両極端の価値観を内包し新しい建築展の可能性を提示するーー中山英之による、TOTO・ギャラリー間での建築展「, and then」
中山英之さんの、TOTO・ギャラリー間での建築展「, and then」に行ってきましたのでレポートしたいと思います。
中山英之さんは、伊東豊雄建築設計事務所出身の建築家で、現在東京藝術大学准教授を務めておられます。実現した建物の数はそれほど多くはありませんが、そのひとつひとつに新しい試み、思想が込められており、建築家の世界の誰もがその活動に注目している、現在最も注目すべき日本人建築家の一人と言っていいと思います。
そんな中山さんの個展が、ギャラリー間で始まりました。ギャラリー間はTOTOが運営を手掛ける建築専門のギャラリーで、東京・乃木坂にあります。世界中から注目すべき建築家をピックアップし展覧会を開催していることで業界内では知られており、ここで個展が開かれるという事が建築家の名誉であるとも言って良い場所であります。
そんな中山さんの、ギャラリー間での個展をここでは紹介していきます。
まず最初に書いておきたいのは、この展覧会のメインとなる展示物は、実際に中山さんが設計し使われている建築たちの様子を5人の監督が撮影した映像だという事です。ただ、写真とテキストというメディアで展覧会を伝えるという事の限界もあり、下のフロアに展示している模型中心になってしまっていることをご容赦ください。
会場にいるときには、中山さんの柔らかなタッチの筆跡やドローイングに目を取られていたせいか、この展覧会の本当の凄さがまだ認識していなかったのですが、写真を整理し、PCに向かって、この展示が何なのかを考えていくと、この展示は恐ろしいほどよく考えられていて、本当に様々な視点からの欲求や要望に応えた建築展なのだなと思わされています。
まず会場であるギャラリー間。この場所に行ったことのある方はわかると思いますが、展示スペースが2層に分かれていて、外部階段等で行き来する構成となっています。以前、トラフの鈴野さんにお会いした際に、ギャラリー間でのトラフ展のお話もさせてもらったのですが、鈴野さんは、まず下階での展示を見て、上階での展示を見る。そしてまた下階に戻ってくる。という導線を展示とどのようにリンクさせるかを熟慮したと言っていました。
つまり導線上の切断と、再び同じものを見る。という経験が求められる空間をどう使うか、という事がギャラリー間での展示をする際に最初に思考すべき問題なのだと感じました。
この点において、中山さんは、今回クレバーな回答をしています。下層部分においては、上階で上映される映像作品の主題となった建築作品の模型やドローイング、プロセスを展示しているのです。(中山さんのコンセプト分によれば下の展示は「小さな映画館の為のロビー」との事。※上階の展示は映画館と見立てられています。)
展示内容を下階と上階でまったく切り替えてしまうこと、下階を建築模型等の説明要素で満たし、上階では、その建築を映像化した作品を配置する。こうすることで、下である程度の予備知識を得た訪問者が、映像作品を見る際には、スッと動画に没入できるのだなと。そして映像を見終わった訪問者は下で改めて、映像内で興味を持った部分を模型等で確認することができる。
展示内容と、与件である空間が非常にフィットしていると感じました。
写真を整理していて、建築展において求められるものは何だろう。とふと考えます。
多くの人が指摘していますが、建築展において、実際の作品である「建築物」は展示することができません。ここが建築展を構想する際の出発点になります。(ある一つの方法として、原寸大のインスタレーション空間を作るという方法もありますよね)
しかし、もし実際の建築物を持ってこれたとしても、それが本当にそれで良いのかという疑問もわいてきます。建築作品にとって重要なのは「その空間なのか」それとも、「そこで実際に行われている生活なのではないか(使われていない空の建物は建築なのか)」。
また建築の世界ではこのような議論があります。建築にとって重要なのは「建物完成時なのか」、「建物が使われている状態なのか」。弊サイトももれなくですが、建築メディアでは、竣工時の写真を作品として掲載します。そして、使用された後の状態はほぼ報じられることはありません。住宅ならなおさらです。
そして、実際に訪問する人たち(建築関係者や一般の人たち)、を満足させられる展示とは何なのか。建築の設計者でしたら、模型の作り方や思考のプロセスを深く見たいと思うでしょう。しかし、あまりに専門的な情報は、一般の訪問者に理解できないものになってしまう。
このように、建築展を作るという事に対し、相反する色々な考え方が存在していると思います。そして、一般的には、ターゲットを明確にして、そのどちらかに振り切ってしまう事によって、ある仮想の対象者にとっての分かりやすいものをつくるのが定石だと思います。
しかし、ぼくがこの中山展で感じたのは、そのような振り切ったアプローチではなく、その相反する両方の考え方を一つの展覧会の中に内包してしまおうという、かなり難しいアプローチにトライしているのではという事でした。そして実際にこの展示を経験してみると、その試みは成功しているように見えます。
下階部分で展開されているのは、オーソドックスな建築展の延長線上に展開されていると言えます。それは模型や図面を見ることによって、専門家の知識欲を満たしてくれると言えます。
上階での映像は、ぼくが見た限り、一般的な建築展で使用されるような映像を越えたような表現が多々見られました。これは、建築の空間の様子や、竣工後の生活の様子を、専門家の枠組みを越えて、誰にとっても分かりやすく伝えようとする意欲的な試みに感じられます。
ぼくが印象に残ったのは、2013年竣工の「家と道」という作品を、坂口セインさんが監督した映像作品でした。定点観測で生活の様子が切り取られている部分は、建築を映像化する手段としては一般的だと感じましたが、そこにコミカルな音楽が重なることで、日常の何気ない振る舞いが、ストーリーのない演劇を見ているような感覚を生み出していて、いつまでもその映像に見入ってしまいたくなる気分でした。
それは、建築メディアの竣工写真にはない、いきいきとした建築の姿を捉えており、模型や図面による、時間軸のない空間としての建築とはことなる、使われている生きられた建築の姿を映し出していて、建築を伝えるという事の可能性や表現を拡張しようとする中山さんの試みが感じられました。
(上階の映画館の様子)
訪問者に映像作品を見せるという事の難しさは、アートの世界で映像作品が急増した90年代後半にドキュメンタ11を訪問した際にぼくが強く感じたことでした。
ただ、映像を上映するだけでは、足を止めてもらうという事は難しいのです。映像は見る人がその作品の時間に合わせなければ体験できないメディアだからです。
ぼくがそのドキュメンタ11での大量の映像作品を見た時に気づいた、映像作品を見てもらうためにすべきことは2つでした。予め訪問者にその心持を持ってみてもらう仕組みを構築すること、もうひとつは映像を限りなくストーリ性の排除し、どこからでも見始めることができるように構成することです。
そういう視点で見ても、今回の展覧会は凄く良く考えられていると感じます。事前情報としてシネマを打ち出していることで、訪問者には映像を見る心構えができていますし、上映会場を本物の映画館であるかのようにデザインする事によって、訪問者が映像作品に向き合いやすいような環境が構築されています。凄い。
中山さんのことを初めて知ったのは、大学時代の恩師、岡田栄造先生に、凄い面白い友人がいるんだよ。とまだ伊東豊雄事務所に勤務していて、現場のある松本に在住されていた中山さんの個人サイトを見せてもらった時でした。
BBSに投稿されている、中山さんの手書きのかわいらしいスケッチと、そのスケッチでスタディされている空間の仕組みを紐解こうとするアイデアに目を見張ったことを覚えています。
その後の中山さんの活躍は皆さんもご存じのとおりですが、今回改めて中山さんの作品を拝見して、そのかわいらしいスケッチと実際に立ち上がる空間が持つ革新性のギャップが、中山さんの思想を表現しているのかなと思いました。
”かわいらしさ”という言語化の必要のない同世代の誰もが感覚で共有可能な表現と、建築の世界の深い部分にある文脈を明確に意識し建築を作っていく姿勢。非論理と論理という、ある種、両極端ともいえる価値観が中山さんという一人の中に同居している。そして、その両極端の価値観を知っている・体現しているからこそ、俯瞰できているからこそ、実現した建築展と建築なのだなと思いました。
ゆっくり時間をとって、もう一回、シネ間に映画を見に行きたいと思っています。
■展覧会情報
展覧会名:中山英之展 , and then
会期:2019年5月23日(木)~8月4日(日)
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜・祝日
入場料:無料
会場:TOTOギャラリー・間
〒107-0062 東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
東京メトロ千代田線乃木坂駅3番出口徒歩1分
TEL=03-3402-1010 URL=https://jp.toto.com/gallerma
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