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想定外の事態は準備不足。

全ての物事にはリスクが伴う。

 ユダヤの聖典「タルムード」には、想定外という概念がない。全ての物事には必ず不確実性という名のリスクがあり、あらゆる危機は起こるものと受け止め、それに備えるべきであるという行動規範である。

 ホロコーストの歴史を乗り越えて来た方々に継がれる教えだけあって、非常に重みや深みのある、考えさせられる内容となっていると共に、常日頃、多少の不利益を被った位で「こんなはずではなかった」と嘆く我々の浅はかさを思い知らされる。

 雪害で列車が駅間で立ち往生し、乗客が長時間車内に閉じ込められたニュースは記憶に新しい。同業他社ではあるものの、一介の鉄道員として、恐怖政治体質に伴う指令所と現場のギャップや、異常時対応の詰めの甘さが露呈して、事業者側の落ち度が全くなかったとは言えない、杜撰な対応だったことは明らかである。

 歴史は繰り返す。の一言に集約するべきではないのかも知れないが、ちょうど四半世紀前の1998年1月8日に、横浜駅手前で同様の事象が発生しており、業界人としては想定できた事象である。それにも関わらず、結果として救急隊がトリアージを行う事態に発展した意味では、人災に他ならない。

 国交相が指導する体たらくだが、業界人として鉄道会社そのものが、組織そのものがあらゆる面で腐敗しており、異常時の機能不全は、起こるべくして起こしている感が否めず、これらを根本的に解決して、利用者側が何の疑いもなく、安心できる様な体制に生まれ変わる姿は想像が付かない。

 それ位、今の現場にはどうしようもない、よどんだ空気感が蔓延っており、これでは、いつまた尼崎の事故の様な悲劇が起きても不思議ではないと、同業他社ながら危惧しているが、倒すべき敵が多すぎて、個人で闘っても潰されるのが関の山な無力感に苛まれ、今春から「関わらない」と言う最後の手段を行使する運びとなった。

 事業者側に期待したところで、劇的に改善する期待が持てない以上、利用者側で今回のような事態は起こり得るものと想定し、自分の身は自分で守ることを心掛けた方が賢しい選択となるだろう。他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられるのだから。

運送約款から読み解く鉄道利用のリスク。

 そもそも論になるが、公共交通機関には運送約款が定められており、切符などの乗車券類を発行した時点で約款に同意したものとみなされる仕組みになっている。事業の性質上、保険屋のように契約の度に重要事項を説明するのは現実的ではないためだ。

 一応、約款を表示または公表する必要があるため、係員に約款の提示を求めれば開示する義務はあるが、私が駅員をやっていて、その手の請求をされたことは一度としてなかったため、世間一般には存在すら認知されていないだろう。

 私は法律の専門家でもなければ、理系寄りの思考回路で、文系特有の解釈の余地を含めて行間を詠む能力は決して高くないため、解釈違いがあるかも知れないが、ざっくりとした内容は、お客様を安全に目的地まで輸送する債務を履行する対価として運賃を頂き、債務不履行になった場合は代替手段を提供するか、運賃を返還するかが大枠になる。

 意外に思われるかも知れないが、運送約款上、時間を守ることに関しては明記されていないため、基本的に遅延に対する補償はなくても法的に問題はない。

 因みに新幹線や特急列車が2時間以上遅延した際に、特急料金だけが払い戻しとなるのは、速達性という付加価値に対して、料金を収受しているにも関わらず、それが不履行となったからであり、安全に目的地まで輸送する債務は果たしているため、乗車運賃は収受されると言った具合である。

 つまり、自然災害で列車が立ち往生して、代替輸送も提供できなかった場合、運送契約は債務不履行となり、払い済み運賃を返還すれば法的には問題ないことと解釈され、深夜帯に宿泊施設の用意もなく列車から降ろされるリスクを内包する形で、他の交通機関よりも安価に移動しているとも捉えられる。

災害に強い交通機関と、最良の自衛手段。

 運悪く上記の事象に遭遇してしまった方の心情としては、運行事業者を許しがたい気持ちになるが、民法上の問題がない以上、我々ひとりひとりがリスクを洗い出し、対策する形で自衛する他ない。

 災害に弱い都市部で、悪天候が想定される時くらいは、多少時間やお金は掛かっても、悪天候に強い鉄道路線や、他の移動手段を選択してリスクを軽減するのがベターだろう。

 今回の事象であれば、競合路線の京阪は最強伝説があるし、阪急も運転していた。確かに新快速の速さは魅力的だが、常にしのぎを削って経営していた民鉄と、長年赤字垂れ流しが放置されていて、巨大組織故に痒いところに手が届かない旧国鉄とでは、体質が大きく異なる。

 国鉄や公営と違い、民間の鉄道事業者が運行不能になることは経営上の死を意味する。ポジショントーク感は否めないが、どちらの方がリスク管理がしっかりしてそうか察しが付くだろう。

 個人的に、地下鉄、路面電車、京成、静鉄、京阪、西鉄(特にバス)辺りは、災害に強い印象がある。

 とはいえ悪天候が想定されるなら、そもそも「不要不急の外出を控えたり、会社や学校はリモートに振り返るか休んで頂く方が、利用者と事業者双方のタメになる」が現業職従事員としての本音である。

 それを言ってしまえば元も子もないが、イタリアの様にみんながみんなバカンスで長期休暇を取るもんだから、会社が回らないのが当たり前位の、アバウトさが世間の共通認識になって許される社会になるのが一番の解決策だと、時間を無視して生きている鉄道員として常々思う。


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