推しを推した日々の輝きは永遠に
みうらじゅんとはまた別の方向で世界でいちばん推している推しが、今日めでたくカムバした。GOT7(ガットセブン)という、韓国のKPOPアイドルだ。
推しに関する文章を書くのはかなり体力がいる。
溢れる想いに言葉の方が追いつかなくなり、先に自分の想いが疲れてしまうことが往々にしてあるからだ。できれば書きたくないというのが本音なのだが、今日は少し感慨深い気持ちになっているので需要0だろうが頑張って書きたいと思う。
GOT7、通称ガッセのデビューは2014年。現在の主力である第四世代より一つ上の世代、第三世代と呼ばれる世代に属している彼らはKPOP界ではすでに大御所の仲間入りをしているお兄さんグループだ。JYPというTWICEと同じ韓国の旧3大事務所のプロデュースで、当時は稀だったタイ・香港・アメリカ出身のメンバーを含む「多国籍アイドルグループ」という看板を最初に用いたのがこのガッセだったと思う。
高校1年生の時にKPOPにどハマりして以来、放課後のYouTubeでいろんなグループの動画を漁りまくっていた。そこでたまたま見つけたのがこのガッセだった。どうして最推しグループになったのかはもう覚えてすらないのだが、とりあえずメンバーの仲の良さに安心感を覚えたことだけは覚えている。
正直、ガッセはKPOPアイドルたちの中で言うと歌やダンスのレベルはそんなに高い方ではない。当時ブイブイ言わせていたEXOというアイドルグループや新興の防弾少年団(BTS)の楽曲やCDの売り上げに比べても実際劣っていたし、衣装などはどうしても「ダサさ」が否めないグループではあった。
それに後続の妹グループ、TWICEがヒットしまくってからは目に見えて事務所のガッセに対するプロモーション、プッシュの仕方がお粗末になってしまった不遇のグループでもある。KPOPファンは自分の推しているグループを「MVに金がかけられているか=事務所から期待されているか」で見ている節があり、私もガッセの活動にはいつも物足りなさを感じていたのだった。
ところがそんなグループで、私は人生ではじめて「推し」という存在、概念に出会った。
JB(JAY B、ジェボム)というリーダーだ。
ハァ...自分の内に秘めていた推しをこんな堂々と画像で展開してしまうなんてとても気が引ける。大変恐縮な気持ちなのだが、どうしても私の推しを自慢したいので頑張って書き進める。
ご覧の通り浮世絵に出てきそうなほどの切長の瞳、はんぺんのような真っ白な肌が美しい我らがリーダー、ジェボムである。(切長な瞳と白い肌は愛おしい私の末の弟と似ている)
ジェボムの好きなところは...(ハァ...早くも体力が切れてきました。頑張ります。)数えきれないほどある。切長の瞳とKPOP界で一番ロン毛(ここは大事なポイント)が似合うところもさることながら、彼の実力の高さやたたずまい、アイドルなのに静かで内省的で、どこか俯瞰してみているような態度も好きだ。アイドルだけど、アイドルアイドルしていない。たまに本当に職業アイドルに不満がないかと心配になってくるほどだ。
そして私がKPOPアイドルに求めるのはなんと言っても「ダンスのうまさ」である。人間の技とは思えないキレの良さとしなやかさを両立させ、魅せるダンスができる実力者が好きだ。しかも、セクシーなダンスがうまい、つまり自分の魅せかたをよく知っているアイドルが好きだ。格好のつけかたがうまい人、とでも言おうか。とはいえキムタクのようにギャグになりかけているキザなかっこよさではなく、もっと内から込み上げてくるかっこよさ、意識と無意識の境目のようなところから出てくるかっこよさが好きだ。
我らがリーダーのジェボムはそれを全て兼ね備えている。彼の踊る姿はあまりにセクシーだ。格好をつけてないのに、ダンスそのものを楽しみながら自然と最高にかっこよい踊りをする。彼の中には、純粋に歌と踊りが好きなだけの少年がいつもいる。
あまりにセクシーなダンスをするKPOPアイドルは山ほどいるのが、その中でもジェボムが一番輝いている理由はそれでいてリーダーであり、チームを引っ張る存在であるところ。しかもダンス担当でありながら歌も上手く、こんな見た目で高音が出るシンガーでもある。小さい頃からヒップホップカルチャーをこよなく愛し、ブレイクダンスができること。寝不足なのか、いつも気だるそうなところ。ときどき少年に戻るかわいい笑い方をすること。大きすぎる口を開けて一度にたくさんのものを食べること。リーダーのプライドがあって恥ずかしそうにエギョ(愛嬌ポーズ)をすること。歳を重ねるに連れてどんどん落ち着いて「HIPHOPの人」になっていっていること。
全部好きだ。完璧だった。
思春期真っ只中の高校生の頃の私は、この体ひとつでは到底足りないというほどアイドルの彼を愛して(推して)いた。何をしても好きだったし、世界中が見ているカメラの前で意識せずとも彼が発している・漏れ出ている何か(疲労か、気疲れか、色気か)にとても惹かれていた。
直接会えなくても、彼が私を知ることは絶対にないとわかっていても、世界のどこかで今日も彼が同じ時を生きている事実だけで、私は生きていけるような気がした。毎日情報を追う楽しみができて、人生の楽しみが1.7倍になること。色で悩んだらグループカラーや推しカラーを選んでいたし、YouTubeで無限に出てくる動画を見ては今まで経験したことのないような幸福感を味わっていた。ジャニーズに冷めて自分だけがKPOPに希望を見出している感覚にも酔いしれた。友達に布教して、無事沼に引き連れてきたこと。それ以来毎日の登校中の話題がガッセになったこと。彼らが来日する時には空を飛ぶ飛行機を見て「あれに乗っているかもしれない...!」と妄想を膨らませたこと。来日中は日本の空気がおいしく感じられたこと。
それを世では「推し」と呼ぶことを知った。
私の推しグルはガッセ、私の推しはJB...その事実が、部活に明け暮れる私の正気を保たせていた。
私は彼のおかげで誰かを「推す」ことの尊さを知った。いてくれるだけで元気になれること、頑張れること、生きがいになること、辛いことも乗り越えられること。恋愛でも恋仲でもない遠く離れた言語も文化も違う人に、自分でも知らなかった新しい感情を抱くこと。全てが新鮮で、楽しかった。文字通りの夢中だった。
あれからはや6年が経ち、私は大学を卒業して社会人になった。
大学受験のために「KPOP断食」をしてからはめっきり推し活も減り、大学に入ってからも高校生の時ほど推しへの執着や情報の追っかけをすることもなくなってしまった。夢を売るだけのアイドルに批判的な目で見ていた時期もあったし、年齢を重ねるごとに何かを深く愛することのむつかしさを知った。それが例えアイドルであったとしても、四六時中そのことを考えられて生きがいとなるような存在には大人になると滅多に出会わないことも知った。というか、大人になるにつれ燃えるような熱い感情を持つ機会すら減っていった。
何を見ても読んでも、あそこまで心を大きく揺さぶられることがなくなってしまった。
今でも推しは推しであるけれど、いっときは激しく熱く燃えていた私の推しへの愛は下火になり、他のグループをかいつまんだり別の推しをつくっては(それがみうらじゅん)高校生の頃の自分とは全くちがう自分になっていった。
私はいつの間にか、あの頃の熱烈なファンを卒業して大人の女性になっていたのだ。
こちらが人生のコマを進めている間に彼らもしっかりと自分たちのコマを進めており、昨年の1月、彼らはとうとう7年の契約期間を経て所属していた事務所を退所した。メンバー7人が皆、新しい事務所へと移籍したのだ。あるメンバーは自国へ戻って大手事務所と契約を結んだり、俳優やミュージカルとして役者になるメンバーもいた。私の推しは、ヒップホップ少年として新しく韓国で最も有名なHIPHOPのレーベルに所属した。今はヒップホップをやっている。韓国アイドルにとっての事務所退所はある意味解散に近い。韓国では7年のジンクスと言い、デビューして7年で多くのグループは解散していく。(もちろん7年続く方が稀だけど)
「事実上の解散」と報道された全員退所のニュースを、リーダーであるジェボムは当初からずっと否定していた。「GOT7は解散ではない、全員で事務所を退所しても解散しないことを約束する」と。
そこから1年以上経った今日、有言実行でGOT7は完全体のカムバを果たした。
今は全員が離れて各自の活動をしているフリーの音楽家・俳優たち。元の事務所との調整、権利の移転、各自の事務所との方向性やスケジュールのすり合わせ...想像もつかない膨大な量の関係調整やすり合わせ、事務を経た今日のカムバだと思われる。ほぼ奇跡だろう。事実、全員が異なる事務所にいながら元のグループ名を名乗って活動することはKPOP界では異例のケース、おそらく前例になかったことだ。お兄さんグループとして新しいアイドルの方向性を見せてくれたことに、影なから見守っていたファンとしては誇らしい気持ちさえある。
ちなみにこのグリーンはファン(IGOT7:通称アガセ)との間のグループカラー。
MVが公開された新曲『NANANA』を最初に聴いたとき、一番最初に思ったのは「やさしさ」だった。ファンへの愛情に満ち満ちている気がした。
ふわふわとしたあったかいものを見ている気分になった。我らがジェボムの登場シーンには、ガッセのファンの愛称でもある「アガセ(韓国語で小鳥)」がジェボムの肩に乗って戯れる様子が映し出される。そういうメッセージ性が好きだ。世界観や衣装なども、前の事務所よりお金がかけられている感じが伝わってくる。ほっとひと安心した。
19時の公開以来散々リピートして聴いているのだが、やはり推しは何年経っても推しだった。
私自身は随分と変わってしまったけれど、推しは推しであることに変わりはなかった。私が少女から女性になるまでの間もずーっと、彼らはアイドルであり続けてくれたのだ。
今見てもかっこいいし、最高だった。やっぱり私の中では誰もジェボムには勝てない。推しをみると、推しを最も熱く推していた時の熱量が蘇ってくる気がした。あの時の感情の燃えようがリアルに思い出される。
文字通り生きがいになっていたこと、推しを考えるだけで何かを頑張れていたこと、好きなものに即答できていたこと、妄想が豊かになること。推しを惜しみなく推した日々の全てが、私の心の奥底できらきらと輝いている。
例えそれが画面越しにしか会えなくてもいい。私たちファンに見せているのが仮面でもいい。素の彼でなかったとしてもいい。絶対に私の存在を知ることがなくてもいい。
推しを推した日々の記憶は、私の中で間違いなくかけがえのないものになっている。推しを推した、その事実だけでいい。それがどれだけありがたいことか。どれだけラッキーなことか。今の私にはみうらじゅんというもう一人の推しがいるけれど、もう二度とあんなようには誰かを推すことはできないだろう。みうらじゅんは推しだけれど、生きがいと言えるほどに大きな力を与えてくれるわけではない。
ありがとう、私の推し。私の青春を彩ってくれて。支えてくれて。いつもそばにいてくれて。退屈していた教室の時間を和らげてくれて。思春期で常に自信のなかった私を、そうとは知らずに励ましてくれて。何より、少女だった頃の私に「推し」という感情を教えてくれて。この時期に学んだ、誰かを見返りなく愛させてもらえることや趣味がオタ活と言えることの幸せ、燃えたぎるような感情を何かに捧げられることの貴重さを、私は一生忘れないだろう。
私の知らない感情を教えてくれた推し、誰よりも幸せになってほしい。恋愛してもしなくてもいい。とにかく何も気にせず自分の幸せを追求してほしい。
ピークだった当時、毎日毎日死ぬほど繰り返して見ていたジェボムの動画をやっと見つけた。この動画を見ていた頃の記憶が今、走馬灯のようにキラキラと思い出されている。
サランへサランへと言いまくるBGM(KPOP)の歌詞もさることながら、この動画は完全に表面的ではないジェボムの良さを理解している人がつくっていると分かるのがとても良い。「そう!!そこなんだよ!!」と言いたくなる。
おめでとう、カムバ。ありがとう、推し。
推しを推した日々の記憶を心に抱きながら、これからも遠くからあなたの活動を見守っています。
最後まで読んでくださりありがとうございます。 いいね、とってもとっても嬉しいです!