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ファミレスで執筆していたという星野源に憧れて

「ファミレスで執筆」と言えば誰を思い浮かべるだろうか。

私は必ず星野源を思い出す。彼のエッセイ『そして生活はつづく』で、仕事終わりに毎回ファミレスに入って深夜まで連載を書いている内容があったからだ。
『逃げ恥』の放送前から音楽と役者の仕事で忙しくしており、毎回寝る間を惜しんで当時24時間営業していたファミレスでヘロヘロになりながら書き上げていた文春の連載。光熱費を払うのを忘れて何度もストップしている話、大事なものをすぐに無くす話、疲れすぎてエロい妄想が進む話、今の彼からは考えられない程自分の「ダメ」な部分がありのままにさらけ出されたエッセイだった。読んでいるだけでも心配になってくるほどの過労の上、ろくに睡眠も取れないまま身体に鞭を打って連載を執筆していた彼は、ある日くも膜下出血を起こしてぶっ倒れてしまう。その当時の様子も文庫本には書かれているのだが、倒れた日のページは一面真っ黒に塗りつぶされていた。

それを読んで以来、星野源というワードで思い出されるのはいつも、「疲労と睡眠不足とでヘロヘロになりながら深夜の限界ファミレスで普通におもしろいエッセイを書き上げる星野源」だった。私の中で、ファミレスは過労と星野源とエッセイの3点セットになっているのだ。

どこかの世界で有名になり、活躍して、引く手あまたのヘロヘロな状態でファミレスに駆け込んで深夜まで執筆に励むこと。私にはその光景が、典型的な「成功」のイメージとして焼き付いている。実際星野源はその後放送された『逃げ恥』で国レベルのブームをもたらし、なんなら国民のマドンナであるガッキーとめでたく現実世界でも結ばれた。結婚の報道が出た時、最初に思ったのは「あの...ファミレスで...死にそうになりながら文春の連載を書いていた...あの彼が...!!!!!」ということだった。

そんなこんなで私にとっての「ヘロヘロな状態のままファミレスで執筆」というのは、連想される貧乏くさいイメージとは裏腹に、スター (笑)になるための象徴、重要な布石という意味を持っているのだ。だから街中のカフェがどれほど満席であっても、ファミレスに入ることはなかった。なんとなく、自分が「ファミレス執筆」をやるにはまだまだ早いような、恐れ多いような気持ちがしていたから。「ファミレスで執筆」は、私にとってもっともっと売れてからでないとできないこと。

...のはずだった。


どういうわけかこれを今、駅前のファミレスで書いている。

吸い込まれるようにナチュラルに来てしまったのだ。
いや、そんな、そういうわけじゃないんですよ。よもや私が売れっ子なわけがないし、駆け出しのための駆け出しをしているようなひよっこ(でもない、もはや孵化前の卵)ライターですけど、多分、寝不足な状態にある自分に星野源を重ねてしまったのだと思います。というより、「これだけ眠たくて疲れている状態なら、この私も許されるだろう」と勝手に思ったのだと思います。当然、星野源の当時の疲労とは比べ物にならない疲労でしょうけど。

入ってから既に5時間ほど経っているが、とはいえファミレスは作業するには素晴らしい環境だということがわかってきた。
電源が各席についているし、無料のwifiもある。きわめつけは飲み放題のドリンクバーがあること。私がきているファミレスには紅茶の種類も凝ったものがいくつもあり、何時間過ごしても飲み飽きない。(シナモン&ナッツオルゾーというのが特に美味しかった)平日のランチ後の時間に行けばこれを200円以下で無限に飲めるし、夜はそのままご飯も食べられる。そりゃあ執筆も進むわけだ。眠気とやる気のなさと戦いながら、ようやく1本を書き上げた。

この店舗の店員さんは対応がすばらしく、ファミレスとは思えない丁寧な接客でこまめにお皿やコップを引き下げに来てくれる。挨拶や店員同士でのインカムのやりとりからも品とチームプレーのよさが伝わってきて、久しぶりにこんなに治安の良いファミレスに来てしまったと思った。注意深くホールを歩いて真面目に仕事をしている、おそらくは顔つきや喋り方から高校生らしきアルバイターが私の面倒を先ほどから数時間ほど見てくれている。
真っ黒な地毛の髪に指定通りのお盆の持ち方、まっすぐにこちらの目を見る話し方。お店のマニュアルに反抗することもなく、まだ手抜きというものを知らなさそうなほど無垢なアルバイターだった。教えられた通りにキチッと接客をしている真摯な様子に、思わず私の顔はぴえん顔🥺になってしまう。なんてかわいらしい高校生なのかしら。ファミレスという荒れがちなお店でよく頑張っている。もはやチップをあげたい気分にすらなってくる。お母さん、大丈夫ですよ、あなたの子供は都会の駅前のファミレスで立派に接客をされておられます。

さてそんな素晴らしい接客のもと、私は恐れ多くも星野源気どりで夕方から同じ席に居座り、原稿を書き、ついでにこのnoteまで書いている。
なんだか自分がとても恥ずかしい人間のように思えてきてならない。ライターの先輩方から今にも「お前がファミレスでパタパタ執筆するのは100年ハエエんだよ!!!」というお叱りが飛んできそうだ。(誰?)

やっぱりもっともっと疲れなければダメだ。もっと限界の山を越えてここへ来なければダメだ。心の声が言うように、私がファミレスでPCを開いてパタパタとタイピングをするにはまだまだ早い。

でも、きっと必ず戻ってきたいと思う。その頃には締め切りを控えた原稿を今の倍以上抱えて、書きすぎて書きすぎて腱鞘炎になるくらいに書いて、文字通りヘロヘロな状態で深夜のファミレスに訪れよう。そしておもしろく人に愛される文章を書けるようになっていよう。文章じゃなくてもいい、そんな仕事をしている大人になろう。そしてまたファミレスにきて、ヘロヘロになりながら連載を続けていた星野源と純粋無垢で頑張っていた今日の高校生のことを思い出そう。勝手に気取ってしまって恥ずかしい気持ちを忘れないでいよう。

店を入った時に感じていた強烈な眠気はすっかり消えて、いつの間にか頭は冴えざえとしている。



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