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"住み継ぐ"という意思が、改修空間に形を持って現れるーー山縣武史建築設計による「高井戸の家」

こんにちは。
アーキテクチャーフォトの後藤です。

先日内覧会にて、山縣武史建築設計による「高井戸の家」を見学させていただいたのでその感想を書いてみたいと思います。

内覧会の案内には下記のような文章が添えられていました。

この度、東京杉並に住宅が完成致しました。築60年の木造住宅を耐震改修した、屋根付きのテラスをもつ住まいです。
玄関や浴室に設けた“風窓”を開けると、家全体が半屋外の空間に変わります。ぜひ気候の良いこの機会にご覧下さい。

様々な場面でも目にする機会が増えた「リノベーション」を行った木造住宅です。

今までにも多くのリノベーション住宅を見てきましたが、今回実際に訪問すると、この住宅だからこそのストーリーとアプローチが取られていることがわかり非常に興味深い経験となりました。

建物をご紹介しつつ、書いていきたいと思います。

(道路に面した外観)

(エントランスのアプローチ)

建築に携わる人たちなら共感してもらえると思うのですが、その住宅が建てられた年代によって、やはり流行りというものが存在し、多くの住宅で使われ時代の共通言語と言ってよいデザインが存在します。

私は耐震改修や診断等でこの年代に建てられた住宅を数多く見てきましたので、このアプローチを見たときに、建てられた時代の雰囲気をすぐに感じることができましました(雰囲気は感じることができますが、"そのまま"ではなく、改修部分とも調和していると感じさせるところに設計者の力量を感じます)。

と同時に、設計者は何故、自身のデザインの見せ場にもなるであろう、エントランス周りにオリジナルのデザイン(恐らく著名な建築家が設計したものではない)をこれほどまでに活かすのかという、その背景にある考えが気になりました。

(玄関から第一室への入り口に設けられたガラス壁を部屋の内部より見かえす)

室内に入っても、新しく仕上げられた部分の中に、さりげなく、既存の住宅に使われていたであろう部分が活かされていることに気がつきます。

ダイニングに使用されている照明や木製サッシの深緑色の塗装も既存住宅で使用されていたものであることを想像させます。

(建物の中央に設けられた半外部的空間、木製建具に白いメッシュが張られている。)

空間構成についても少し触れたいと思います。
建物の中央部分に、半外部的空間が存在しています(玄関と接続する第一室と、建物奥にある、リビングダイニングキッチン水回りの機能が収められた第二室の間に、この空間が挟まれています)。

風が通り抜け、日差しを遮ってくれる非常に居心地の良い空間になっていました。自身の敷地に面する南側は解放できる建具とし、木枠の幅も広めに設定されています。

逆方向北側の隣地に面する面は、建具と同様のデザインとしながらも、格子の密度を上げることでプライバシーへの配慮がなされています。

(第二室から、半外部的空間・第一室を見返す)

床材は、「室内」と「半屋外的空間」で色味が近いものを選びつつも、貼る向きが変えられたり、異なる樹種が選ばれていることで、内外が連続して感じられつつ、異なる空間であることも意識される絶妙なバランス感覚で設計されています。

(既存の梁もデザインの一部として表しになっています。)

建物を一周見て回った後に、設計者の山縣さんにお話を伺う事ができました。

お話を伺うことで、このデザインに至るストーリーや背景に非常に共感し、その設計におけるアプローチや選択に非常に共感することができました。

この住宅は、実は山縣さんの伯母様がもともと住まわれていたのだそうです。そして山縣さんは子どものころから、既存の住宅に遊びに行っていたこと、そして伯母様が大学で音楽を教えていらっしゃり、その関係でこの家が色々な生徒さん達も出入りする、半ばパブリックな使われ方もされていたということでした。

伯母様が亡くなられた際にも、山縣さんは、その生徒さん達から、思い出の場所となったこの住宅が変わらず、ここにあって欲しいという声を聞いたのだそうです。

そして、その住宅を設計者である山縣さんが「住み継ぐ」ことになり今回改修が行われることになったということも伺ったのです。

このエピソードを伺ったときに、今回の山縣さんの試みが理解できたような気がしました。
この住宅は、古い住宅を購入し、改修して住むというリノベーションとは前提から異なっていたのです。

(古いガラスブロックも残されている)

そのようなリノベーションでは、古い木材の柱を、ある種デザインの一要素として扱い新設部分と対比させることで両者の違いを強調する、といったグラフィカルな操作が頻繁に行われますが、
今回の山縣さんの作品のように積極的に既存住宅のプロダクトや素材を残し活かしていく、というアプローチをとることは珍しいと思います。

その住宅を"空間"としてのみ見て、そこにある素材に愛着がないとすれば、既存部分を積極的に残す理由は少ないでしょう。

しかし、今回の既存住宅はそうではなかった。
山縣さんをはじめ、この住宅に関わった人たちの思い出が、色々な場所・プロダクト・素材に宿った住宅だったのです。

そのような前提条件に直面した時に建築家の取るべきアプローチが、特別なものになったことも理解ができましたし、この住宅の全ての設計における選択が、訪問した私にとっても非常に説得力があり、また愛らしいものとして感じられたのです。

そして、既存のものを活かしつつ、新しく求められる状況に違和感なく適合させるという山縣さんの設計手腕にも非常に感心させられました。

例えば、テーマカラーである深緑は、既存の住宅の木製サッシに使われていた色であり、それをレファランスして半外部的空間の新設木製建具も設計したそうです。オリジナルをオリジナルのまま使いつつ馴染ませる、調和させる、ということは非常に難しい試みであったことが予想されました。

(外部より半外部的空間をみる)

今回強く気づかされたのは、空間を刷新するリノベーションと、"住み継ぐ"という物語を伴ったリノベーションでは、そこで行うべき行動が全く変わるのではないかということです。
関係のない人間が見たら価値がないものでも、その関係者から見れば「宝もの」であるということはありえます。

そのような状況におかれた時の設計者としての解答の出し方のひとつを山縣さんに教えてもらったような気がしました。

山縣さんは、新しくなったこの住宅を「伯母の生徒さんにもお披露目したい」と語っておられました。
それも「住み継ぐ」ということがデザインにおいても最適な形で表現できたからこそ発せられた言葉だろうなとも感じました。

(半外部的空間から、第一室と玄関を見る)

「リノベーション」とひとくくりにすることは簡単ですが、固有の状況や拝見を見ていくと、それぞれがストーリーを持っています。そして、それがデザインとして目に見える形で表現され、その背景にある思想や考えと合致した時、凄い説得力が生まれるのだなと実感しました。

山縣さん、貴重な機会をありがとうございました。


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