「生活は、埋もれて」
Illustration&picture/text Shiratori Hiroki
昨日、電気屋さんで有線のイヤホンを買った。ずっと前からBluetoothイヤホンの片耳だけのという生活をしていた。音楽が久しぶりに聴いてみたくて、買った。蚊に刺された手首が痒かった。刺された箇所を爪でばってんマークにしたら、跡になった。すぐに跡は消えて、じんわりと痒さが蘇ってきたので、またばってんにした。
有線イヤホンを買ったあと、営業の人に話しかけられた。抽選会やってます。くじをどうぞ。何の気なしに引くと、三等が当たった。電気屋のロゴ入りのボールペンだった。受け取ると同時にスマートフォンの買い替えを勧められて、困った。バッテリーの持ちが悪くなっていませんか?もしかするともっと安いプランに変更できるかもしれませんよ、と言われたので、そうですよねと言った。もしよかったら、と言われたので、すぐに壊れてないので、と断った。一瞬、その営業の人は残念そうな顔して、にっこり笑った。
エレベーターのボタンを押す。下の階から上がってくる音がかすかに聞こえる。ボタンを指から離したとき、さっきの営業の人を思った。
なぜか振り返りたくなった。すぐ後ろではさっきの営業の人がこっちを見てるんじゃないかと思って、罪悪感があった。怖くなって振り返らずにエレベーターに乗り、ポケットに入れた三等のボールペンをぎゅっとにぎった。後悔した。ごめんなさい。
今日、電車に乗った。彼女が昨日、代々木公園に行ったのを聞いて、そうゆう場所に行ってみたかったのかもしれない。いい天気だった。昨日買った有線のイヤホンで、音楽を聴いた。久しぶりだった。
電車が走り出してすぐ、喉の奥が熱くなって苦しかった。顔に塗った日焼け止めが涙に溶けて苦かった。言葉が浮かんでこなかった。誰かはどこかで、もっと苦しんでいると思うと余計に苦しかった。感情がゆっくりと溢れ出してきて、外の景色が涙でよくみえない。いい天気なのに。何度聴いてもどの曲もやっぱり好きだった。
今は、今だけは誰かに消費されて死んでいった車たちのことを考えたかった。物が物としての役割を果たした姿は美しかった。必要とされていた。それだけだった。僕は死にきれないゾンビだ。死ぬのも怖くてできない、生きるのも退屈で仕方がない。誰かに傷つけらるのも、傷つけるのも嫌だった。どこか、圏外にいて、誰からの関わりを、たちたかった。
電車は都心に向かうにつけて、人が重なり、外の風景を見ることは叶わなくなり、新宿駅に着くのを目を閉じて待った。音楽が鮮明に聞こえる。聞こえなかった音が聞こえる、ベースが、オーケストラが、ボーカルのブレスラインが。新宿駅に着く前に、僕は僕としての役割を果たすことに努めたいと思った。
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