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献花というものには慣れないけれど

はじめに

私は献花というものに、未だ慣れた試しがない。

人生で必ず訪れる別れの瞬間に対し、心のどこかで「慣れちゃいけない」と感じている私もいる。


この、どうしようもなく整理がつかない私の気持ちに、温かく寄り添ってくれる存在がいる。

それは、花屋だ。

物心ついた時から、私は過去に3度献花に出向いているが、いずれも、慣れないところを優しく救ってもらった記憶しかない。


花屋の優しさに救われる瞬間

2019.6.18、私は有給休暇を利用して、水道橋を訪れていた。


お目当ては、全日本プロレス・後楽園ホール大会。

この日予定されていたカードの一つが、『青木篤志vs佐藤光留』による世界ジュニアヘビー級王座戦だった。

私が有休を行使した理由も、このカードが見たかったから。『変態自衛隊』としてタッグを組む者同士がぶつかり合う様は、何としても生で見届けたかったのだ。


しかし、その願いは叶わなかった。


唐突に訪れたチャンピオンの死…。

当日、会場に献花台が設けられる事を知った私は、会場近くの花屋に足を運んだ。
私が献花用に花を購入したのは、恐らくこれが初めてだった気がする。

花屋の店員さんは、右も左も分からない私の要望にも、懇切丁寧に対応してくださった。
青木篤志のコスチュームカラーであった青色を入れてもらえた事、今でも忘れていない。



人生2度目に献花した場所は、2020年秋の立川だった。

名前だけは聞いたことがあるけれど、バンドの楽曲を知らなかった私にとって、You Tubeの公式動画は私の人生に多大な影響を及ぼした。



約1ヶ月足らずのうちに、バンドのアルバムを全部聴く位ドハマりした過程で、東京都立川市に縁の深い公園がある事を知り、いつかのプロレス観戦帰りに足を運んだ。

立川駅南口から公園に向けて歩く道中、見つけた花屋に入り、花を購入した。
花の購入を告げた際、店主からこう訊かれた。

「赤い公園ですか?」

この一言だけで、同じようにして花を購入して献花に訪れた方々がいたこと、地元の人達に公園の愛称が認知されていたことを、私はすぐさま把握することができた。

現地を訪れると、没後1ヶ月以上が経過したタイミングでも、献花台に花が手向けられていた。

その後、バンドは解散してしまったけれど、この公園の存在はきっと、これから先も地域に根ざしていくのだろうと感じた出来事だった。



慣れない献花をしに行く私の拙いオーダーにも、花を用意してくださる花屋の優しさ。
そういうところに、どこか救われる私がいるのだ。


まとめ

2022.7.12、私は仕事を終えて、赤坂見附を訪れた。


突然襲った悲しい出来事に対する、人生3度目の献花。
足を運ぶと決めたのは、「行けるタイミングで行くかどうかを悩むくらいなら、行った方が良い」という1点だけだった。

駅を降りて徒歩数分の場所にある小さな花屋に辿り着くと、雨にもかかわらず、既に2~3人程が列になって並んでいた。


数分待って店内に入り、献花用の花を頼むと、店員さんからこう告げられた。

「白い花をもう切らしてしまっていて…。向日葵とかがあるのですが…?」

既に多くの人々が、この花屋に足を運んだ様子が窺える。
店員さんの提案もあり、黄色い花を二輪挿しで用意してもらうことになった。

雨の中を移動して、辿り着いたのは自民党本部前。
増上寺には行けなかったけれど、24時間献花を受け付けている事をTwitterで知り、この地を訪れた。


氏の生前の評価に対しては、色々な意見があるのだろう。
それでも雨の中、女子高生や若いサラリーマンを中心に献花台へ列が出来ていたのは、その死が惜しまれていた事に他ならない。

そこに、政治的主張の有無や意図なんて介在していない。
故人を惜しむ気持ちが溢れていた気がする。


「生きているときに評価してやれよ」

そんな意見も目にしたけれど、生きている時ほど、当たり前だった出来事の大事さには中々気づけないのかもしれない。

だからこそ、今いる人に対して褒め言葉だとか、好意だとか、そういうのは発信していって損は無いんじゃないか。

そんなことも考えた夜なのでした…。


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