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主体性ある未来をヨコクする(山下 正太郎さん)【Research Conference 2022 レポート】

「RESEARCH Conference 2022」はデザインリサーチ、UXリサーチをテーマとした日本発のカンファレンスです。近年、より良いサービスづくりのための手法としてデザインリサーチやUXリサーチへの注目が高まっています。RESEARCH Conferenceは、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的に「デザインリサーチの教科書」著書の木浦幹雄と「はじめてのUXリサーチ」著書の草野孔希・松薗美帆の3名が共同で立ち上げたものです。

2022年5月28日に初開催となったRESEARCH Conferenceのテーマは「START」。このテーマに沿って、リサーチの多様な価値を共に伝えてくださるスピーカーを公募しました。

今回、40組以上も応募があった中から、3枠の公募登壇枠の1つに選ばれたのが、文房具やオフィスの設計で知られるコクヨ株式会社(以下、コクヨ)のヨコク研究所です。一般的には、キャンパスノートなどの文具のイメージが強いコクヨは、今年で創業118年目となります。生活者に寄り添い、「働く、学ぶ、暮らす」ためのコンテンツをデザインしています。

コクヨのリサーチ機関である「ヨコク研究所」は、「主体性ある未来をヨコクする」ことを掲げ、今年1月に発足しました。新しい未来を探索するとはどういうことなのか、ヨコク研究所の責任者である山下正太郎氏にお話を伺います。

■登壇者

山下 正太郎|コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所/ヨコク研究所 所長 WORKSIGHT 編集長
コクヨ株式会社に入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事。2011年、グローバルでの働き方とオフィス環境のメディア『WORKSIGHT』を創刊。同年、未来の働き方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.(現ワークスタイル研究所)」を立ち上げる。2019年より、京都工芸繊維大学 特任准教授を兼任。2020年、黒鳥社とのメディア+リサーチユニット『コクヨ野外学習センター』を発足。同年、パーソナルプロジェクトとして、グローバルでの働き方の動向を伝えるキュレーションニュースレター『MeThreee』創刊。2022年、主体性ある未来を提案する「ヨコク研究所」を発足。

「予測」から「ヨコク」の時代へ

われわれは皆、現在に片足を置き、もう一方の足を未来にかけている。
生きるとは、絶えず先取りすることであり、われわれの行動ひとつひとつが未来に位置するなんらかの目的に向けられているのだ。
ーージョルジ・ミノワの『未来の歴史』

過去から現在、現在から未来を考えてきたのが人間の歴史です。しかしその主語が企業になったとき、困難さが際立ってくると山下さんは指摘します。

かつては科学技術の発展にしたがって、リニア(直線的)な未来像を描くことができました。ところが価値観が多様化した現代社会では、共通の未来絵図を持つことが難しくなったといいます。

では過去に戻ればいいのか?というと、そう話は簡単ではありません。

過去の責任も追わないといけないし、現在も中立的な立場は取れないし、未来も複雑でよくわからないというのが、いまの企業が置かれている立場ではないでしょうか。

だからこそ山下さんは、「予測からヨコクの時代になる」と語ります。これまでは客観的な立場から、「未来はこうなっていく」と予測することができました。しかし、いまや客観的な予測にはあまり価値がないというのが山下さんの考えです。

自らが主体となり、未来をどう「ヨコク」していくかが、ますます重要な時代になるでしょう。

こうした考えのもと、コクヨはさまざまな動きを見せはじめています。昨年、企業理念の中心に”Be Unique”を置いたのもそのひとつ。それまではもっと中立的な企業理念だったそうですが、そこからさらに一歩踏み込み、「それぞれの生活者をユニークな存在と定義しつつ、その創造性をサポートする企業でありたい」という想いを全面に打ち出しました。

コクヨがめざす「自律協働社会」とは?
では、Be Uniqueが実現された社会とはどういうものでしょうか?その解像度を高めるべく、コクヨは「自律協働社会」という言葉を掲げました。自立協働社会がめざすのは、「必要なリソースが適切に配分されて、自らの意思で生き方を選択できる社会」です。

コクヨは2030年をマイルストーンに置き、次のような未来シナリオを描きます。

この図の横軸に置かれるのは、社会の価値観です。左は経済を重視した他律的なもの、右は社会的な価値を重んじた自律的なものを意味します。縦軸は、それが個別的/組織最適なものなのか、協働的/社会最適なものかを示します。

いまは経済的な価値が置かれ、それぞれの企業のなかにリソースが最適化されるような、ピラミッド構造の効率化社会が重視されます。しかし今後は、経済価値だけでなく、「自分で選択する」ことの価値が重視されていくといいます。さらに「そのリソースが社会のなかで配分されていく」という社会像を、山下さんは描いています。この自立協働社会の下では、「働く」「学ぶ・暮らす」のあり方も自然と変わってくるでしょう。

こうした社会像をもとにして、新規事業の開拓をドライブするのが「ヨコク研究所」の役割です。ヨコク研究所は、コクヨ ホールディングスの中に設置されている研究機関で、どこからも独立しています。これは、ある特定の事業部門の内容に引っ張られないように、社内外をつなぐ役割として設置されているためです。

ヨコク研究所が重視するのは、3つの活動です。

  • 「リサーチ」:企業理念から未来シナリオを更新、あるいは理解を広げていく

  • 「エンパワメント」:その未来シナリオを発信し、ファンやコミュニティをつくる

  • 「プロトタイピング」できあがったコミュニティの中で、新たなプロダクトをつくっていく

それぞれ具体的に紹介しようと思います。

ヨコク研究所がリサーチの「内製化」にこだわる理由

「リサーチ」は、未来シナリオをつくったり、更新したりするために行われます。しかしそれは、やみくもに未来を考えるわけではないと山下さんは語ります。重要なのは社会の変化を捉えることであり、そのためにはたくさんの「未来の兆し」を収集することがポイントなのです。

ヨコク研究所ではマクロデータ、ミクロデータのどちらも収集します。マクロ面ではさまざまな統計データ、たとえば各種の国際機関が出している人口統計や気候変動の情報をまとめ、大きな社会の変化の動向を捉えます。ミクロ面では、社会変化を感じさせるような新しい事例を、自分たちだけで年間1000件以上収集し、それに対する解釈や可能性を考察してまとめるという活動をしているといいます。

この活動をするうえで、山下さんは「内製にこだわっている」ことを強調します。なぜならデータをお金で買っても、ただ情報として消費してしまっては意味が薄いからです。未来に対する感度を高めるためには、あくまで自分たちで身につけることが重要なのです。

また、未来の解像度を高めるため、アジアや日本ですでに自律共同社会を実践している地域でフィールドワークを行い、深いインサイトを得ることで、未来シナリオの方針策定に役立てているといいます。

たとえば国内だと、鹿児島の離島である甑島(こしきじま)にある「東シナ海の小さな島ブランド株式会社(通称:アイランドカンパニー)」というユニークな会社に、研究員を派遣して弟子入りさせてもらい、一緒に労働や生活をすることで自律協働社会のあり様を学んでいるそうです。

人々を巻き込み、会社の「空気」を変える

リサーチで得られた知見や経験を社会に発信していくうえで、重要になるのが「エンパワメント」です。いくら未来シナリオを描いて会社に提案しても、そのままだとシナリオはうまく受け取られません。「会社の空気を変える」うえでは、エンパワメントが不可欠なのです。

コクヨでは、未来について考える体質をつくったり、自分で未来を考える能力を養ったりするため、HR部門と連携しながら、数ヶ月にわたる学習プログラムが提供されているといいます。これまで全社員の5%がこのプログラムを受講しており、いわゆる「3.5%の法則」を超え、変化を生みはじめていると山下さんはいいます。

さらにヨコク研究所では、社会におけるさまざまな兆しを理解するワークショップを社内だけでなく社外にも提供し、自律協働社会のコンセプトをどんどん発信することで、理解を深めていっています。

コンテンツディレクターの若林恵さんが主宰している黒鳥社と協働で行っている「コクヨ野外学習センター」という活動もそのひとつ。働くという状態がいかに歪なのかを、アフリカやアジアの事例などから相対化し、「答えを発信する」のではなく、「視聴者と一緒に学んでいく」のをそのままコンテンツ化しているのが特徴です。

加えて、6月には『ファンダムエコノミー入門』という本も出版されます。ファンダムとは、いわゆる提供者側と消費者の関係ではなく、ユーザー自らがいろいろなものをつくる民主化された世界。「ファンが新しい経済圏をつくる」自律協働社会のひとつだと、山下さんは提起しています。

プロトタイプ

こうして築いてきたコミュニティと一緒に、コクヨは「プロトタイプ」を進めていきます。
2021年にはプロトタイプのベースを整えるため、東京品川オフィス及び東京ショールームの自社ビルをリニューアルし、働き方の実験場「THE CAMPUS(ザ・キャンパス)」をグランドオープンしました。全体の50%がパブリックに開かれており、より多くの人たちと一緒に未来を考えていけるようにデザインされています。

山下さんは品川という街について、「コクヨのイメージする自律協働社会とはほど遠い」としながらも、「この品川でその世界をもし実現できるのなら、いろいろな場所で展開可能なのでは」と希望を持っています。

このようにリサーチ、エンパワメント、プロトタイプという3つの活動を回していきながら、未来シナリオを更新し、より多くの人を巻き込みながら新しい社会像をつくっていくのがヨコク研究所の活動です。そこには「欧米の実践に頼るだけでなく、自分たちから発信していく」という強い想いがあります。

先日亡くなった見田宗介さんの著書『現代社会はどこに向かうか』で、次のように述べました。

<肯定する革命>は、破壊する革命ではなく創造する革命であり、未来の社会のために現在の生を犠牲にする革命ではなく、解放のための実践が、それ自体の生における解放として楽しまれる革命である

ヨコク研究所の活動は、この<肯定する革命>と呼んでいるものに非常に近いと山下さん。
「目的を達成するだけでなく、プロセスそのものが喜びとなる、未来をつくっていく活動を皆さんと一緒にできれば」と会場に呼びかけました。

山下さんのセッションはアーカイブ動画・登壇資料も公開されています。もっと詳しく知りたい方は、ぜひこちらもチェックしてみてくださいね。

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https://twitter.com/researchconfjp

それでは、次回のnoteもお楽しみに🔍

[編集]若旅 多喜恵[文章]石渡 翔  [写真] peach


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