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文字で殴る夢を見た

※即興小説トレーニングで書いたお話です。
お題:小説の山
制限時間:30分
文字数:1853字
掲載元:http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=610707

「ささちゃん、今ちょっといい?」
「どうしたんです、サイトウ先輩」
「昨日ね、変な夢見ちゃってさ」
放課後文豪クラブ、今日も活動を開始……というところで、サイトウ先輩が私へいきなり話しかけてきた。
「内容が内容だったから、ちょっと誰かに話しておきたいなあと思って」
「はあ……」
「自分史上稀に見るくらいのおかしな夢だったから、誰かに聞いて欲しくて」
へへ、と照れ気味に微笑むサイトウ先輩。先輩が笑みを浮かべるのを、ひょっとすると初めて見たかもしれない。そんなレアな光景に出くわすのも変なところで運が良い私の特徴、のようである。
「で、どんな夢だったんですか?」
私は尋ねた。

すごく静かな部屋にいてね。突然、カーン! というゴングの音が高らかに鳴ったんだ。
目の前に山積みの真っ白な原稿用紙があって、僕はすぐにシャーペンを走らせ始めた。少し離れたところには、僕と同じように原稿用紙に向き合う見知らぬ男の子が一人いた。で、僕たちを360度取り囲むように大勢の観客がいたんだ。
僕は頭の中でアイディアを練っていた学校同士の抗争モノを、原稿用紙に書きつけていた。用紙が文字で埋まるたびに僕はそれを周りにポイポイと投げていく。どんどん続きを書かなきゃいけないからね、見直しとか推敲は全然できないんだ。とにかくフルマラソンを走り続けるみたいに、休みなしに書かなきゃいけない。ルール? ルールの案内は特になかったんだけどね。どうやらそういう空気? みたいな感じだったからさ。
で、書き終えた原稿はというと、僕の足元にしばらく落ちたままだったんだけどね。それがしばらくすると足元からふわふわ空中に舞い上がっていくんだよ。
で、その後どうなったと思う? その浮かび上がった原稿用紙たち。
空中でキラッと輝いたかと思うと、立体の文字になって相手の周囲にドカンドカン音を立てて降り注ぐんだよ。つまり、書いた文字たちが実体化して、しかも質量を伴って相手に襲い掛かっていくんだよね。僕が念じたわけでも、指示を出したわけでもないんだけど。
だからねえ、僕が書いた文章たちがまとまった量で相手にどすんどすん落ちていく光景にはびっくりしつつも、でもやっぱり僕のことだから書く手は止まらなかったんだよねえ。
相手はというと、なんだよこの文字数!! 勝てるわけねえだろ!! みたいなこと叫びながらも、必死に机にしがみついて書いてるんだよね。相手も実はしぶとい。
文字で相手を殴るようなこんなバトルを、観客の人たちはやんややんや騒いだり囃し立てたりしながら観てるんだよ。いいぞやっちまえ!! とか。この調子であいつ倒しちゃえ!! とかね。みんな好き放題叫ぶわけ。
書いてるこっちの身にもなってくれよ、とはちょっと思ったね。
相手も頑張って文字数を稼いでくるから、もちろん僕の方にも文字は降ってきたよ。でも全体的に小粒というか、なんかマシュマロみたいに柔らかくて、実際ぶつかっても僕はノーダメージだったんだけどね。
で、僕が見せ場の抗争シーンのパートをあらたか書き終えて原稿用紙を何枚か適当に放ると、それがまた文字化して相手に攻撃を仕掛けていくわけ。なぜだかその時は、文字が鋭角的なフォントになって、刺々しい感じになってたんだよねえ。物語の内容にも影響を受けるのかな。やたら攻撃力が強い文字になって、次から次へと相手に降り注いでいったねえ。
しばらくして相手から、もう無理!! 俺の負けです!! っていう辛そうな叫び声がして、ゴングが鳴った。
僕はどうやらその勝負に勝ったらしいよ。観客たちは拍手喝采。で、そこでキリよく目が覚めちゃった。

「な、なんか凄まじい夢だったんですね……」
私がややヒき気味で言うと、タカハシ先輩はこう言った。
「いやねえ、刺激的な夢だったよほんと。でも夢を見ながら自然と体力を使っていたのか、起きた直後の寝汗がひどかったね。だから朝風呂入っちゃった」
「そこまですごかったとは」
あはは、とサイトウ先輩は短く笑った。
またもレアリティの高い光景に出くわす私だった。
「書くことに取り憑かれた僕だからこそ見る夢って感じだよねえ、なんだか」
「サイトウ先輩らしい、と言っていいのかわからないですけどね……」
「でも夢の中でも書いてるって、どんだけなんだよ、とは少し思うよ」
サイトウ先輩は言いながら、カバンの中から取り出した原稿用紙の束をどさりと机の上に置いた。

放課後文豪クラブ、改めて今日の活動を開始します。

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