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行列に並ぶ心理的コスト


並んでまで得たいものがない

 嘘やん…5年ぶりに北の大地、札幌に降り立ち、夕食を済まてチェックインしようとした矢先のことだった。いわゆるご当地グルメの代表店はどこも行列ができており、入店まで1時間〜2時間待ちはザラの状況だったからだ。

 ただ待つのが何より嫌いな私は、整理券すら受け取らずに違う店に振り返るべく移動したが、移動した先でも同じような状況が繰り広げられていて、終いには30分前のラストオーダーよりも遥かに早い、1時間以上前の段階で受付が終了し、無事に外食難民化した。

 いくら札幌とはいえ3月の平日である。雪まつりが終わり、春先で雪が溶け始めて足場が悪くなるため、時期的には観光するには向かない閑散期にも関わらず、長蛇の列が形成されていた。

 コロナ明けで人手不足という要因もあるだろうが、そうだとしても、オフピーク時に1〜2時間待ちは、さすがに経営者目線で稼働率を考えると、相当な機会損失が発生していると思われ、繁忙期には目も当てられないようなキャパオーバーになっている地獄絵図を想像してしまった。

 それならば、ニセコのようにアルバイトの単価を1500円超に引き上げれば、多少は労働力が増強でき、パツパツな稼働率が緩和される筈だが、それをせず、店内から店外まで待ちが発生しても、文句も言わずに、ひたすら待っているのは、道民のおおらかな性格も影響しているのだろうか。

 そんな稼働率を改善して儲けることしか頭にない、東京人染みた発想を巡らせながら、1泊目は食べることを諦め、2泊目以降は学習して整理券方式の店舗で発券だけして、近くで時間を潰してから来店するよう対策した。

 そんな私だが、いざ、1〜2時間待ってご当地グルメを食べた際に、時間を潰せたから良いものの、わざわざ並んでまで食べるほどのものではないが正直な感想だった。

 待つことに慣れていない私からすれば、行列に並んでまで得たいものなど、基本的に無いのだ。

平日や閑散期の快適さに慣れると待てない

 日本の社会システムの枠組み上、土日休みで平日の日中に就業するスタイルが一般的と思われる。事実上、職業訓練的な位置付けとなっている学校教育でも、同じスタイルが踏襲されている。

 それにより、私のような生まれ付きの夜型人間は、体内時計的に覚醒していない時間帯に叩き起こされ、脳が覚醒していない状況下で無理やり座学をやらされ、最も高いパフォーマンスが発揮できる時間帯を前に帰らされる苦行を、最低でも中学卒業までこなさなければならない不遇なハンデを背負う。

 夕方からブーストが掛かるのに夕方に終業では、秘密のまま誰にも知られずに終わった秘密兵器並に役立たずなのは想像に難くない。だからこそ、平日9時17時みたいな職に就くことは、端から選択肢から除外して、一昼夜交代勤務の駅員となった節はある。

 そうしてシフトワーカーとなったことで、平日休みや閑散期という何をするにも安くて空いている、ボーナスステージのような快適さに味を占めてしまうと、待つことができなくなり、行列に並ぶことへの心理的ハードルが高くなる。

大きな石と、小さな石と、壺の話

 土日休みの混雑にすっかり慣れてしまい、何の疑問も感じず受け入れている方は、一度、冷静になって考えて頂きたい。旅行先や娯楽施設で、混雑や行列に耐えて、割高な対価を支払って得られる報酬と、支払うコストが果たして釣り合っているだろうか?

 パンピーの多くは賃金労働者であり、時間の切り売りでお金を得ている構造上、時は金なりどころか、人生そのものであり、有効活用しようがない待ち時間によるロスを機会損失と捉えると、案外行列に並ぶコストは馬鹿にならない。

 人生100年時代とも謳われるが、平均寿命から現実的に考えて80年と捉えると、24×365×80=700,800時間しかない。そのうちの1/3(233,600時間)は睡眠に、ざっくり80,000時間が賃金労働に消えると考えると、可処分時間は思っているほど多くは残らない。

 別に1時間待った=本来なら時給単価分稼げたなんて意識高い系自己啓発書にありがちな説教をしたい訳ではなく、純粋に限りある人生で、その時間が必要なのか否かの優先順位を付ける癖を付けた方が、最期に病院のベッド上でやらなかったことを列挙して後悔する項目が減らせると考える。

 「会社がなぜ消滅したか」の文庫本あとがきにある大きな石と小さな石と壺の話は有名だが、人生のやりたいことが大きな石だとしたら、日常の決して有意義ではない待ち時間は、砂や水といった、重要度の高くない時間であり、それにより大きな石(=重要なもの)が入る余地が無くなれば、何のために生まれて、何をして生きるのか、やせたかなしい姿になって後悔する人生になりかねない。

 私にとって「行列に並んででも食べたい人気店」は、それによって失う時間価値以上に、得られるベネフィットが大きくないと並ぶ価値が見出せない訳で、そうして捻くれていくと、閑古鳥が鳴いているような店を、話のネタを作るつもりで怖いもの見たさでチョイスしては、ニッチな穴場を見つけて喜んでいたりする。

 なお、リピートしようと思ったら人気店化していたり、定休日or潰れていたなんてことも往々にしてあるが、これらは人気店では得られないネタであり、それはそれで美味しかったりする。


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