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そこのけ そこのけ 未来が通る~2024.7.13『清宮海斗vsYOICHI』~


はじめに

2024.7.13、プロレスリング・ノア日本武道館大会。

大会終了後に起こった拍手と、会場を後にする観客達の良い表情が、この大会の素晴らしさを物語っていた。


中でも、大会の最後を飾った『清宮海斗vsYOICHI』によるGHCヘビー級王座戦は、プロレスリング・ノアの歴史に新たな1ページを刻む素晴らしい試合になった。


NOAH生え抜きの新世代同士による一戦で示されたのは、NOAHの未来だけではなかったと私は思う。

清宮とYOICHIが上げてきた地力。

2021年2月の日本武道館帰還以降、プロレスリング・ノアが少なからず賛否を巻き起こしてきたGHCヘビー級王座戦に対する扱い。

メインイベントにも関わらず、セミファイナル終了後に帰る客も少なくなかった現実。


そうした諸々の苦難を乗り越えた上で若人が提示するアンサーの力強さが、『清宮海斗vsYOICHI』には確かにあったのだ。


『清宮海斗vsYOICHI』

個人的に、今回の『清宮海斗vsYOICHI』で印象に残ったポイントは主に3つある。

①王者・清宮のニューフェイズ突入
②大声援に後押しされたYOICHIの存在感
③過去のGHC試合順問題などを清算した内容


【NOAHで入門⇒デビューした選手同士によるGHCヘビー級王座戦】という重要な側面もあったが、この一戦は過去の試合や出来事を1試合で見事に昇華させる力強さと逞しさが備わっていた。

それはまるで、今までの困難も辛さもこの1試合の為にあったのではないかという、見事な伏線の回収…。


①"声援を浴びない"フェイズに突入した王者・清宮

今回の一戦で、まず私が気になったのは、王者としてYOICHIを迎え撃った清宮海斗の立ち位置の変化だ。

これまでの清宮海斗であれば、【不器用ながらも前に進み、観客やファンと共に成長していく王者像】を築きつつ声援も浴びていたのだが、そんな彼が、この日は客席から声援を受ける機会が少なかった。


これは単純に清宮の人気が無かったという話ではない。
相手を圧倒するほどの隙の無さを以て、YOICHIを徹底的に痛めつける強さを見せたからこそ、清宮に声援が飛ばない状況が出来たのだと私は感じている。


(後述するが)YOICHIを後押しする大声援は会場中に形成されていたし、YOICHIの終盤における追い上げの凄まじさは清宮に肉薄していた。
ただ、試合の手綱は最後まで清宮が離さなかった。この印象が、今でも私の脳裏に深く刻み込まれている。


2023.2.21に東京ドームで清宮が対峙したオカダ・カズチカも纏っていた、相手を受け止めて尚、絶対的な強さを示す王者像。
YOICHI戦で清宮は、その領域に一歩を踏み入れたのではないだろうか?


2022年夏に武藤敬司からシャイニングウィザードを直伝されて以降、フィニッシャーにシャイニングウィザードを用いるようになった清宮に対して、「武藤の真似じゃないか」という意見も未だにある。
しかし、個人的に清宮がスゴいと思うのは、対戦相手から受けた嫌らしさや強さをインプットして、ただなぞるのではなく、自分なりのオリジナリティを加えてアウトプットしてくるところだ。

だから、この容赦ない強さで叩き潰す姿勢も、オカダ戦の影響があったりするのだろうかと私は思ったり思わなかったり…。
(そういう余地も与えてくれる清宮が好き)


メインイベント終了後も、『N-1 VICTORY』出場選手を呼び寄せてマイクを握った清宮。

これは、清宮の強さによって、他の選手達が彼への挑戦権を掴もうというシチュエーションを鮮明にしてみせた場面でもあったと私は感じている。


「(ファンも含めて)みんなでNOAHを作っていこうぜ」という最近のスタンスに、「相手を徹底的に叩き潰す」という冷徹な強さが携わった今の清宮、めちゃめちゃ面白くなりそうな予感がしているのは私だけだろうか?



②象徴的だったYOICHIへの大声援

今回"声援を浴びなかった"清宮とは対照的に、会場中の声援を一身に浴びることになったのが挑戦者のYOICHIだ。

2023年9月、『N-1 VICTORY』でまさかの公式戦全敗を喫した直後、「忘れてください」という言葉を残して無期限の海外武者修行に出た彼は、生まれもった稲村愛輝という名を捨て、YOICHIとして新たな一歩を踏み出した。


海外武者修行から帰国して即GHCヘビー級王座に挑戦表明する流れは2017年末に凱旋帰国を果たした当時の清宮を彷彿とさせるものがあったが、当時行われた『拳王vs清宮』のGHCヘビー級王座戦と今回の一戦で異なっていたのは、挑戦者に対する圧倒的支持率の高さだろう。


今回、日本武道館全体に巻き起こったYOICHIコールの大合唱は、前述した清宮の圧倒的な強さだけが引き金となって発生したものではないと私は思う。

ダイビングボディプレスの迫力や、終盤に清宮のシャイニングウィザードを受け止める形で決めた無双は、会場をどよめかせたし、YOICHIの地力が詰まった瞬間の発露であった。


何より、海外遠征前に「稲村愛輝のことは忘れてください」と言って、リングネームも変えたYOICHIに変えた彼のことを、大歓声で迎えたファンは決して忘れてなんかいなかった。

慣れ親しんだ本名の稲村愛輝という名前でなくとも、英国発のYOICHIの名前で叩き出した高い会場支持率。


だからこそ、敗戦した試合後にYOICHIから本名に戻すと宣言した時、ファンから愛されていた【イナムラ】や【ヨシキ】の呼称を戻した稲村愛輝にも期待感を抱かずにはいられなかったのだ。地力を高めた所で、本名に戻す追い風。

遠征前より期待を背負う姿は、今夏以降も目が離せそうにない。



③逆風に打ち克ったGHCヘビー級王座戦

『清宮vsYOICHI』戦は、NOAH生え抜きの成長と未来の明るさを示しただけには留まらなかった。

ここ1~2年噴出していた、GHCヘビー級王座戦の試合順問題に関連するモヤモヤ感と、看板タイトルで勝負しきれない不安を払底したのである。



今回の日本武道館大会は、『丸藤正道vsAJスタイルズ』と『清宮海斗vsYOICHI』がダブルメインイベントとしてラインナップされたが、大会の最後は後者のGHCヘビー級王座戦が務めた。


2022年秋頃より、NOAHは試合順で辛酸を舐めることがあった。

『N-1 VICTORY』優勝決定戦が行われた9月のエディオンアリーナ大阪第1競技場大会では、セミファイナルで組まれたグレート・ムタの大阪ファイナルが終わった直後、優勝決定戦の『清宮海斗vs鈴木秀樹』を見ずして会場を後にする観客が少なくなかった。


翌月の有明アリーナ大会も同様に、『清宮海斗vs藤田和之』のGHCヘビー級王座戦がメインだったにも関わらず、セミファイナルで組まれた武藤敬司の試合が終わると即座に帰路に着く観客の姿を現地で見ている。


その後、2023.1.1日本武道館大会や2024.1.2有明アリーナ大会はGHCヘビー級王座戦がラインナップされたにも関わらず、前者は『グレート・ムタvsシンスケ・ナカムラ』、後者は『丸藤正道vs飯伏幸太』と、大会の一番最後はスペシャルシングルマッチだった。


私自身、GHCヘビー級王座戦を見てもらうために成されたと思われる当時の判断自体は、決して間違いではなかったと思う。

ただ、2023年元日は声出し禁止の中で一番会場をどよめかせた『清宮海斗vs拳王』も、試合順をバネに観客が盛り上げた2024年有明アリーナの『拳王vs征矢学』も、スペシャルシングルマッチ以上の話題性をもって語られることはなかった。
この歯痒さと悔しさがどうしても消えていなかっただけに、今回の『清宮vsYOICHI』の内容が、【GHCヘビー級王座戦が同格のスペシャルシングルマッチに下駄無しで立ち並んだ】事に私は深く感動したのだ。


正直、『丸藤vsAJ』が終わった段階で会場を後にした観客の姿は1人や2人では無かったし、そうした様子は2階席からもハッキリ視認できた。

でも、リングにいた2人と残った観客達が、日本武道館の雰囲気も良くし続けて見せた。
『丸藤vsAJ』や、ダブルメインイベント前の『イホ・デ・ドクトル・ワグナーJr.&ガレノ・デル・マルvsアルファ・ウルフ&ドラゴン・ベイン』など、盛り上がる試合が後半戦に固まっていた状況でも、清宮とYOICHIは確実に盛り上げていたのである。

こういう言い方は適切ではないと思うけれど、清宮vsYOICHIを見ずして帰った観客を後悔させるだけの試合内容と盛り上がりは、間違いなく担保していたと私は思う。
だからこそ、私はこの試合が胸に刺さったのかもしれない。


まとめ

若手が中々育たないと言われることも多いNOAHで、NOAH史上初と言われる生え抜き同士のGHCヘビー級王座戦を、日本武道館の大トリで成功させた事は大きな一歩だと私は思う。


そして、その一番を難なく裁いた塚越佳祐レフェリーも、キャリアは浅いながらタイトルマッチを裁く経験を着実に積んできたからこその今がある。
不確実な期待と未来も、確実な今という積み重ねによって確かなものに変化していく。


今回の『清宮vsYOICHI』には、プロレスリング・ノアが抱えていた負の面やトラウマを払底する明るさと確かさが感じられた。
そんな一戦を生で見れたことが、私は幸せだったと思うのだ。


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