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あずき飴じゃなくて

あずき飴じゃなくて、シンプルなつぶあんをつくりたかった。ただそれだけなのだ。

3週間くらいずっと、朝からあずきを炊いておだやかな1日をむかえるという計画を立てていた。


あんバタートーストをつくりたくてつくりたくてしょうがなかったのだ。


理由はこの動画を見てからだ。

ナチュラル系なモデル・安藤百花さんのVlog『台所日和』。
百花さんの声といい、お料理といい、お部屋に流れている気のようなものといい、すべてが癒しに溢れている。

わたしとは真反対の生活(おそらく性格も)をされているももかさんのvlogで、朝からあずき豆をたいてあんバタートーストを頬張っているシーンがあった。その「あんバタートースト」が本当に本当においしそうで。
朝から「あずき豆をたく」というノスタルジーなひと手間にも憧れを感じて、わたしもつくりたくなった。

和菓子は大好きだけど、あんバタートーストはあまり食べたことがない。あずき豆から煮てあんこをつくるなんて、まさか思いついたこともなかった。
百花さんの癒しナレーションとともに聞こえてくる、あずき豆の沸騰する音、うつくしい赤紫のあずき、トーストのこんがり加減を見たらもう......「これはつくるしかない!」と思った。
朝からあずき豆を炊く世界観に、私も酔いしれたいと思ったのだ。ていねいな暮らしなんて全く興味がないわたしがここまでvlogに影響されるのもなかなか珍しいことよ。

そうして、わたしのあずき豆を探す旅がはじまった。
旅だった。

いまどき、あずき豆を売っているスーパーは本当に少ないのだ。すでに煮た缶詰のあずきか、おしるこしかない。豆だけは本当に見当たらなかった。
それはそうだろう。あずき豆をいちから買って煮るところからはじめる人なんて、よほどの料理好きか、わたしのようなポッと出のような人間しかいないだろう。3週間、ことあるごとに近所のスーパーをウロウロしたり、ないとは思いつつコンビニまでも覗いた。でもなかった。

それが、ね。


なんと最寄り駅にいちばん近いスーパーに、売ってあったのだ。

「こんな近くにあるはずがない」と無意識に避けていたのだろう。そのスーパーはチェックしてなかったらしい。
大豆や金時豆なんかと一緒に、干物コーナーのはじっこに、このあずき豆がしれっと置かれていた。

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(開封済み写真で失礼)

あずき豆のコーナーの前にたたずみ、マスクの下で満面の笑みを浮かべた人間はわたしがはじめてかもしれない。

久しぶりに友達と会った時の、困っているのか笑っているのか泣いているのかわからないようなあの困り眉をさせながら口元は笑うという、女性独特の顔をしながら、私はいそいそとあずき豆をえらんでレジに持っていった。

帰り道を歩きながら、思わずにやけてしまった。あんバタートーストを食べたような気分だ。口の中でひろがるあんこの食感、トーストのサクッと、バターのじゅわっとした感じ。(食べてないけど)
会いたかった。探してたよ。ここにあるなんて思ってなくてごめんね。缶詰で妥協しなくて本当によかった。

6枚ぎりのすこし厚めな食パンを用意して、きのうの夕方、あんバタートーストをつくることにした。起きた時間が遅くて、陽が傾き始めていた。
百花ちゃんのような朝日のあたる明るい台所ではないけれど、明日の朝が待てなかったのだ。

とりあえず鍋に水を入れて火にかける。袋の裏面に書いてあるとおり、沸騰してから水洗いをした豆を鍋に入れる。
しばらくすると、鍋の中心付近にあった豆からじょじょに上に湧き上がってきた。少しずつアクも出てくる。アクをとりながら、しばらくふたをしないまま強火にかけてくると、だんだん水分が飛んで豆がひたひたになってくる。そこから少しだけ水を増やし、落とし蓋をして再度煮ると書かれてあったのだけど、うちには落とし蓋がない。アルミもない。仕方ないから再びひたひたになるくらいの水を入れて、煮る。このタイミングで、砂糖をこれでもかというくらいにジャバジャバ入れていく。

問題はここからだった。
どれほど煮ても、水が減るだけで一向に豆がやわらかくならない。
また水を追加して、砂糖もすこし追加する。

だめだ。豆がかたいままだ。
そのうち、砂糖水の方が焦げてくる。熱に触れて、だんだんと水飴のような透明の線を引くようになってきた。これはまずい......。このままだと、砂糖が先に焦げて茶色くなってしまう。
固まりつつあった硬いままのあずきを、慌て皿に移す。つめたい皿の上で、あずきがどんどん固まっていく。
できたのは、数粒ごとで塊になった「あずき飴」だった。私の出身は広島で、家の目の前に厳島神社が見える。小さい頃から宮島によく遊びに行き、鹿と戯れていたせいか、私には......

<⚠︎食事中にこれを読んでいる人は次の一文をサラッと読み飛ばしてください⚠︎>

鹿のフンに見えてしょうがなかった。サイズといい、色といい、あの宮島の道の端っこに当たり前のように落ちているアレと全く同じフォルムをしていたのだ。あまりにもアレだったので、さすがに写真は撮らないことにした。

こんなはずじゃない!!!!!!!!

すぐさま、ネットで検索する。
「🔎 あずき豆 やらかくならない  原因」

やわらか......と打ったところで、候補に「やわらかくならない」出た。この失敗の先駆者はたくさんいるようだ。

おそるおそる開いて、1番最初に入ってきた言葉。

「砂糖を入れた瞬間に、もう豆はそれ以上やわらかくなりません。砂糖を入れたらおしまいです」 (ハイ、残念でしたね)

原因がわかってしまった。わたしはどうやら、砂糖を入れるタイミングを間違えてしまったらしい。しかも修復不可能。

それでハッとした。
「あんバタートーストも、立派なお菓子作りなのだ......」と。

前にお菓子作りがきらいだ、という話を書いたことがある。

わたしはお菓子作りが天才的に向いてない。

お菓子作りはいちど失敗したらもう二度と取り返しのつかない(おいしく食べれない)繊細な作業をともなうものだが、その繊細さがわたしの大雑把さと絶望的なまでに相性が悪いらしいのだ。

お菓子作りで成功したことが、ホットケーキミックスで作るホットケーキしかない。

そういえばあんこも、立派な「お菓子」だ。
だから失敗したらしい。ただ豆を炊いて砂糖を混ぜるだけの作業に。

でもわたしからすれば、そんな大切なことをなぜ袋の裏面に書いてないのだ!!!と言いたくなる。裏面には「アクが出ます、気をつけてネ」ということしか注意には書かれてなかった。水を入れるのはどこどこまでとか、砂糖は最後の最後じゃないと鹿の××になりますよとか、いちばん肝心なことが書かれていなかった。

......だからこれはわたしのせいではないと言いたい。
たしかに、あずきを炊く方法くらい事前に調べるべきだったかもしれない。でも大雑把さんは、そんなこと1mmも思いつけないのだ。だって袋の裏面に書いてあるのだから。あと、沸騰させて適当に砂糖を入れればできるものだとすっかり思っていた。

例のあずき飴、こと鹿の××は、案外おいしかった。少し焦げた砂糖のコーティングが映画館のキャラメルポップコーンのような香りになり、その下にあずき味がちゃんとしてきた。これがあずきだと忘れるくらいにまだ硬かったけれど、新種のナッツだと思ってしっかり噛み砕けばそんなにたいへんではなかった。ブロック状になって固まっているので、手でつかんで食べれた。あずきなのに。

まあ、そんなこんなで、3週間ほどあたため続けていた朝からあんバタートースト計画の初回は大失敗に終わってしまった。供養のために、いっしょに笑ってほしい。

でも落ち込むにはまだ早い。まだ半分ほどあずき豆が残っているからだ。
今度はきちんと朝早く起きて、ネットの詳しいレシピを見ながらあずきを炊こう。今度こそ、わたしは朝からあんバタートーストを頬張るという悲願を達成するのだ。







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