咲かせたい蕾
一人暮らしの家から綺麗な朝日を眺めて1日の始まりを実感する冬の日。数ヶ月実家に避難していたので大荷物を抱えながら先日帰宅し、荷解きや掃除を済ませた。晴れた日の夕方にはこれまた綺麗な夕日が望める。順調かと思いきや、トイレと洗濯機の水回りのトラブルが起きてしまい、「一難去ってまた一難」とはまさにこのことだと痛感した
私は精神科に通院しているのだが、個性的な主治医と祝日除く週1の頻度で外来受診をしてもらっている。一昨年くらいに今の主治医に変わり、自分の警戒心の強さから自分が思っていたより信頼関係を築くのに時間は要したが今は気軽に話せるほどの信頼関係になり、精神科医というよりもSC(スクールカウンセラー)に話している感覚で通院している。安定していても週1で診察予約を入れてくれる主治医と時折
【 人生の花 】
について話すことがある。簡潔な表現として上記の書き方をしているので実際はさり気なくフランクな会話の流れで話していることが多い
今の主治医になってから精神的な安定を得るまでに1年ほどあり、大抵の不調はストレス下や心身の疲労があった時に「解離」という自己防衛とは正直名ばかりな記憶が抜けたり人格交代などで倒れたり不穏状態になることだった。
解離性障害の罹患者ならわかると思うが一度解離(ストレスから意識と記憶の切り離し)を発症してしまうと事あるごとにその解離のスイッチが作動してしまう。自己防衛といえど意図せずに” 切り離し ”で対処してしまう連鎖がなかなか断ち切れない、傍から見れば、「解離が癖になってる」という状態に見えてしまう。本人も薄々そのような自覚があったとしてもそれで症状が落ち着くとは言い切れない、そしてそれらが幼少期の逆境体験をした者はより複雑に、慢性化してしまう。ある種の生きる術であったとしてもだ。世間的に見るなら”嫌なことを忘れられる”ことに「都合良い」と解釈がちではあるのだが記憶がなくとも人格が交代していても結局のところ本人(罹患者)に責任が回ってくるのは辛い現実であり、記憶があってもなくても自責や罪悪感で抑うつを招くのだ。それこそ意図的に現実逃避もしたくなる気分で都合良いわけも無ければここまで来るとやはり「障害」であることは否定できないのは明白である
ここ数ヶ月は解離症状自体は”寛解状態”に近いのだが、解離症状が顕著であった時は主治医との診察内で
「この世はクソ」
と言っていた。それはその時の本音であったが、今は ” 部分的に ” そう思うのだ。精神科医と患者との診察の会話でこの表現は賛否ありそうだが、主治医と私の考えの価値観と信頼関係に準じた表現としてはこれがしっくりくる表現である
その話をしている時に主治医は
〈 大丈夫、素直に楽しいことがあったり、成長していくとこれから君の中の花が咲くから。君が生きたいように楽しいと思えて”人生(生きていて)楽しい”花を咲かせていこう。その花が咲くの先生も楽しみだなぁ 〉
と。主治医自身も過去に生きづらさを抱えたこともあったことを話してくれた。それを聞いて
「あぁ、医者もちゃんと人間なんだな」
と感じたし、同時に聞きたかったことを主治医に聞いてみた
「 先生は何歳頃から花が咲き始めたの? 」 「 今は人生楽しい? 」
と。その質問に対しての返答は私のことではなく主治医の話なので個人情報として詳しい内容は避けさせてもらうが、その質問の主治医の答えは紛れもなく私の励みになったことは事実であった
通院や入退院を繰り返しながら次第に解離症状が落ち着き始めて、市内で一人暮らしを始めたのだが、必要な下調べから手続きや連絡まで一人で行い、それらをこなせたことがかなりの成功体験になったことは言うまでもなく、そしてそれを通院先の主治医や関わりのある職員に報告するととても喜んでくれたり、中学生時代からお世話になっていた看護師は照れながらも驚き、褒めてくれていた(後に病棟で他の看護師に喜びを伝えるほど喜んでいたことを知った)
思ってた以上に私のことを考え成長を見守ってくれて陰ながらでも応援してくれる人がたくさんいることを実感した
先日の診察で主治医に
「 花は咲いた? 」
と聞かれた。確かに咲きそうな順調さはある気もするが、私が答えたのは
「やっと芽から蕾になっている途中」
と。でもこれには続きがある
「やっと種から芽が出てきたけど蕾と芽と行き来している感じ。それを育てるために注いでくれてる水はこの病院の職員で優しさと温かさという水を私に注いでくれてる。もちろんこの水は本来家族や病院外で与えられるのがふさわしいけれど今は主治医や病院の職員が育ててくれてる」
このような感情自体が「ホスピタリズム」なのは否めないのだが私の人生や過去からしても必要な時間でもあるし、精神的自立には大切な関わりと思っている。ホスピタリズムから社会に出るまでの過程なので外部になんと言われても私の人生は私しか生きれないからこそ、後悔しないためにも
私自身、発達障害故のコミュニケーションの困難やこだわり(頑固さ)もあったので対人関係の衝突やトラブルもあったが、今の主治医はそこを踏まえた上で
自分自身で生きやすい、やりやすい(やりたいことの)選択する
ことを尊重してくれている。もちろん選択すること、それを行動に起こしても起こさなくても自分に責任や困難が生じるのは当たり前であるが、それ以上に得ることや支援の選択、物事に対処や適応出来るスキルは身につくと思う、実際に身についた
主治医や看護師は
「 この成長は彩璃ちゃんの努力や頑張りだよ 」
と言う。ひとり暮らしの自宅に戻り、まだやることはあるのだがそれなりに充実している。もちろん様々な人の応援や支援なしにはこの生活も充実さも精神の安定も成長も語れない
だから蕾を少しずつ私のペースで咲かせていきたいし、その花を支えてくれた人に見せていくことで恩返しをしたい。咲かせることに焦らずに外の空気に触れつつも程よく水を注いでもらい、いつかは綺麗な花を咲かせていく。水は与えられすぎても花は早くも綺麗にも咲かないからこそ、水を求めすぎないことも必要である
私の人生の花にはまだ可能性が秘めてあると信じて…
By.いろどり