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Blank Map~2024.5.22『拳王vs鈴木みのる』~


はじめに

私がプロレスを好きになってから、未だに後悔している出来事がある。

2015年7月、プロレスリング・ノア後楽園ホール大会の出来事だ。


『鈴木みのるvs高山善廣』のGHCヘビー級王座戦。
当時、SNSのアカウントや自分のカメラは持っていない私だったけれど、この日は父から借りたカメラで大会の様子を撮影していた。
多分、気が向いたからカメラを持っていったのだろうけど、今振り返っても、カメラを持っていって良かったと思う。


鈴木みのると高山善廣による盟友同士のシングルマッチだったが、この一戦に関して言うと、立ち位置は少し特殊だったかもしれない。

2015年1月、突如プロレスリング・ノアに侵攻した鈴木みのる率いる『鈴木軍』は、NOAHが管轄していた全てのGHC王座を瞬く間に奪取。首領である鈴木みのるは、団体最高峰のGHCヘビー級王座を獲得し、介入を挟みながらも、その圧倒的な強さでNOAH勢を退けていく。
この方舟の窮地に立ち上がったのが、高山善廣であった。

NOAH所属ではなかったものの、盟友としての立場を捨て、鈴木みのると対峙する不退転の覚悟を持った一戦だったが、最後は介入攻撃から追い詰められて鈴木みのるのゴッチ式パイルドライバーを食らい、高山は敗れた。


その試合直後、客席からリング上に向けてペットボトルが投げられ、会場は騒然となった。
『鈴木軍』の介入によるフラストレーションも大きかったのだろうけど、試合中、客席から「何で若手が(高山のセコンドに)就かないんだよ!」という声も飛んでいたので、NOAH所属の不甲斐なさに対する怒りもあったかもしれない。
(ペットボトルを投げるのは、当時も今でもアウトだけど)


「お金を払って、そんな惨い光景を見るのは流石にキツいし、しんどい」

そんな風に感じてしまった私は、当時のプロレスリング・ノアから離れてしまった。

理由は一つだけでは無い。

『鈴木軍』の介入有りのラフファイト、観客のマナーも嫌だったけど、ラフファイトに対する耐性だとかバッドエンドを受容できる器が当時の私には無かったことが大きい。

あと、当時『鈴木軍』ファンの1~2名が、NOAHの選手にはSNSでクソリプを送っていながら、鈴木みのるのアカウントには「ボス~♥️」とリプライを送っているのを見て、その態度の差に引いたのもある。
でも、それは一部の輩がやらかしてる話であって、『鈴木軍』ファンの人達はそういう人じゃないという事も後から知った。一部が形作るイメージは恐ろしい。


その後、私が再びプロレスリング・ノアを見るようになったのは2017年。
2016年末を以て、ノアから鈴木軍が撤退した後の事である。

その後、スポットで何度か観に行ったNOAHの大会が面白いと感じるようになった私は、2018年秋頃からNOAHの観戦数が増えていき、今では年間20~30大会ペースで生観戦するくらい好きな団体になった。


そして、当時苦手だった『鈴木軍』や鈴木みのるも今では好きになったし、『鈴木軍』グッズも何度か購入するくらいには、彼らを嫌いになる感情は消え去っていた。


それでも、私の中には未だに後悔が残っている。
2015年~2016年に展開された、『鈴木軍』のNOAH侵攻期を、もっともっと見ておけば良かった、と。

勿論、この原体験が無ければ、プロレスファンとしての今の私も無かったと思う。
でも、「今振り返ると、結構楽しく見れそうだな」と思うタイミングまで逃してしまった後悔が、あの当時から未だに引っ掛かっていた。


その後悔を取り戻せるかもしれない機会が、ふとした瞬間に訪れた。

プロレスリング・ノアで開催されるコンセプト興行『One Night Dream2』。
そのメインイベントに選ばれたのが、『拳王vs鈴木みのる』のシングルマッチだった。


2016年末の『鈴木軍』撤退以降、ノアと交わることの無かった鈴木みのるの再上陸。
対角線に立ったのは、今のノアを代表するトップレスラー・拳王。

『鈴木軍』が侵攻していた当時の拳王はJr.ヘビー級で活動しており、ヘビー級に転向したのは2017年。丁度『鈴木軍』撤退と入れ違う形だった。


鈴木みのる「拳王とプロレスリング・ノアか。お前らと鈴木みのるといえば、数年前の、な、お前らにとって嫌な記憶。それしかないだろ。でもその頃、拳王、お前蚊帳の外だったもんな。でもあれから時間が経って、今、お前はノアのトップを走り、鈴木みのるは1人で世界中飛び回って。さあ、今やったらどうなる? 拳王よ、ぶっとばしてやる!」


これまで交わらなかった2人による、Ifの実現。

戦前、スペシャルシングルマッチの1つという認識でいた私だけど、それは大きな間違いであった。

過去と現在が交錯した、10年近くに及ぶ空白を埋める新しい地図が、聖地に広げられていたのだから。


解き放たれた、方舟の海賊王

平日水曜夜にもかかわらず、後楽園ホールは満員マークと宣言しても良い状況の中、迎えたメインイベント。


『One Night Dream』の初回大会でメインを飾った『中嶋勝彦vs宮原健斗』のように、双方の因縁や関係性を辿る試合前VTRは無し。

この日のNOAH後楽園ホールでは、珍しく入場シーンに場内照明が使用された。鈴木軍侵攻期も同様に用いられていた会場演出だったが、スポットライトを浴びながら登場する鈴木みのるの姿は、G+で放送されていたNOAH中継当時の様子と非常に雰囲気が酷似していた。
それはまるで、当時の『鈴木軍』時代を彷彿とさせるかのように…。


試合前から火花を散らす両者。


運命の一戦は、鈴木みのるの左腕攻めとエルボー合戦から始まった。


序盤の攻防を終えて、試合におけるスイッチが入ったのは、鈴木みのるがリング下からパイプ椅子を取り出したシーンだろう。
中山レフェリーが鈴木みのるを制止する最中、拳王が鈴木に蹴りを見舞った。


すると、鈴木みのるの頭部から赤い血が滴る。
予期せぬアクシデントにも映ったが、この出血は試合の狂気性を増すアクセントになる。


これで怒りに火が点いた鈴木みのるは、拳王を場外に出してラフファイト全開。


リングに戻ってからも、容赦ない左腕攻めが展開されていく。
相手の心を折りに行く隙の無い流れと、鮮血で赤く染まった険しい表情は、かつて方舟を己の強さで侵略していった海賊王の姿をリング上に映し出していた。


NOAHを絶望の淵に突き落とした『鈴木軍』は、2022年末に解散した。
当時NOAHに参戦していたタイチやエル・デスペラード、TAKAみちのくに飯塚高史、『K.E.S』(ランス・アーチャー&デイビーボーイスミスJr.)、シェルトン・X・ベンジャミンは、今回の鈴木みのるのセコンドにはいない。

それでも、『鈴木軍』のNOAH侵攻当時を彷彿とさせるような、【強くて、怖くて、舟を沈めに来た海賊王】としての姿を、鈴木みのるは2024年のNOAHマットに再臨させたのである。
それも、鈴木みのる1人の手で。


拳王も反撃するが、蟻地獄のような鈴木の関節技に苦戦を強いられる。


拳王に声援が注がれた後楽園ホールの雰囲気を切り裂くように、鈴木みのるの叫びが場内に木霊する。

「やっぱりNOAHはクソ弱いなあ!!」

かつて侵略したNOAHと拳王を焚き付ける鈴木みのるに、会場から巻き起こる大ブーイング。


その後も、強烈なエルボーで拳王の心を折りに行く鈴木みのる。
プロレスの場合、エルボーがヒットする瞬間に合わせるように、客席から掛け声や手拍子が鳴らされる光景は少なくないけれど、この試合では、鈴木や拳王のエルボーが当たる瞬間に客席が自然と静まり返っていた。
こんな光景、今では滅多に見られるものではない。



「貴様がNOAHなんだろ!?やっぱり沈没船か!!おい!!」


かつて鈴木がNOAHを侮辱する際に用いた『沈没船』というワードで、NOAHファンの反応を更に増幅させていく。

拳王を追い詰めた鈴木みのる。


しかし、鈴木みのるのスリーパーホールド地獄に耐えた拳王は、カウンターのハイキックを鈴木に見舞うと、うつ伏せ状態の鈴木にP.F.S.を投下。


拳王にしがみつく鈴木をエルボーで振り払うと、最後は正調のP.F.S.が炸裂。
過去と現在の融合は、拳王の勝利で決着した。


各団体では、スペシャルシングルマッチとして色々な選手が鈴木みのると対戦するケースを見かけるけれど、直接的な接点の薄い対戦相手(拳王)に対して、過去に参戦した当時の要素も採り入れながら、容赦なく外敵としての姿を見せつけるシングルマッチなんて、最近あっただろうか?

『拳王vs鈴木みのる』は、単なるスペシャルシングルマッチでもなければ、チャレンジマッチという立ち位置でもない。
NOAHにおける『鈴木軍』という過去の因縁を、空気感や仕草も含めて2024年のNOAHマットに緻密に再現するリバイバルだった。

それはまるで、『鈴木軍』侵攻と拳王の間に生まれていた空白の8~9年を埋める、新しい地図だったのかもしれない。




まとめ

拳王「鈴木みのる。8年前、9年前の事を思い出すと、お前の事、今でも大嫌いだ。だが、今日1人だけでプロレスリング・ノアのリングに来たこと。テメエは本当に男だ。ありがとな。」

大盛況に終わったOne Night Dreamの第2回大会。

初回メインの『中嶋勝彦vs宮原健斗』は、(主語は大きくなってしまうけれど、)プロレスファン全体の願いを叶える正真正銘のドリームカードだったと思う。

今回のメインに据えられた『拳王vs鈴木みのる』は、NOAHの歴史を語る上で欠かせない『鈴木軍』の因縁において、交わらなかったIfを一夜限りの夢として実現させた点こそが、最大の肝だったような気がする。


恐らく、2015~2016年の時期に今回の一戦を混ぜても違和感は無いと思う。
それでいて、『鈴木軍』撤退後に会場支持を高めてエースに登り詰めた拳王が、【方舟の海賊王】に挑む構図が提示できたことで、今後も開催されるであろうOne Night Dreamのドリームカードにも幅を持たせることに繋がったのではないだろうか?


今回の結果を以て、『鈴木軍』時代の決別だとか言うつもりはないけれど、当時と比べて間違いなく変わったのはNOAHファンの気質だろう。

4大王座戦が組まれても、『鈴木軍』からベルトを全部取り返せないビッグマッチが何度も何度も続いた2015年のNOAHで、『鈴木軍』のボス・鈴木みのるに対するアレルギー反応は相当なものだと私は思っていた。
でも、いざ試合が決まった時に、(私が把握した限りでは)鈴木みのるNOAH参戦に対する反発はNOAHファンから見られなかった。

当時からNOAHのファン層は入れ替わったのかもしれないけれど、当時のように怒りや不甲斐なさからペットボトルを投げるのではなく、声援を拳王に投げることで後押しした今の客席の雰囲気は非常に良く、かつての因縁や険悪も消し去り、見事に飲み込んでしまったのだから。


過去の悪行から「これだからNOAHファンはダメだ」という意見も未だに出るけれど、このドリームマッチで見せた今のNOAHファンの姿には逞しさを感じた。


そして、今のタイミングで近年のNOAHにとって因縁深い外敵をキャスティングする団体の胆力も見逃せない。
10年近く期間が空いたとはいえ、NOAHファンの感情を優先させる方向なら、方舟に絶望を叩きつけた宿敵を招くのは、少なからず勇気の要ることだったと思う。だから、今回のドリームマッチは、NOAHとNOAHファンで築いた信頼関係のようなものも感じさせた。


ベストバウトとして語られる激闘に出逢う機会は、多分この先も私の前に現れるかもしれない。
だけど、観た人のハートに突き刺さり、数年経っても忘れられない試合を観る機会など、そうは訪れないという実感がある。

『拳王vs鈴木みのる』は、私にとって間違いなく後者だった。
ベストバウトか否かという判断基準も超越する、私の人生に深く刺さる試合だったのだから。


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