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20.サリー

一緒に登下校していた のんちゃん ありちゃん
休み時間も、こっそり授業の時間も
いつも一緒にふざけていたクラスのスクワード、
昔からよく遊んでいた幼馴染のしゅんしゅん、
同じ班のお調子者、あんでぃー。

みんな面白くてだいすきだけど、
今も連絡を取ったり、
会ったりする仲の子はほとんど居ない
どこで何をしているかも分からない子の方が多い

小学3年生の鳥居れなは、兄が通い始めると同時に
どうせなら、と近所の塾に行くことになった。

社交的だと通信簿に書かれたことは、あるのだが…
やはり、いきなり知らない学校の子達に混ざるのは
少し不安があった。
黄緑の新しいノートを買って、無理やり気分を上げたが
初めての授業は緊張していた。
思ったより大きな音で開いたガラス張りのドアに
自ら驚きながら、知っている人を探した。

肌が真っ白でスラッと背の高い華奢なあーちゃん!
あーちゃんは私より1年先に通いはじめていたらしい。

あーちゃんとは、幼稚園から一緒で
お絵描きや家族ごっこなどの、定番の園児の遊びに加え
お互いに、自作の物語を読み聞かせするという
園児にしては高度な遊びをした思い出がある。
ちなみにその物語には大抵、
ぶりぶりざえもん が出てくる。

私は、側へ駆け寄り「あーちゃん」と声をかけた。
振り返ったあーちゃんのエクボを見てホッとした、

休み時間もじっと席に座ってる私のところへ
あーちゃんは話しかけにきてくれた。
なんて優しくていい子なんだろう。
あの時はありがとう…あーちゃん!

そして当時8歳の私にとって、
その先の人生でとても大切な存在になる人物に、
出会わせてくれたのもあーちゃんだった。

2度目の休み時間に紹介したい子がいるから来てと、
誘われて隣のクラスに一緒に行った。
前から3列目の真ん中あたりに
くっきりとした二重の綺麗な黒髪の女の子が座っていた

あーちゃんとその子は親しげに「やっほー」と交わし
私はやや遅れて「こんちわ。」と言った。

あーちゃんは丁寧にお互いのことを紹介してくれた。
隣町に住む他校の子と話すのは
何だか新鮮な気持ちだった。
席に座ってこちらを見上げながら
よろしくねと笑ってくれたことをよく覚えている。

彼女がサリー。わたしの親友。

仲良くなるのに時間はかからなかった
塾に通うことに対しては乗り気でなかったのだが、
私はほぼ、サリーに会うために通っていたのだと思う。
サリーにとっても、きっとそうだったと思う。

苦手科目が同じ私たちは、通常授業に加えて
土曜日の個別教室にも参加するようになった。

個別に向かう前は必ず、塾に近い私の家で遊んだ。
個別授業が終わった後に通常授業があり
近くのファミリーマートへ行き、
しゃけのおむすびと、ファミチキ。
毎週土曜日の夕食はサリーと一緒に
同じこのメニューを食べた。

私たちは、塾のない日にも頻繁に会うようになった。
カラオケ、プリクラ、お祭り、プール、ショッピング

違う学校だったけれど、小学3年生からずっと
いちばんにお互いのことを共有しあってきた。

中学3年生、出会ってから6年が経って
私たちがいつも顔を合わせて来た場所でもある塾を
卒業した。

高校は別々の場所へと進んだ。
それからは、少しずつ会うことが少なくなっていった

私にとっても、サリーにとっても
高校時代は色々なことがあり、話すたびに
同じ高校に通いたかったねと言っていた。
今でも思う。

それでも私たちの中に流れている、
お互いを思う気持ちは遠くに居ても何一つ変わらない。子供時代に濃い時間を一緒に過ごしたのが彼女で良かった。

私の楽曲を聴いたことがある方は
『エイミー』という曲に
サリーが出てくるのを知っているだろう。
音源化する時、
お世話になっているディレクターさんから
「この、歌詞に出てくるサリーは犬か?」と聞かれた。
私は可笑しくて仕方なかった。
確かに、ペットの名前かなともとれる。
むしろその説の方が濃厚だ。
でも、サリーはわんちゃんではなくて私の親友です。

友人が多いのは華やかで、時たま良いなとおもう。
でもわたしには、深いところで繋がった友だちがいる

東京でのひとり暮らしで、
たまにふと寂しい夜を見つけることがある、
私は枕元の棚に置いたサリーからの手紙と写真を見ると
「大丈夫」と感じる。

大切な存在に出会わせてくれた、
お父さんお母さん、サリーのお父さんお母さん
あーちゃん!ありがとう

サリーだいすきだよ
いつもありがとう。

おやすみ

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