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現実という名の光について~2024.7.3『上谷沙弥vs世羅りさ』~


はじめに

悪意が娑婆を乱れ飛んでる
世界なんか塗り替えてしまえ

ありふれた未来がまた
忘れるだけの 忘れるための
それは違う
何も要らない
何も無くても 意味が無くても
特別なきみの声が
聞こえるのさ 届いたのさ
きみの味方なら
ここで待ってるよ

GRAPEVINE『すべてのありふれた光』より

2024.7.3、新宿歌舞伎町。

2024年も下半期に突入したばかりという夜の繁華街を歩きながら、数十分程前に見た試合の熱と余韻に浸っていた。


帰宅してすぐにノートパソコンを立ち上げて、ミラーレスカメラからSDカードを取り出してPCに差し込み、Spotifyで好きな音楽を聴きながら会場の客席から撮影した写真データをハードディスクに移していた最中、ランダム再生していたプレイリストから上記の曲が流れてきた。


私はnoteを書く時は、撮影した写真、自分の感想、最近自分の身に起きた出来事、ハマっている事などを複数絡めて書くようにしているのだが、今回書いた記事は音楽の存在が大きな取っ掛かりになった。

「自分の好きな曲だから」と、書こうとしている題材に無理くり(ステルスマーケティング的に)絡める手法は正直良いものとは言えないんだろうけど、この曲を聴いた時、勝手ながら今の上谷とリンクする部分を私は感じてしまった。

ーー特に「すべてのありふれた光」は、アルバムの大きなポイントだと思います。曲の終盤、〈ありふれた未来がまた/忘れるだけの 忘れるための〉の後、〈それは違う〉という強い言葉によって曲の印象が一気に変わりますが、この言葉を使ったのはどうしてですか?

田中:特別な理由があったわけではないんですけど……。〈それは違う〉の前は、今までの僕のやり方だと思うんですよ。そこで〈それは違う〉を挟むのはそこそこ勇気が要りましたけど、そのまま終わらせてはいけない気がして。決してハッピーエンドではないですけど、せめて“扉が開いたかも”“光に触れたかも”というところまでいかないとダメな気がしたというか。

“にやり”とできるところ、居心地の悪さを入れたい - Real Sound|リアルサウンド


私自身、プロレス観戦を通じて素晴らしい試合に出逢う機会は、今までにも何度となくあった。
でも、この日のメインで感じられた、【悪意を払底しようとする、ポジティブなプロレスファンによる連帯感】は中々見られないような気がしている。

もしかしたら上谷にとって、苦難の中で扉を開き、光に触れた瞬間だったのかもしれない試合…。



話は、3日前の2024.6.30に遡る。


スターダムで行われたサイン会で、ファンから誹謗中傷の被害を受けたと告白したのである。

翌日、上谷本人からInstagramのライブ内で意を決して語られた"心無い言葉"の詳細は、周囲の想像を絶するものだった。

 サイン会で、10枚のポートレートを購入してくれたファンを対応していた。上谷が1枚ずつサインしていると、そのファンは上谷の人格攻撃するような言葉を放ち続けていたようだ。

 上谷も最初は冗談と思い「そんな事いわないでよ~」とかわすような言葉で対応していたが、そのファンは人格攻撃する言葉を止めることはなかった。

 あまりの誹謗中傷の言葉に傷付いた上谷は「泣きそう…」とそのファンに吐露したという。するとそのファンは「泣かすためにきた」とまさかの一言。上谷は「その時、悲しみとショックと同時に、凄く恐怖心を感じた」と回顧しながら、生配信中に涙を流す場面もあった。


スターダムの主催する上記のサイン会イベントは大会とは分ける形で開催されているが、入場チケットの料金だけで1万円を超えるし、ポートレートの料金だって、1枚あたりの料金は決して安くはない。

料金設定を高くしていることで、アンチが足を運ぶ敷居も高くなっていると思われたスターダムのイベントに、安くないポートレートと入場料を引き換えに罵声を浴びせる者が現れた事実は衝撃的で、各団体の物販や安全性を脅かす卑劣極まりない事案だ。
(サイン会がチケット制でなくても論外な行為)



でも、この話題を見かけた時に「上谷の試合を現地で観たい」と強く思う私がいた。

恐らく、大会チケットを1枚購入して現地まで選手を応援しに行く事よりも、ポートレート10枚の方が出ている金の方が間違いなく多いし利益も生んでいる事だろう。
でも、ポートレート10枚買って罵声を浴びせるより、チケット1枚買って声援を浴びせる事の方が、私にとっては非常に意義のある行為じゃないかと思ったのだ。


あとは、今の上谷が置かれている境遇と行方が個人的に気になっていたというのもある。

2024.6.22に行われたスターダム国立代々木競技場第2体育館大会。
同団体の老舗ユニットである『大江戸隊』と『Queen's Quest』が、【最終敗者以外の4選手がユニット強制脱退】という過酷な5vs5のイリミネーションマッチに臨んだ。

この重要な一戦に『Queen's Quest』のリーダーとしてユニットを背負って出た上谷だったが、彼女が最終敗者となった結果、上谷を除いたユニットメンバー4人全員が強制脱退という結末に…。


自身の敗戦によって上谷1人となった『Queen's Quest』。ある意味では、ユニット解散よりも非情かつ残酷な結末かもしれない。


しかも、今年3月のスターダム退団まで『Queen's Quest』のリーダーを務めていた林下詩美からも、事実上のユニット解散と見做されてしまう状況に…。

くしくも両国で対戦するイヨはQQを立ち上げた元祖リーダーだ。詩美は「今回のイヨさんとの対戦は元リーダー対決なんて言われてるんですが、こういうことになりましたし、それはもう気にしないでもいいのかなって。林下詩美個人としてイヨさんにぶつかる。より一層燃えてます」と語気を強めながらも、再び物思いにふけっていた。



しかし、時は悲劇の彼女を待ってはくれない。
初参戦を果たしたプロレスリングWAVEのシングルリーグ戦・『CATCH THE WAVE』の最終公式戦が、この悲劇の翌日(6.23)に組まれていたからだ。

最終公式戦の対戦相手は、世羅りさ。
3試合あるリーグ公式戦で2戦2勝を挙げ、この試合で引き分け以上なら決勝トーナメント進出と優位に立つ上谷に対し、1勝1敗と勝利が絶対条件だった世羅。
かくして、この一戦を制したのは世羅であった。


翌週の6.29スターダム後楽園大会では、ユニットメンバー強制脱退をかけて対峙した『大江戸隊』メンバーであるフキゲンです★を相手にハイスピード王座を果たしたものの、その翌日の新宿住友ホール大会後に行われたサイン会で、例の事件が起きた…。


こういう経緯もあったからこそ、私は現地に行って上谷に精一杯ポジティブな声援を浴びせたくなった。この気持ちだけは間違いない。

良い選手だとは思っていても、(男女や団体に限らず)ここまで強烈に自分の心と意思を突き動かされたのも久々だったような気がする。


現地に足を運ぼうと、直近でスターダムの大会が無いか調べていたタイミングで、7.3にプロレスリングWAVE新宿FACE大会がある事を知った。

そこで組まれていたカードの一つが、『上谷沙弥vs世羅りさ』。
なんと、『CATCH THE WAVE』のブロック1位決定戦として、東京でダイレクトリマッチが見れるではないか。


この翌日に行われるスターダム後楽園ホール大会と迷った末に、私は直感で『上谷vs世羅』を観に行く事に決めた。

サイン会事件後初となる試合で、かつ他団体参戦というシチュエーション。
「他の女子団体にスターダムのトップ選手が上がった時、一体どんな化学反応が起きるのか?」というの圧倒的興味・関心も含めて…。


『上谷沙弥vs世羅りさ』

メインイベントで実現した、上谷と世羅の再戦。

先に入場した上谷に対して、会場全体から一際大きな声援が飛んだ時、私は素晴らしいと思ったと同時に、少し意外な反応にも感じてしまった。
その訳は、WAVEとスターダムの関係性にある。


2024年1月にスターダム創業者のロッシー小川が契約解除という形で団体を去って以降、スターダムは今まで絡みの無かった女子団体とも積極的に交流し始めるようになった。

ただ、今までのスターダムとWAVEの関係性は、傍から見ていても決して芳しいものとは言い難い空気が流れていた。
それは、ロッシー小川という存在がWAVEにとって大きな障壁になっていた事が大きいのかもしれないけれど。


リーグ戦を主催しているプロレスリングWAVEとスターダムが急接近を果たしたのは、今年の春先頃の事だった。
ただ、今のスターダムが交流の絶えている他の女子団体(※WAVEとは別団体)と絡んだ際、そこの団体のファンから「スターダムは見に行かない」なんて意見を見かけることもあった。決して現体制や選手のせいではないのに、スターダムに対する強烈な拒否反応を隠さない層は実在する。

だからこそ、スターダムから参戦する上谷に観客が入場時から浴びせ続けた声援と拍手の大きさには、優しさと温かさが伝わってきた。
スターダムのファンでも、他団体のファンでも、今の上谷を後押ししようというポジティブな空気。


上谷に対してポジティブな歓待ムードに溢れる場内だったが、決勝トーナメント進出が決まる重要な一戦で、上谷は開始のゴングを待たずして世羅を急襲する。


その後、2人が場外乱闘に行く流れで、北側ひな壇席にいた男性客が「(ステージ側通路まで場外乱闘に)来いよ!来いよ!」とヒートアップし始めるも、2人はリングへ戻っていく。
リングに2人が戻ったタイミングで、この男性客が恫喝に近い口調でヤジにを発した際、女性客が男性を一喝した。

「うるせえんだよ!!」

注意された男性が、試合中にもお構いなしで女性客に逆ギレし始めた事で、場内は騒然とした空気に包まれる。


冷えそうになる会場の空気が嫌で、私は自然と上谷の名前を大声で叫ぶ。
会場中も、上谷に声援を飛ばすことで、次第と不穏な空気は消え去っていった。
(この間、桜花由美と宮崎有妃が男性客の前に座って睨みを利かせた事も大きかった…。感謝。)


その後は、【攻め立てる世羅、受けて立ち上がる上谷】という展開が続いていく。
世羅が試合途中から外敵に近い立場を取った事で、客席から上谷に向けて叫ばれる声援は、より強まっていった。


スターダムからの他団体参戦は参戦先のファンや選手から"外敵"として受け止められそうなものだけど、上谷の場合は不思議なもので、逆境に立ち向かうヒーローの如くスポットが当たる。
この一戦で世羅が取った"外敵"としてのスタンスと、上谷のヒーロー性の対比は非常に象徴的だった。


終盤、世羅が上谷の抵抗を振り切って雪崩式の羅紗鋏を敢行。
続けざまにダイビングダブルニードロップを投下するも、上谷が間一髪でこれを回避する。


15分1本勝負だった公式戦と異なり、時間無制限で展開されていくブロック1位決定戦のスリル。


試合終盤、上谷に流れが来た。

強烈なフロントキックが世羅にヒットすると、最後はスタークラッシャーで世羅を仕留めて3カウント。
上谷が公式戦で敗れた世羅に雪辱を果たし、『CATCH THE WAVE』決勝トーナメント通過を決めたのである。


レフェリーからの勝ち名乗りを受ける上谷の表情には、自信と力強さが戻っていた。


たった1人になった『Queen's Quest』、前リーダーから『Queen's Quest』が終わったように扱われる屈辱、サイン会で男性から向けられた憎悪、重要な一戦の最中で試合を壊す客の出現…。

どんな不意な悪意と悲劇が彼女を襲おうとも、凛とした姿で観客の目の前に立つ上谷沙弥の姿を見て、私はカッコ良さに痺れてしまったのである。


そして、その上谷を最大限受け止めた存在が世羅りさだった事も特筆すべき点だろう。上谷にとって1人『Queen's Quest』となってから初の試合も、サイン会騒動後初の試合も世羅が受け止める側に回った事で、試合を通じた強固な共感が生み出されている。

苦境に立たされた今の上谷だからこそ、その相手は世羅しか考えられなかったという、試合の持つ絶対的説得力。
これは、上谷のWAVE参戦で実現した世界線だったと思う。


そういう2人のカッコいい姿が生で観れた事に、私は深く感動した…。


まとめ

田中和将「聴いた人を幸せにしたいわけでもなければ、勇気づけたいわけでもない。重要なのは、音楽を聴いた全ての人が直面するであろう、あるいはしているであろう、現実という名の『光』なのだ」

GRAPEVINE『ALL THE LIGHT』リリース時コメント


これは、記事冒頭で紹介した楽曲が収録されているGRAPEVINEのアルバムがリリースされた際に、ボーカルが残したコメントである。
【音楽を聴く】という箇所は、他の行為に置換しても通じる話だと私は思う。


個人的に、今回の『上谷沙弥vs世羅りさ』は、試合をしている選手側から「誰かを幸せにしよう」とか「見た人を勇気づける」といったメッセージ性や意図を強く打ち出した試合では無かったように思う。
あったのは、「絶対に負けられない」という己の意地とプライドのみ。


そういう意図的な描写が無かったからこそ、一連の出来事を通じて悪意や悲劇に直面している上谷の試合を見た観客達が、困難を超えて立ち上がろうとする上谷の姿に応援の気持ちを重ねながら、現実という名の『光』を見たのではないだろうか?


2016年11月から続く『Queen's Quest』は、2024年6月に上谷沙弥1人のユニットになった。
普通ならば、歴史あるユニットでも主要メンバーを欠いた時点で体を成さなくなり、いずれ消滅していく運命にある。

それでも、『Queen's Quest』の看板を1人で背負い続けながら他団体参戦をキッカケに仲間を増やす可能性を示唆した事で、プロレス界ではあまり見慣れないパターンで発展していくユニットが生まれそうなワクワク感もある。


この日のリングイン時にスターダム内で対角に立っているユニット『God's Eye』から八神蘭奈と壮麗亜美がロープ上げを手伝った光景も、世羅との一戦で心を通わせた光景も、試合後に行われた決勝トーナメントの組み合わせ決めの時に青木いつ希と笑顔でやり取りした光景も、『CATCH THE WAVE』参戦を通じて他の選手からエールを受けた光景も、今の上谷が決してひとりぼっちではない事を証明していた。



今回の一連の出来事を通じて、上谷沙弥の存在から目を離せなくなった私がいる。
個人的に、今の女子選手で明確にファンだと言える存在の1人になりそうな予感…。

好きです、上谷沙弥。

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