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[インタビュー記事風] Renaさん、世界で最も過酷なマラソン、サハラマラソンを10大会連続完走!



7日間の衣食住を自ら背負って走る世界で最も過酷なマラソン、サハラマラソン(Marathon Des Sables) が、2023年4月21日~5月1日の日程(6ステージ/7日間)で、北アフリカ・モロッコ南部のサハラ砂漠で開催されました。

今年で37回目の開催となる本大会には世界中から約1,100名が参加し、その内、日本からの参加者は31名でした。

2013年(第28回大会)に初めて出場し、サハラマラソンの魅力に取り憑かれて以来、毎年サハラ砂漠に通い続けているRenaさんは今大会で10大会連続出場となりました。今回は上位半分以上の成績を狙うと出発前に語っていたRenaさんですが、果たして目標は達成できたのでしょうか。



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以下、Renaさんとの一問一答。

ーで、どうでしたか?目標達成できましたか?
え?いきなり聞いてきます?いやあ、惜しくも目標達成できませんでしたね。テクニカルチェック終了時の出走確定者が1,089名だったので、544位以上にいなければならなかったのですが、結果は総合548位でした。


ーう、うわっ、惜しいですね。敗因は何だったのでしょうか?
オーバーナイトステージ後半から熱中症らしき症状が出て急ブレーキがかかったことでしょうか。深夜、コース上で点滴を受けて2時間ロスした上に、ペナルティ2時間が加算されました。また、その後いったん吐き気は治ったものの、倦怠感が続き、症状が改善されず、この症状がチャリティーステージまで続くという地獄を見ました。

ーそれでよく完走できましたね。
点滴を受けている間、終わったな、と思いました。もう上位半分以上は狙えないと思ったので、「完走」へ目標を切り替えました。10大会連続出場しているのに、ここで黒星はつけられないと思ったのです。意地ですね。オーバーナイトステージ前半までの貯金がたくさんあったので、ペースを落とせばなんとかいけると思いました。


ーしかし、熱中症とは、2021年で学習してなかったんですか?
はっきり言いますねえ、、。
一応、学習しましたよ、2021年のサハラマラソン、2022年のナミブレースで気温50度越えを体験して、塩分をしっかり取ること、そして体を冷やすことを学んで、常時、塩取って体を冷やしてました。

だけど、まさかオーバーナイトステージの深夜に熱中症らしき症状が出てくるとは思っても見ませんでした。完全に油断してました。日が沈んだ後くらいから塩取るのやめてたんですよね、、。


ー今年、37回大会はどんな年だったのでしょうか。
コースは2015年(30回大会)とほとんど変わらないコースで、オーバーナイトステージが過去最長クラスの90kmではありましたが、野営地に向かう車内でロードブックを見た時は「これは(目標達成)いける!」と確信したんですけどね。

しかし、気象条件が全く違いました。
何度でも言いますが、気象条件次第で以前と同じコースだったとしても難易度が格段に変わります。全く別物のコースになってしまうんですよ。

2021年がダントツで厳しかった年には変わりはないのですが、その次が間違いなく今年ですね。私が出場してきた過去10年で2番目に厳しい年でした。

チャリティーステージで35回出場のレジェンド、クリスチャンと少し話すことができたのですが、彼も同じ意見でした。私のフランス語がちゃんと通じていれば(笑)


ー暑かったってことですね。
はい、そうですね。日に日に気温が上昇していくという印象でした。とある日はコース上で50度越えしていたと後から大会スタッフのFacebook投稿で知りました。また夜と明け方にめちゃくちゃ冷え込むのが通常のサハラなのですが、今回は夜も暑くてシュラフの外に足出して寝てました。

あと、生活面も結構厳しかったですね。最初の数日は砂嵐がひどくて、テント崩壊しそうになって、みんなでてんやわんやしてましたね。

砂嵐くらいならまあ良かったんですが、少し雨混じりの砂嵐がきた時はやばいと思いましたね。レインウェアとか持ってきてないし、吹きっ晒しのタープに雨なんか降られたら間違いなく風邪ひく!と思いましたから、、でも、すぐに止みましたけど。


ー色々あったんですね。
まあ、サハラですから何があっても不思議ではないですね(笑)

もう受け止めるしかない、自然の摂理には逆らえませんから。他の選手たちもまあ好きでサハラ砂漠に来る人たちですから、この状況を楽しんでいた感じが良かったですね。


ー今回特に印象に残った出来事とかありますか。
あー、結構ありますよ。

まずは、2019年にオーバーナイトステージを一緒に歩いた韓国人選手のイムが戻ってきました。もう2度と出ないとか言っていたのにどういう心境で戻ってきたんだか。そして、その時のサハラマラソンのことを本に書いて出版してました。私のことが結構なページを割いて書いてあり、かなりいい人っぽく書かれていたので照れ臭い。

というか、その時、わらじに足袋を履いて挑戦していたんですが、それが理解してもらえてなかった(笑)


ー韓国語で書かれた本読めるんですか??
Google Lensにかざして翻訳して読みました。翻訳精度高いですよ。

イムからレース前にサイン入りの本をもらったのですが、本はたまたま他の韓国人選手がイムにサインしてもらおうと持ってきていたみたいなんですよね。それをなぜか、私にサインして渡すという、、なんともイムらしい(笑)

でもこのおかげで他の韓国人選手の間で有名人っぽくなってました。
「あ!あなたがレナ?」みたいな。
あと、去年出ていた韓国人が納得いかないから来年出るとか言っていて、ほんとに今回来てました。こういうサハラ砂漠での再会は本当に嬉しいですね。

イムは残念ながら今回は2日目でリタイアしましたが、ワルザザードのホテルの部屋に話がしたいと遊びに来てくれました。翻訳アプリかざしながら語り合いましたね。



ーその他には?
オーバーナイトステージのCP4で給水していると、どこかで見たことがあるような人がやってきて、なかなか思い出せない。その人の友人が英語で「昨年レーシング・ザ・プラネットのレースに出てませんでしたか?」と話しかけてくれました。

去年、南極で一緒に走ったロシア人の選手でした。まさかサハラ砂漠で再会するとは思っても見なかったので、思わず「おおおおお!!」って叫んでしまいましたよ。南極からサハラ砂漠って、温度差激しい(笑)

あと、初日の野営地に行くバスの中で、バスに同乗するスタッフって給水サポートチームの人がやるんですが、そのスタッフに誰それは今回来てるか?とか聞いていたんですよね。で、あんた誰よって話になって、「レナです。」って言ったら、「あー!あの!」ってなってたのがウケました。


2021年のオーバーナイトステージの出来事は給水サポートチームの中ではもう有名な話になっているんだな、と(笑)

おかげで、給水でCPに入るたびに誰かしらから「レナ!」と声援をもらうので、ここは私のホームか?みたいな気持ちで嬉しかったし、励みになりましたね。


あと、毎回、スタートする時にはパトリックのそばを通って行ったので、「レナー!」と声かけてもらったのが力になりました。もちろん、サハラマラソンにはたくさんの友達がいて、彼らと毎日何かしら会話するのが楽しかったです。


ーサハラマラソンは特別なものなんですね。
はい、そうですね。毎年、友人たちに会いに帰るという感覚です。


ーということは、来年も?
はい、そうですね。今年なんとか完走した後は、しばらくはもういいかな、10年を節目に少しお休みするか、と思ったのですが、今は、やはり来年もサハラ砂漠にみんなに会いに帰りたいという気持ちでいっぱいですね。

ー来年も上位半分以上を目指しますか?
今回、スーパー早歩きだけで上位半分以上は十分に狙えるということがわかったので、無理をせずに熱中症に気をつけていきたいと思います。そうすれば、自然と上位半分以上になっていると思います。

ー最後にサハラマラソンのレースレポート楽しみにしてますよ。
あ、その前に去年のサハラマラソン、ナミブレース、ジャングルウルトラのレースレポート書き終えてなかったですね。6月にモンゴルへ行く前までには仕上げますー。


(終)

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