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洋服記録93_辛苦のボタニカル

誰とも被らない、
あなたの特技を教えてください。

 
これは就活時代、
とある企業の最終面接で実際に聞かれた問いである。
 
たしか6~7名のグループ面接であった。
自己紹介やら学生時代のエピソードやらを散々話し終え、
各自の経験値やキャラクターがなんとなく分かってきた終盤戦。
 
「誰とも被らない」、という条件が付いているので、
ありきたりの特技では物足りないし、
少なくともここにいる誰かと被ったらもうアウト。
そんなプレッシャーの中で、
端の人から順に回答が進んでいく。
 
焼鳥屋でバイトしていた青年は、
炭火の扱いがうまい、と答えていた。まあ、普通。
3オクターブの音域が出ます、と言って実際に歌い出した奴は、
たしか合唱サークルに入っていた女の子だった。まあ、意外性はない。
 
そして順番が回ってきた私は、
まっすぐに前を向いて答えた。
 
「蝉の抜け殻を見ただけで、
   瞬時に雄か雌か判ります。」

 
一気に、驚きと笑いを搔っ攫ったのである。
 
この話、
紛れもない事実である。
 
さすがに今ではもう忘れてしまったが、20代前半の頃までは、
抜け殻から蝉の種類まである程度判別できた。
たしか、第何番目かの触覚の太さや、全体の大きさで判るのだ。
 
この技は、小学生の頃に培われた。
教育に良さそうなイベントや習い事に割と積極的だった母親に連れられ、
区内の植物園で開催される勉強会に参加した。
 
複数回通った記憶があり、
夏休みには泊まり込みの時もあったような気がする。
植物園内の大樹に聴診器を当てて幹内の水の音を聴いたり、
蝶の標本を作ったり、葉の葉脈だけで栞を作ったりした。
その中の一つの授業に、
蝉の抜け殻講座があったのだ。
 
アラフォーになった今でも内容を覚えているぐらいなので、
さぞかし楽しい記憶なのだろうと思うかもしれないが、
私にとっては毎度地獄の時間だった。
 
社会に揉まれてだいぶマシにはなっているが、
私は元来、
筋金入りの人見知りである。

 
喋らなくてよいなら、基本的に喋りたくない。
知っている人ですらそうなので、
知らない人と新たに人脈を作るなど、全力で避けたい。
 
世間話は苦手だし、
移動中の繋ぎとか、会議合間の雑談とか、マジで嫌。
故に、食事も移動も一人が多いし、
無駄にトイレに行く回数も多い(頻尿ではなく逃避)。
 
これは幼少の頃からで、
公園に誰かいるともう行かない、とか、
休み時間が一番休まらない、とか、
そんなことはもう日常茶飯事であった。
 
そんな自分が、
全員が初対面という環境下で、
訳も分からん勉強会に放り込まれる辛さ。
加えて言うなら、
植物にも虫にも興味は皆無。
何一つ良いことは無かったのだ。
 
ただ、人生とはわからないもので、
吸い取られるばかりで得るものなど無かったと思っていた地獄の植物園体験が、
咄嗟の質問への救世主になったりする。
 
半年ほど前から枝もののサブスクを始めているのだが、
花瓶に合わせて枝を切るたびに、
植物園で習ったアジサイの枝切りの知見を活用したりしている。
つい最近家にでかい蜘蛛が出現した時も、
あの時習ったアメンボを捕まえる要領で外につまみ出したりした。
 
そう、
人生とはわからない。
 
今期購入したボタニカル柄のパンツも、
なぜか突如好きになって、去年に続き買い足したものだ。
 
自分の足元に生い茂る植物を見るたびに、
未だ忘れぬ辛苦を伴う教訓たちに、
ささやかな感謝をするアラフォーであった。

ボタニカル柄パンツのコーディネート備忘録

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