"ベストプレイス"を捜して
はじめに
最近通い始めた地元の中野区にあるバーで、店員さんに言われた言葉だ。
私はひどく焦っていた。
約7年程にわたり(頻度は時々ではあるが)通っていたバーが、年内を以て閉店する事になったからだ。
私が足を運んでいた場所が閉店や移転等で無くなった事自体は、過去に何度もある。
ただ、店がキッカケで生まれた縁や影響が濃かったり多かったりすればするほど、その喪失感はより強いものになる。
前述のバーの場合、以前まで三ツ矢サイダーやコカ・コーラといった甘い飲み物で割らないとウイスキーや酒を飲めなかった私が、ウイスキーのハイボールを飲めるようになったキッカケを作ってくれた場所だったから、私の中で喪失感は深いものがあった。
私自身、ウイスキーを扱う専門のバーはここしか知らなかったし、閉店になると知ってから次の場所を捜さなくてはと思いながら焦っていた。
ちょうど同時期、中野を歩いていた時に歩道に立っていたバーの看板を見つけて、行きつけが無くなる翌年以降も通いそうなバーを見つけることが出来た。
冒頭の店員さんの言葉は、行きつけの店を捜す話になった時に、私の最近の迷い事を話した際の回答である。
でも、「新しいお店を捜さねば…!」と考えるようになって、肝心な事に気づいたのである。
「行きつけの店って、作ろうとして作りに行くもんでも無いんじゃないか?」と。
【いつの間にか出来ていた】、行きつけの場所
思えば私自身、趣味などで好きな場所に行く時はいつもそんな感じだった。
行きつけの場所は、作ろうとして行くのではなくて、気になったらいつの間にか行くようになっていたものだ。
私の好きなプロレスにしても、そうだった。
好きなプロレス団体に足を運ぶ理由も「自分が楽しいと思う所だった」からだし、今の交友関係にしても、自分が楽しいと思う場所で色々な方の御縁によって生まれたものだった。
今の関係にしても、人脈を作ろうと血眼になって出来た訳ではなかったのに、何故私は行きつけの店を作ろう、作ろうと血眼になってしまっていたのか…。
新しい場所に出向く時もしかり。
気になっていたアーティストのライブも、サッカーチームの試合も「これから行きつけにしよう」として行ったのではなく、「行く中でとても楽しかった」から通うようになったのだ。
私は、物事の順番だとか本質を間違えていた事に気付いた。
行きつけは、作ろうとして作るものでは無い、と…。
まとめ
今年に入ってから、「行ってみたい」と思ったり気になったりしているお店が増えた。
そんなスタンスの方が、その中で自然と行きつけになる場所が出来るのかも知れない。
現に、冒頭の中野区のバーは何回か足を運んで今後も通い続けそうな予感がしている。
私の住んでいる中野には、まだ行った事のない気になるお店が多くある。
今から、そういう店が増えていくのかもしれないと考えただけで、まだまだ私は死ねないと思ったし、楽しみが先々多いことを実感しているのだ。
ただ、一つ問題があるとするならば、行きたいところが多すぎて金銭面がキツいところだろうか…。
だから私は稼がねばならぬ…!
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