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vol.9 シン・優しさ

2019年7月28日。

僕は日本を離れ、イギリスはマンチェスター空港に降り立った。現地は雨。移動中ずっとリュックサックの奥に追いやられていた厚手の上着が、ようやく外の空気に触れた。こんな天気が一年の大半を占めることをまだ知らない僕は、湿った道をバス乗り場へと向かった。

乗り場に着き、運転手さんに大学までの運賃を聞くと、

「Five Fifty」

と言われた。……ん?ファイブフィフティ?5と50?550ポンド?僕は戸惑いつつも、日本で両替してきたポンド紙幣を取り出し、550ポンドを数え始めた。すると運転手さんが笑い出して、

「違う違う5.50ポンドだよ、降りるときに支払って」

と教えてくれた。現地では金額を伝えるときに、小数点前後の数字を続けて言い、簡略化する文化がある。それを知らなかった僕は、危うく留学初日に約77,000円(当時のレート換算)を手放しかけたのだった。いま振り返っても、なぜ異常に気づけなかったのだろうと不思議になる。

世界中から学生が集まる夏休み、大荷物を抱えた若いアジア人、日常的な表現も分からない不慣れさ。僕は、誰が見ても「異国の地にとまどうアジア人留学生」とわかる要素を兼ね備えてしまった。車内でも気が気でなく、本当に大学に着くのか疑心暗鬼になっていた。さらに悪いことに、現地でSIMカードを契約していなかった携帯は、マップが見られない。バスが乗り場に止まる度、曇ったガラスをこすって駅名を確かめた。

20分ほどは乗っていただろうか。ある乗り場に止まると運転手さんが振り返って、大学に着いたことを教えてくれた。例に漏れず外の景色に目をこらしていた僕は慌てて荷物を携え、次はスムーズに支払ってやると忍ばせていた5.50ポンドを取り出した。すると次の瞬間、運転手さんが一言。

「いや、払わなくて良いよ。留学生なんだろ?マンチェスターへようこそ。」

入国してから出会う人や物、全てに過度な注意が向き、緊張の糸が張り続けていた僕は、突然注がれた優しさに拍子抜けした。一応日本人らしく食い下がってはみたものの軽くあしらわれ、ペコペコしながらバスを見送ることになった。こうして、僕の10ヶ月に及ぶ留学生活は始まったのだった。



それから約2ヶ月後の9月中旬。いつもの天気が嘘のように晴れ渡った初秋に、僕はまたバス乗り場にいた。場所は、マンチェスターから北へ1時間半ほどの場所にあるウィンダミア湖。ピーター・ラビットの舞台としても知られる湖水地への日帰り旅行を満喫し、僕は帰路についていた。

しかしここでも、バスをめぐってトラブルが起きる。道のりを調べ、目的地を運転手さんに伝える。すると運転手さんが一言。

「そんなバス停はない。」

……あぁ、発音の問題ね、よくあるよくある、ゆっくりもう一度、今度は画面を見せながら伝える。期待した返答はなかった。

……ん?ない?どういうこと?だってGoogle Mapに書いてるんだもん。見てよこれ。天下のGoogleだよ?地球上の情報を牛耳っているGoogle大先生だよ?

万国共通と思われていた権威が通用せずあたふたし始めた僕に、後ろから声がかかった。

「あぁ、そこか、連れて行ってあげるよ。」

振り返ると細身で背の高いおじさんが立っていた。見上げると、彼はキョロキョロと周りを見渡しながら僕を車内へと誘った。

幼い頃から「知らない人について行ってはいけない」という教訓をたたき込まれてきた僕だったが、この場合は例外だ。他に頼る物がない。わらにもすがる思いで彼について行くことにした。

目的地までの車内は実に異様な雰囲気だった。初めて訪れた田舎の湖水地方からの帰り道、隣には知らないおじさん。特に会話をするでもなく、ただただ外の景色を眺めていた。おじさんとは目も合わない。根がネガティブな僕の脳内では、このまま知らないところへ連れて行かれて一生強制労働させられる未来もかすめた。そんな想像をかき消すようにバスのドアが開く音がして、おじさんが席を立つ。導かれるがままに降車すると、この不思議な道中の種明かしが始まった。

彼が言うには、マップに載っている駅名の他に、現地特有の呼称が存在することがあるらしい。後者の方が浸透している場合、僕が遭遇したような現象が起きることもあるのだとか。おじさんは現地の方だが、同時に「正式名称」も知っていたので僕を案内できたらしい。外国人にとってはなんとも困った風習だが、後の留学生活でもこの現象を何度も経験することになる。

……と、ここまでおじさんと会話して初めて気がついた。彼は片目が盲目だったのだ。だから、ずっと目が合っていない気がしていたのか。驚きと同時に、ハンディキャップを背負いながらも救いの手を差し伸べてくれたことへの感謝がこみ上げてきた。僕たちはハグをして、それぞれの家路へとついた。彼との唐突な出会いは、日帰り旅行の思い出を全て塗り替えて、堂々と輝くハイライトになったのだった。



あれから3年が経つが、未だにこの2つの出来事はよく思い出す。そして毎回痛感する。

これ、なかなかできないタイプの優しさだ。

二人が僕に注いでくれた優しさは様々な「縛り」を超えて成り立っている。運賃をタダにしてくれた運転手さんは「乗客は料金を支払う」というルールを取っ払って、帰り道を共にしてくれたおじさんは、盲目というハンディキャップをなき物にして、見ず知らずの僕に情けをかけてくれた。

彼らと立場が逆転したとき、同じことが出来るか自信が無い。「縛り」という壁の前に屈してそちらを優先させてしまうことは、容易に想像できる。

本当の「優しさ」についてよく考えるようになった。きっと、ルールやハンディキャップといった「縛り」を超えて、何かできれば、という思いが自然に表れることなんだろうな。心の内に芽生えた人情をそのまま行動に移すだけで、誰かが救われるほどに人間関係はシンプルだけど、それを邪魔してくるモノがいて、時に負けてしまうから、僕はまだまだだなと思う。




昔、小説で「片目の魚」という伝説を呼んだことがある。古来日本では、神に仕える者の片目をつぶして、他の者と見分けがつくようにしていたらしく、その名残で片方の目がない魚を食べると神聖な力が宿る、という内容だった。僕には、あのとき湖水地方から導いてくれたおじさんが、神様から送られてきた使者だと思えてならない。


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