしたのもつかの間、検査が終わって手術日が決まると元の病院にまた戻ることに。何度も転院しないといけないという初めての経験にびっくりしましたし、体が動かない状態での移動がこんなに苦痛なのかと初めて知りました。そして新しい病室になるたびに繰り返し質問されるため、トモコさんの資料を手に説明を繰り返しました。毎回同じことを聞かれるので毎回同じ情報を伝えるために資料を作ったのですがそのたびに「医療関係のお仕事ですか?」と聞かれました。資料がなかったら毎回違うことを答えていたと思います。

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ナースステーションの呼び出しベルが使えないため(体が動かないので)、音声で感知する機器を用意して頂きました。

コロナの影響で病院にいる時間の制限が始まり、家族としては心配でしたが、言葉を発するのが難しい状況でもトモコさんはいつも前向きな言葉を口にし、感謝の意思を伝えてくれていました。お通じの辛さはずっと続いていて、そのことはとても気がかりでした。

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「乳癌」と「神経症状(体が動かない状態)」のふたつの症状のうち、まず乳癌の摘出をしてから様子を見るという流れで、乳癌の摘出手術が行われました。また1時間近くの車移動、入院手続きで家族もなかなか疲労感が大きかったです。

手術は無事に済み、呼吸器の関係で数日ICUにいてものの、すぐ一般病棟へ移動になりました。コロナの影響で病室には行けませんでしたが、荷物を運ぶ際少し話した時に手術があっという間で何の負担もなかったとトモコさんが感想を話していました。

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再度1時間近くかけてもとの病院へ。術後の様子が良いことから、神経症状へのアプローチとしてステロイド点滴が始まりました。1週間あけて3度のステロイド点滴が行われました。

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コロナの影響で病室に行くことができなくなり、洗濯ものも看護師さんに渡すようになっていましたが、久々の面会ができることになり、病室に向かうとそこに立っているトモコさんがいました。

「治療がうまくいっても、1年後に歩けるようになるかどうか」という医師の言葉もあり、思った以上の早い回復で感動より驚きが上回り私の涙は引っ込みました。

この時強く思ったのが、「トモコさんの見た目がもとのトモコさんになった」ということ。体が動かなくなった時のトモコさんの印象がもとのトモコさんからかけ離れていたんだなと実感しました。

乳癌の切除と免疫へのステロイド治療がうまくいったため、トモコさんは「傍腫瘍性神経症候群」という診断になりました。体が動かなくなっていったのは乳癌をきっかけに体の免疫が自身の神経細胞を攻撃し続けたからとのこと。学会で発表するくら稀なケースらしいです。

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その後入院できる日数いっぱいをつかってリハビリの毎日が続きました。そして退院。2ヶ月程自宅でいっしょにすごしました。

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長期間の入院で心が疲弊していないかと心配していましたが、ニコニコと毎日お料理をしてくれました。ペットボトルが開けられないくらいの握力で包丁を持ち、「できると思ってできないこともあるけど、なんとかなるね」と穏やかに自分の体と向き合っている姿を、私はずっと覚えておこうと思います。

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