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【RESEARCH Conference Pop-up in KYOTO 〜不確かなものに輪郭を与えるデザインリサーチ〜】当日レポート

デザインリサーチ、UXリサーチをテーマとした日本発のカンファレンス「RESEARCH Conference」のアフターイベントとして、RESEARCH Conference Pop-up in KYOTOが開催されました。プラチナスポンサーの株式会社インフォバーンにご協力いただき、当日約60名の参加者が集い、300名以上の方にオンラインでご視聴いただきました。

テーマは「不確かなものに輪郭を与えるデザインリサーチ」。下記のみなさまに登壇いただき、デザインリサーチの理論と実践についてプレゼンテーションの他、パネルディスカッションを実施しました。

【登壇者】
株式会社インフォバーン デザインディレクター・辻村 和正さん
デザイナー/デザイン研究者・三好 賢聖さん
株式会社日立製作所 デザインセンタ 主管デザイナー・柴田 吉隆さん
株式会社マネーフォワード デザインマネージャー・村治 泰広さん
パナソニック株式会社 デザイン本部 シニアデザイナー・浅野 花歩さん
株式会社インフォバーン デザインストラテジスト・山下 佳澄さん


part1 リサーチスルーデザインの現在地

パート1は、株式会社インフォバーンからの 「リサーチスルーデザインの現在地」。デザインディレクター・辻村 和正さんとデザイナー/デザイン研究者・三好 賢聖さんから、研究分野においてのデザインリサーチの現在地についてお話いただきました。

企業の新規事業や製品サービスのデザイン、イノベーションを推進するような人材・組織の開発などを支援するインフォバーンのID [INFOBAHN DESIGN LAB.](以下、IDL)に所属する辻村さんから、今回のイベントテーマの背景をご説明いただきました。

 辻村さんは、デザインリサーチを「白衣を着てラボでビーカーを眺めて研究したり、図書館にこもって文献を調べるような研究でもない」といいます。では実際はどのような試みなのでしょうか。

(Koskinen et al. (2012) "Design Research Through Practice - From the Lab, Field, and Showroom"  をもとに作図)

デザインリサーチは大きく3つ貢献できる領域があるといいます。

  1. LAB:工学的アプローチ。研究室で行うような、過去の事実に基づいた仮説検証。

  2. FIELD:文化人類学的アプローチ。文脈に依拠した定性理解。フィールドでユーザーや生活者のニーズ・課題を探索する。

  3. SHOWROOM:美学・芸術学的アプローチ。展示などを通じて行う。代替案を生成し、未来を定義する。

これらのデザインリサーチの中で思案し試作するものの対象には、成果物・アウトプットだけでなく、中間生成物(プロセスの中で生まれてくるもの)があります。

中間生成物は、カスタマージャーニーやペルソナ、プロトタイプなどのこと。次のステップ・アクションにつながるインスピレーションや、次に何をしたらいいのかという動機付けをする知識・知恵が詰まっていると辻村さんはその重要性を強調します。

デザインリサーチのプロセス全体を通じて作り続けながら、最終的なゴールは「ものづくりの連鎖を通じ、より良い状態の未来の可能性を探索すること」だと辻村さんは捉えています。そのゴールへ向かうためには、調べるだけでは足りません。考えることと作ることを切り離すことなく実践を続けていくことが重要だと辻村さんは締めくくりました。

▼IDLについて詳しくはこちらから
INFOBAHN DESIGN LAB.

続いて、デザインリサーチの領域の中で注目を集めている「Research through Design(不確かな未来への応答と対処を考える設計手法)」について、三好さんに説明いただきました。

Research through Designを、三好さんは「Research into Designに対するカウンター的な存在」と表現します。

Research into Designは古典的な研究手法で、研究者はデザイナーではありません。デザイナーがつくったものや、デザインのプロセスというものを外から見て評価的に分析・研究するものです。しかし、外側の視点からでは、デザイナーの考えやノウハウなど内的に起こっているプロセスについては観察されないままとなってしまいます。

一方で、「Research through Design」はデザイナーだからこそアクセスできる「経験的な知識」を重要視しているとのこと。この2−30年で盛り上がってきた領域です。デザイナーが研究をし、研究者がデザインをするという、相互の観点を含んだ活動となります。

Research through Designの具体的な実践例としては、是非三好さんの執筆された本をご覧ください。言語化されていない「動き」をいかに観察し表すか、15個の動きの感覚のエレメントを捉えるまでの詳細なプロセスが書かれています。同時に、Research through Designの学術的な意味づけについても知ることができます。

動きそのもののデザイン - リサーチ・スルー・デザインによる運動共感の探究 | 株式会社ビー・エヌ・エヌ

三好さんは、近年の産業界でのユーザーリサーチやUXリサーチの盛り上がりの背景を、「勘の決め打ちでは太刀打ちできなくなってきたから」だといいます。新規事業開発では、最初の要件定義をするときに、「ユーザーがどんなニーズを持っているのか」「どこに市場のオポチュニティがあるのか」などの情報が必要です。そこで、社会学や文化人類学のアプローチを援用しながら、ユーザーリサーチやUXリサーチを行うことが重視されるようになっているのだと、三好さんは分析しています。

ヨハン・レッドストロームの図を援用しながらResearch through Designを表すと、foundationとpracticeの二つの段階があるそうです。

「こうあるべき」などの暗黙的な了解などの仮説・価値観や理想像がfoundationです。foundationだけだとどのように確かめるべきかわからないため、プロトタイピングを通じて何かを作ることが必要になります。この実践を、practiceだとします。その二つの過程を何回もトンネルのように通り抜けて成長させていくのが、Research through Designの理想的な状態だと三好さんは語ります。

今後はスペキュラティブデザインに代表されるような強い影響力を持った手法が生み出されていくような、ダイナミックなプロセスになっていくようです。とはいえ、方法論のみを追いかけるだけではなく、実践として新たなプロダクトを生み出す試みを三好さんは行っています。

みなさまの日々のデザインの活動のなかでも、「このプロジェクトが始まるときはこれがfoundationだったな」「そこに対してのpracticeはこれだったな」と振り返る助けになればと三好さんはいいます。

▼今回紹介されたものを含む多数の作品が三好さんのWebサイトに掲載されています。ぜひご覧ください。
https://miyoshikensho.com/jp/works.html

part 2デザインリサーチの現場からーつくる人側の内面を大事にしたプロセス

後半のパートでは、3社からリサーチャー、デザイナーにご登壇いただき、各社のデザインリサーチの実践についてご紹介いただきました。

不確かな未来の輪郭を描く「ビジョンデザイン」

最初にご登壇いただいたのは、株式会社日立製作所 デザインセンタ 主管デザイナー・柴田 吉隆さんです。デザインセンタは研究開発グループの中にある研究者とデザイナーが協働する部門で、この日はそこで実施されている活動「ビジョンデザイン」についてご紹介いただきました。

活動の出発点となったのが、2016年に内閣府から出された未来社会のコンセプト「Society5.0」。「国からの発信がしっくりこなかったんです。そこで、よくわからない言葉であるSociety5.0の周りで活発に議論を起こすことでめざしたい未来の社会の輪郭を探ろうと思い立ちました」と柴田さんは語ります。議論のテーマとして、これまで培ったサービスデザインのアプローチを用いて将来像を描く活動を始め、徐々にその形を変えていったようです。

活動を進めた上で、議論のコンセプトを上記のように定めたそうです。Society5.0は「Super Smart Society」と呼ばれています。しかし、Super Smartではなく、Beyond Smartな価値を実現することが重要です。捉えるべき社会の課題と、それを解決するために社会のインフラが担うべき役割が何なのかを考えるためにこのコンセプトを定めた、と柴田さんは振り返ります。

議論を仕掛ける活動は

  • きざしを捉える

  • 未来を描く

  • 未来をつくる

に分けられるものだったといいます。

例えば「きざしを捉える」では、異なる前提を持った世界を仮定し、そこで利用される日用品を考えることから信頼の形を探るワークショップを実施しました。また「未来をつくる」では、京急電鉄と協業で企画した『みんなでつくる三浦海岸の地図』なども制作したとのこと。

Future Trust:未来の信頼のかたちを探索する:研究開発
みんなでつくる三浦海岸の地図:研究開発

その過程で、柴田さんの中にある思いが芽生えたそうです。「三浦海岸の地図には地域の多くの方に参加いただき嬉しかったのですが、一方で、観察しながら“この活動の意味は?”“何を達成したんだ?”という疑問がありました」

しかし、参加者へのインタビューをする中で出会った、「この地域が好きな人がこんなにいるんだと初めて知りました」という答えから、ヒントが得られたと話します。

「小さなことなんですが、街にとって、その想いが見えることが大きな意味をもたらすのではないかと思う」と、柴田さんは語ります。私たちが提供しているインフラには、こういうことの実現が求められていくのではないかと考えさせられたとのこと。

素敵なサービスを利用すると、自分ができることが広がります。しかし、自分自身の変化は利用経験の素敵さからでは、なかなか起きません。「今、インフラに求められているのは、自分自身を変えてくれるもの。つまり、人と人、人と街などの関与なんじゃないか。」と語る柴田さん。Society5.0では、利便性に代わるものとして関与が重要になるのではと考えているそうです。

▼ビジョンデザインについては、詳しくはこちらから
ビジョンデザインとは:研究開発:日立

前提を踏まえて、Focusの先を問うデザインリサーチ

続いて、株式会社マネーフォワード デザインマネージャー・村治 泰広さんからお話しいただきました。

経理領域から人事、法務、会社設立まで、プロダクトを通じて幅広くビジネスをサポートしているマネーフォワード。3つのバリューの一つに“User Focus”を掲げるほど、ユーザーの声を大事にしています。「User Focusとサービスの成長はまさしく、弊社の成長の歴史にもなっています。お客様の要望に応え、実現する形で、ビジネス領域もどんどん拡大していきました」と振り返る村治さん。

プロダクトラインナップが豊富な一方で、スモールチームで開発に取り組んでいるため、領域に特化したリサーチが実現しているそうです。さらに、専門性を持つドメインエキスパートがチームに参画することで、精度の高い仮説立てや顕在性の高いニーズの把握に役立っているといいます。また、経理など社内ユーザーや、パートナー企業、コミュニティを活かしたインタビューを実施するなど、一次情報へのアクセスルートが豊かであることも、User Focusの支えになっているようでした。

リサーチに協力的なカルチャーや環境の整っているマネーフォワードでは、つくる人がユーザーを理解する必要性を何より重視し、User Focusの先を問うユーザーリサーチの実践に取り組んでいます。具体的に、デザイナーの新卒研修の内容や、リサーチプロセスについても解説いただきました。

マネーフォワードのUser Focusを徹底する体制は、リサーチを通じてユーザーの声にアクセスしようと試みている方にとって示唆の多いものだったのではないでしょうか。

▼マネーフォワードのデザインの試みは、こちらからもご覧いただけます!
Money Forward Design

不確かなものかたちにしていくデザイン

後半パートの最後は、パナソニック株式会社 デザイン本部 シニアデザイナー・浅野 花歩さんのプレゼンテーション。Research through Designの実践について、コミュニケーションロボット「NICOBO」の事例と共にご説明いただきました。

開発の始まりは、企画、技術、デザインの5名が集まった社内研修で生まれた「不安を払拭したい/社会から切り離されたくない」という1枚のポストイット。コミュニケーションロボットのソリューションが提案され、プロトタイプ開発、コンセプトムービーの作成、AIや音声対話などの有識者からレビューを受け、改善を重ねるなど、穏やかではない道のりの6年の試行錯誤の末に生まれたのがNICOBOです。

この開発プロセスは、既存事業開発とは全く異なるものだったと浅野さんは振り返ります。


 当時のある商品での開発プロセスは、例えば【企画→デザイン→設計】といったように「分業型」でリニアなプロセス。他方、NICOBOでは企画と技術、デザイナーがコンセプトメイキングから協業で開発。さらに、「つくったはいいけれど、本当にユーザーのためのベストなUXになっているのか」を判断基準に、作り直すことも多々あったそうです。この工程で、作りたいゴールがメンバー間で一致し、メンバー同士での信頼関係構築にも役立ったと言います。また、既存事業では、ユーザーの声を聞き、客観性を大事にして、改善点や新規機能の検討をしていたのに対し、“NICOBOらしさ”という主観性を大事に開発を進められたそうです。

NICOBOの事例を通じ、共通言語を作ることの重要性や、マーケティング戦略のためのペルソナ転換でのポイント、余白をデザインすることでプロダクトの可能性を広がりなどについても浅野さんからお話しいただきました。

「先が見えない状態で開発を続けるのは苦しいことですよね。主観を大事にして、自分たちが何を感じて、それをどう言語化してかたちにしていくのか実践の繰り返しをするしかない」と、先ほど登壇していた柴田さんも、浅野さんのプレゼンテーションに深く共感を示しました。

▼NICOBOの開発チームの対談はこちらから
生活者への共感と使命感から生まれた「NICOBO」

part 3 理論と実践を行き来するデザインリサーチ

パネルディスカッションのパートでは、登壇者のみなさんのほか、ファシリテーターとして株式会社インフォバーン デザインストラテジスト・山下 佳澄さん、RESEARCH Conference事務局 草野 孔希さんも加わってトークを展開しました。

三好さんは、まだ正攻法がないデザインリサーチの領域での3社の奮起に感心したようです。

「みなさん苦労されながら、それぞれに上手くいい方法を見つけていらっしゃるんだと思います。見えない中で、デザインリサーチに果敢に取り組んでいくときって、方法論だけでは足りなくて、体力とかメンタル力が必要なんですよね。一つひとつの成功事例を、フレームワークに落とし込んで“こうだから上手くいったんだよね”の一言で終わらせてはいけない。成功に至った精神力や体力、そして消耗しながら戦ったという事実も忘れないようにしたいです」

それぞれの体験を共有した登壇者のみなさんは、三好さんの言葉に頷きました。暗中模索の中での開発で、浅野さんにとってはユーザーとの対話が助けになったと話します。

「使ってくれた方達と対話すると、“これは絶対に成功させなきゃいけない”といった情熱やガットフィーリングがチーム内で生まれていくんですよね。これが、上手くいくかわからない1つのものをつくりあげる上での、非常に重要なファクターでした。

入院している難病のお子さんが、病室でのNICOBOとの会話で、社会性や社交性を育んでくれているそうで……。“私たちはそういう人たちのためにサービスを絶対継続していかなきゃいけないよね”とメンバー間で話したんです。感情的、エモーショナルな部分が、サービスの継続やプロダクトをつくり上げる精神力にもつながっています」

一方、柴田さんは、推進するエネルギーを内側に見出している模様。「『これだ!』と確信できるほど強い思いがなくても、『これかもしれないな』と感じるものを形にしています。そして、触れてくださる方の反応を見て、また考えて作って……その過程で意味を見つけていくんです。作り上げる意味を自分の中で育む感覚ですね」と、表現されていました。

最後に、RESEARCH Conference発起人の一人である草野さんは、本イベントから続くアフターイベントを通じて、改めて今年のテーマである「SPREAD 広げる」が、リサーチの現在地を表すのに適した言葉だと感じたようです。

「『リサーチとは何か』をみんなが問い始め、『こういうのもリサーチだよね』『こういう活動なら私にもできそう』と気づき、実践してきたからこそ、本イベント開催に至りました。私たちは、リサーチやデザインをしながら、それをどう汎用化して展開できるのかを常日頃から考えてきたんだと思います」

さらに、5名のプレゼンテーションを受けて、デザインの2つの側面——問題を解決するための具体策を立てることと、それを通じて得た知見を、より汎用的な知として探求すること——に着目し、「両側面とも変化しつづけないといけないんだなと気がつきました」と続けました。

「人間は何かの刺激を受けることによって変容し、人がつくる環境もまた変容する。だから、1回リサーチして、デザインして、形ができたら終わり……ではないんですよね。そこからまた、インスピレーションを受けた人によって変容後に適したデザインが生まれてくる。研究でできるだけ汎用的な知恵をためようとしても、100年後の人が感じる動きの共感は違うでしょう。なので、“デザインと人との総合的な変化をどう継続していくか”が実務において大事で、面白いポイントでもあると感じます」と、草野さんは語りました。

当日のアーカイブ動画も公開しておりますので、ぜひあわせてご覧ください。

RESEARCH Conferenceは、今後もデザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的にさまざまな活動を行っていきます。アフターイベントにご参加いただいたみなさま、登壇者のみなさま、ありがとうございました!次回のイベントでお会いしましょう。

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それでは、次回のnoteもお楽しみに🔍
[編集] 若旅 多喜恵 [文章] 野里 のどか

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