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ストイック

 近所に住む大沢さん(仮名)はとにかくパワフルなことで知られている。

 大沢さんとは、家の近くを通る人を捕まえては「あんれぇー!〇〇さんかぃぇ?」と爆音の世間話を仕掛けてくるお婆さんだ。

 私が実家に帰ると朝から夕方まで窓の外から野沢雅子めいた轟音世間話が聞こえるものだ。犬の散歩をしようと外に出ると私も「おお!〇〇さんちの辰屋くんだねえ。けぇ〜〜大きくなったんねえ〜〜」と捕まることもある。

 彼女は家の前を通る誰とでも親しく(高dBで)話すので、それはもう長年地域の皆に愛し愛され生きている名物おばあちゃん的存在なのだろう。

 また肉体的にもパワフルで、毎日自転車で堤防の上の歩道を行っては帰ってとシャトルランのごとく往復している。私の家の窓からその堤防は一望できるので、ふと外を見ると大沢さんがサーっと走り抜けて折り返す姿が見えることが多いのだ。

 孫がすでに成人しているので年齢的には少なくとも70は超えているはずだ。周囲の人と積極的に交流を持ち、適度な運動を継続して体力も鍛えるストイックさが元気の秘訣だろう。

 そう、ストイック。

 私は先日衝撃的な光景を見たのだ。

 のんびり犬の散歩から帰る途中。大沢邸に差し掛かるところで、生垣の間から大沢さんが何か動いているのが見えた。さらに注意してみると、その全貌がわかった。

 大沢さんが台車を押しながら、庭をぐるぐる回っていたのだ。陸上選手がトラックを走るように。運動をしていたのだろう、ゴロゴロと音を立てながら自家製のフィールドを周回していた。

 その台車にはタイヤが2本乗っていた。

 目を疑う。


 ストイックにも限度ってものあんだろ!!

 70-80をゆうに超えるご老体なのに、

 まだ強くなる気かよ!!


 繰り返すが目を疑った。

 何が彼女にそうさせるのか。何が彼女をバトル漫画じみた修行に駆り立てるのか。野沢雅子じみた声もこれで会得したのだろうか。

 だってこれ、少年期の孫悟空が道着にオモリを入れて修行してたやつじゃねえか、カメハウスで。すでに孫も成人、独立した身で、何をモチベーションにその肉体を鍛えているのか。大沢さんの周りにはクリリンもピッコロもいないのに、たったひとりで何を目標に過酷なサーキットトレーニングを己に課しているのか。

庭でガラガラを押した婆さんがクルクル回ってるだけの光景ではあるが私には絶大なの衝撃を与えた。7,000円の月謝を払ったジムに月4回通って運動した気になっていた自分が恥ずかしくなった。

 強い、あまりにも強すぎる。

 真の強者は、環境も手段も選ばないのだ。目的すら不要。一抹の邪心もない無垢なる自己研鑽。己の老いすらまだ追いついていないのかもしれない。

 「自己肯定感がー」とか「モチベがー」とか「ダイパがー」とか言ってる場合じゃないぜ全く。

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