見出し画像

「そんなことして何になるん?」の悪魔


最近さぁ…


最近絵を描いている。
板タブを買って、デジタルでクリップスタジオというアプリを使って趣味として始めた。
今までの人生で絵を描いたことなど小中学生の頃にポスターの宿題でひぃひぃ言いながら描いたくらいで特に思い出深いことはない。

そんなくせしてなんで急に絵を始めたかというと、先日友人のつてで観劇に言ったのがきっかけになる。
ステージの上で歌っている人たちが輝いて見えたし、何より後ろで音楽を担当しているバンドメンバーがかっこよかった。
もっとも、バンドメンバーたちは多分プロとしてやっているので趣味とは全然違うのだが、そんな彼らを見て私も何か新しいことにチャレンジしてみようという気持ちになったのだった。

だがまぁ、そのきっかけなら楽器を始めるのでは?というのが当然の流れではあるが楽器のセンスは私にはてんでない。
高校生の頃にブライアン・メイに憧れてギターを始めようと楽器屋に行ったが、値段は高いし重たいしで大変だなと思ってなんかウクレレを買って帰ったことがある。
ついてきた教本を少しかじって、親に見せたら「音が出てすごい」と言われて満足してやめた。
妥協癖もあり、飽き性だ。救いようがない。

今回絵を始めたのも、正直妥協の結果でもある。
楽器のセンスがないのは事実としても、他のもので埋められないかなぁという妥協の結果だ。
で、とりあえずゲーム目的で使っているパソコンを使えばそれなりの環境でデジタル絵は始められるのでかじり始めた、というわけである。
そして今まさに絵に飽き始めていてnoteを書いているのだ。

煩悩よ去れ

ここまでが前段で、私が絵を描きながらずっと頭の中を巡る考えというか、言葉がある。
それは「そんなことをして何になるん?」という言葉だ。

ブッダが悟りを開くときに煩悩の化身たるマーラが邪魔をし続けたという話があるが、こんな感じだったのかなぁなんて思う。そんなたいそうな話じゃないが、この言葉は個人的には悪魔のような存在で、煩悩のごとく常に頭の中に在る。

私は飽き性だと言ったがその本質はこの言葉が頭の中に常にあることだ。
目的意識の問題かと考えたが、資格の勉強や転職活動といった明らかに有益なものでさえ、「そんなことして何になるんだ?」という考えがよぎる。
怠惰とかただの面倒くさがりだとか甘えだとか、まぁ正直その通りなんだがもうちょっと言い訳がしたいところだ。

不思議なことにこの考えは好きなことをしていてもよぎってくる。
絵を描いているときなんかはやばい。
この絵が売れるとかなら話は別だが、そんなわけないし、将来何かに役立つかすら、わからない。
特に昨今の絵の世界ではAIでよくね?と意見が出るし、とんでもないプロたちですらAIに食い扶持を脅かされている現状を鑑みるに、まず間違いなく私が絵でお金をもらうという可能性はほぼ間違いなくゼロだ。
仮に私が人生をかけて絵を描いていたとして、ぽんと出てきた技術がすべてをかっさらっていくなんて想像しただけで恐ろしい。
皮算用だとしても、私が絵を描くことに定量的に有益なことはない。
ならば別の観点、例えば絵を描く楽しさの中に意味を見出さなければならない。

狂気よ去るな

楽しいならいいじゃん?と思うことには思うが、悪魔の存在はそれすらも否定しようとしてくる。
実際最初は楽しい楽しいで描いていたのだが、だんだん悪魔がささやき始めると、とたんに楽しさも薄れてくる。
まぁ普通に面倒くさくなったとかもう満足したとかかもしれないけど。
夢から覚めてきてしまうのだ。


他にもゲームなんか最たるものだ。
楽しいからやってるだけで、特にランキング上位になりたいとか目的もないのだが、だからこそ余計に「こんなことして何になるんだ?」という雑念が湧いてくるタイミングがある。
こんなこと考えてるのは私だけか?と思ったが、多分そうでもない気がする。
ゲーム好きな息子に母親が「ゲームばかりして…」とため息をついているのはステレオタイプなイメージかもしれないがまぁあるだろう。
そのため息の裏には「ゲームなんて何になるんだ?」という気持ちがあるんじゃないかと思う。
当の本人も夢中になっているときはうっせぇわ精神でゲームに没頭できるが、だいたいの人間はそういう大人の気持ちに近づいてきて、別のことを始めていくのかなと思う。


ことさら趣味に限定した話にすると、一緒にやってくれる人がいるかどうかはかなり重要だ。
ゲームは無駄だといった話をした後でなんだが、複数人で友達とやるゲームなんかは楽しい感情が圧倒的に勝つので悪魔はでてこない。
それか、一緒にやることで深まる関係性とかに意味を見出しているのかもしれない。
もちろんそんなこと考えながら遊んでいるわけではないが、無理やり意味を見出そうとすればそれだ。
華やかな思い出にもなるし、きっと人生を彩る。

なんか急に結論に至ったわ

じゃあ、なんでも複数人でやったらいいんじゃないか?という考えが浮かんできた。
なんかそんな気がしてきた。
私はここまで散々語ってきた理由が原因で、一人旅とか絶対無理なタイプだ。
だが誘われたときは喜んでいく。特別理由がなければほぼ行く。

…………

なんだか頭の整理ができた。
文字に起こすというのはとても意味のあることだと思いました。

でもさぁ…

誰かに依存している楽しさはいつか限界が来てもしょうがない。
一人で楽しいことは得難い反面、そういうコンテンツを自分で持っている人は人生を豊かに生きる上で強者だ。


絵という趣味が私にとってそういうコンテンツになるといいんですが、そこに至るまでが大変というか、面倒くさいなぁ。
結局、自分の中の悪魔とは折り合いをつけないといけなさそうだ。








この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?