見出し画像

髪の長い乙女と虫を探す休日

 「お休みの日は結びたくないの。結ばない方がかわいいから」
4歳の時の娘から言われた言葉だ。それ以来、どんなに暑い日でも、休日は髪を結ばない日がほとんどだ。長い髪をなびかせ、ワンピースとラメラメサンダルで、今日もカナヘビと虫を探して走り回る。イナゴやカマキリを掴んで、ファンシー雑貨を見るような目で、かわいいと呟き、出会う人が口を揃えて「元気ですね」と引き気味になる、そんなかわいい私の娘だ。

 ああ、私も、髪を伸ばすことは憧れだったなと思い出す。十分長い今でも憧れに変わりはない。それは、髪が長い=かわいいと信じていた私の中途半端で一途な乙女心のなごりなのだ。

 昔、小学校1年生のクラスへ教育実習に行った。そこで、久しぶりに耳にしたのだ。「自分で結べるようになったら伸ばしていいよ」という言葉を。私もそうだった。小さな頃は基本おかっぱだった。ちょっと長かったこともあったけれど、結ぶのが大変だったために、切りましょうとなってしまうのだ。 
「私もそうだったよ」
と返すと、瞳をキラキラさせながら
「私も早く伸ばしたい」
と言われた。そう言っていた少女も、今年は25歳になっているはずだ。髪は伸ばしているのだろうか?

 幼い私は長い髪をなびかせるのが嬉しくて、結ばない方が100%嬉しかった。しかし、髪質は固く太くごわごわで、おまけに量も多いものだから、2つの三編みですらしめ縄のように太く、母が絶句していた。さらには、おしゃれには無頓着で、とかさずにボサボサで、
「スズメの巣で外に出ないで」
とよく怒られた。休日に、
「髪まだといてないでしょ」
と娘に怒るのは、ほんのちょっと罪悪感だ。しかし、自分のことは棚にあげなければ、ボサボサの娘が外に飛び出してしまう。髪をなびかせることには憧れていたが、そこには気が回らない。私の場合、それで自分で結べないものだから、結局切ることになってしまうのだ。

 若い頃は、リンゴの皮を食べなさそうなイメージと言われたこともあった。その頃よりは20歳は歳を重ねたおばちゃん真っ只中な私が、今どう見えるかは知らないが、髪が長く、引っ込み思案だったために、そう見られていたし、親しくない人からはA型と言われた。しかし、一旦仲良くなれば間違いなくB型っぽいと言われ、リンゴは何なら丸かじりするし、虫は割と平気な田舎人だ。今の仕事を初めて、変わったところも沢山あるけど、長い髪は変わらないままだ。結ぶのが下手なところも変わらない。なぜ上手くならないんだ……。

 私は多分、これからも髪は長い方が好きだ。未だにアレンジは出来ないけれど、一応自分で結べる。娘の髪は、かわいくは出来ないけれど、私が結べばいい。結局、私にとって、「髪が長い」はかわいいの象徴であり、憧れは変わらない。娘と同じく、男の子のオモチャが好きで、虫を掴んで、格好なんて気にせず飛び跳ねていた私の中途半端で一途な乙女心のなごりなのだ。

 タオルを被って髪に見立て、お姫様ごっこをして、短い髪を長く感じようとして、天井を見上げて背中に当たる髪に鏡を見てニコニコしていた私は、今、毎日娘の髪にトリートメントをし、毎朝クシでといて、ヘタクソなポニーテールを結っている。

 私よりサラサラな娘の髪は私の憧れであり、美容室で美容師さんに切ってもらいながら
「ゆらゆらにして下さい」
と勝手に注文する姿に
「あ、いやいや違うんです」
とあたふたしながら、私よりもちょっぴり乙女心高めな娘に、今日も最高にかわいいねと思う。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?