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武器はたゆまぬK.U.F.U.~2022.8.5『稲村愛輝vs岡田欣也』~

はじめに

持ってるやつに持ってないやつが、たまには勝つ唯一の秘訣
それがK.U.F.U. 工夫

これは、RHYMESTERの『K.U.F.U.』という曲の最後に登場する一節である。


私は、工夫する大切さを歌うこの曲の事が大好きなのだが、実は、上記の一節は歌詞カードに載っていない。
それでも、宇多丸が放つフレーズの説得力が、私の脳裏に焼き付いて離れないのである。


最近、この曲の一節を、ふと思い浮かぶようなシチュエーションに出くわした。
2022.8.5にプロレスリング・ノアで行われた、『稲村愛輝vs岡田欣也』である。


2018年デビューの同期同士によるシングルマッチは、まさに工夫が形づけられる内容となった。


Prologue

稲村愛輝と岡田欣也

2人はプロレスリング・ノアで2018年にデビューした同期であり、当初は同日デビューを予定していた間柄だった。

しかし、岡田が怪我により、稲村から3ヶ月遅れてデビューすることに…。


思えば、デビューした瞬間から、二人の差は広がっていったように思う。


稲村がタイトル挑戦に絡み、シングルリーグ出場などを通じて着実に経験値を積み重ねる一方、岡田は常に稲村の背中を追いかけ続ける構図。


直近の2021年7月には、稲村がプロレスリングZERO1のシングルリーグ・『火祭り』の優勝決定戦に進出。
関本大介(大日本プロレス)の前に敗れて準優勝という結果も、場内の盛り上がりや試合内容は、年間ベストバウトと言って差し支えないものだった。


あまりにも開きすぎた、同期二人の差。

そんなタイミングで、あるリリースが舞い込んだ。


8月11日から開幕するシングルリーグ・『N-1 VICTORY 2022』直前で、急遽発生した欠員。
この1枠をかけて、同期同士による出場者決定戦が組まれる事に…。

舞台は、2022.8.5後楽園ホール大会。


奇しくも、この日はノアのリアル旗揚げ記念日。
そして、拳王が約半月前に言及した内容が、偶然にも叶う事になったのである。

拳王「今回のリーグ戦はおっさんばっかり出場して若手が出ていない。そんな若手にチャンスが与えられないリーグ戦になったから、俺の中で一番の楽しみは、リーグ戦中に岡田欣也と稲村愛輝が毎日『俺たちのNー1』でシングルをやって勝ち星の多い方に挑戦権を与えてあげようと思う」



『稲村愛輝vs岡田欣也』

これまで、アンダーカードを中心に組まれてきた『稲村愛輝vs岡田欣也』のシングルマッチ。
今回は出場者決定戦という要素もあってか、セミファイナル前の第6試合で実現。


過去にシングルで14試合を戦った両者の戦績は、稲村の14戦全勝。

『火祭り』準優勝を引っ提げた稲村に対し、未だ先輩超えを果たしていない岡田。
戦前の下馬評は、圧倒的に稲村優位へと傾いていた。


しかし、この日の岡田は序盤から冷静だった。


稲村に圧されても、切り返して腕を攻める動き。


巨体を誇る稲村に対して、執拗に腕を攻めるスタイル。

このスタイルは、2020年のコロナ禍で無観客試合を強いられた時期に、岡田が磨き続けたものだと私は記憶している。

小川良成や丸藤正道がやるような攻めを、岡田は既に、自らの血肉として会得していた。
それも、違和感や先輩の影も無く、ごく自然に。


しかし、中盤に入ると、稲村が持ち前の体躯を活かして岡田を圧し始める。

会場中が慄く、強烈なエルボー。


それでも、岡田は折れなかった。
写真を撮っていてもビシビシ伝わる表情の良さからは、弱々しさなんて微塵も感じなかったから。


終盤、稲村がオクラホマスタンピードで岡田をマットに叩きつけてから、ショルダータックルを決めるもカウントは2。

最後の仕上げに向けて、ロープワークで反動をつける稲村。


そのタイミングを狙っていたかのように、岡田が稲村の背後に回り込んでローリングバッククラッチ。
これがガッチリ入って3カウント!


2018年12月からスタートした稲村とのシングルマッチ。
あれから約3年8ヶ月、15試合目で掴み取った岡田の初勝利だった。


『N-1 VICTORY 2022』出場権を掴んだだけでなく、圧倒的に低かった下馬評を岡田は見事に覆したのである。


正直な所、私は岡田が勝つ為には「周囲の意表を突く技か、未だ抜いていない新技を投入するくらいのインパクトが欲しい」と(失礼ながら)思っていた。
それだけに、会場中の予想も意表も見事に突いた岡田のフィニッシャーを見た瞬間、私は暫くの間、胸の高鳴りを治めることが出来なかった。


この見応えある試合が、生え抜きの若手二人によって紡がれたことも感慨深い。
二人のデビュー戦を生で観た者としては、余計に胸を打たれる素晴らしい試合だった。


まとめ

ピンフォールを取っている技を、恐らく偶然やラッキーみたいな意味での「丸め込み」と称する文化がプロレス界から消えて欲しい。

鈴木秀樹が、8.4にツイートした内容である。


偶然にも、翌日に行われた『稲村vs岡田』は、丸め込みでの決着となった。

ただ、その丸め込みには、偶然やラッキーもない、強かで確かな工夫が詰まっていた。


この1勝で、これまでの稲村と岡田の序列がひっくり返る訳ではないと私は思う。
N-1本戦も、岡田は多くの猛者達を前に苦戦することだって予想される。


しかし、今回の岡田の1勝は、決して【奇跡】なんかではない。

ライバルに勝つため、ライバルに無いものを刻苦して磨き、工夫して積み上げた【軌跡】なのだから。
"キセキ"は見えないようで、見えるものなのだと、この試合を通じて私は感じた。


私は、彼が工夫してきた取り組みが、一つ報われたことを本当に嬉しく思う。

そして、願わくば、稲村と岡田の頑張りだとか内容だとかが、これからも報われ続けてほしいのだ。


持ってるやつに持ってないやつが勝つ唯一の秘訣。
それが、工夫。



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