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【製本記】 野ばら 05 | 角背上製、布装ができました!

本をつくってばっかの日々。編集者として本を編みながら、時間を見つけては製本家として本をこしらえている。編集した本は世にでて光を浴びるが、製本した本は暗所に埋蔵するだけの習作も多く、せめてここに記録する。

紙装から布装へと仕立て直した『野ばら』が完成した。今回もまた、やらかしてしまった……表からは見えないところで。一冊ができあがるまでの綱渡りのような道のりを無傷で踏破できる日など、来るのだろうか。いつ訪れるとも知れぬその日のために、製本様式や製本材料について記録しておく。

もともと角背の上製本だったものを再び角背の上製本にしたわけだが、表材を紙から布に変えただけじゃない。無線綴じだった本文を、糸で綴じ直している。本文をペラ(一枚ずつの状態)までバラし、和紙でつないで折丁にして、フレンチ・ソーイングと呼ばれる手法でかがった。

膠(にかわ)で本をつくっていた時代とは違い、いまの接着剤なら無線綴じだからといって開きにくいとも壊れやすいとも限らない。それでも、こうして改装するとなると、糸かがりにしないと気がすまない。もしかしたら、一度解体する、というプロセスが重要なのだろうか。外から服を着せ替えただけじゃなく、この本の内側に触れた(少なくとも、触れようとした)という実感を得たいのかもしれない。

ブッククロスは濃茶の無地。ここまで綴ってきたように、紆余曲折あってこの色に落ちついた。これに型染めで「野ばら」の図案を入れた。この本は小川未明の童話に茂田井武の挿絵がつけられたもので、絵本ではないが、絵本的な佇まいを備えている。そういう本の表紙に本文とは違う人物の描いた絵をもってくるなど、もしもこれが編集者としての仕事ならば断固反対するところだ。だからこそ、絵画ではなく模様としての野ばらにしたつもりだ。

花と葉の2種の型紙をつくり、2色で染めている。以前つくった『小川未明童話集』の型染めに比べればモチーフがこまかく、アクリル絵具をのせるときに輪郭がぼやけたりかすれたりして難儀し、ブッククロスを無駄にした。

さらに、型染めの上から伝熱ペンで花弁や葉脈を箔押ししている。合間合間に小枝のようなモチーフも。どれも短いラインだが、筆圧がコントロールしきれておらず、また布の凹凸にペン先が持っていかれて、線幅が安定していない。しかし、型染めと箔押しを組み合わせるのはおもしろく、このやり方でできることがまだありそうだ。

題字は、平(ひら)と背に金属活字で箔押ししている。築地活字の「築地明朝」だ。野ばらの輪の中心にタイトルを入れるなんてベタかなと思ったりもしたが、できあがってみれば、これでよかった。王道万歳。題字の金(工芸用の金箔)と伝熱ペンの金(フィルム箔)の質感の違いが気になるといえば気になる。これがルリユール(工芸製本)ならば話は違うが、ブラデル(溝つきの簡易上製本)ならば許容範囲ということにしよう。

上製本では、背の板紙を表紙の板紙よりも薄くすることがある。そうすることで、すっきりとした感じに仕上がる。しかし、今回は少々ぽってりとさせたほうがいいような気がして、あえて表紙と同じ2ミリを使った。洗練されすぎない、素朴な感じ。束(つか/本文の厚さ)がないので、花布はちらりと見える程度だが、見返しに近い色を選んだ。

見返しには、ファインペーパー「ジャンフェルト」を。その名の通りフェルトのような凹凸模様をもつ、やわらかな印象の紙だ。これは随分前に買ったもので、おそらく「せいじ(青磁)」という色だったと思うが、竹尾のウェブサイトを見るに廃色となっているようだ。

そして、ここで一つ記録しておかねばならないことがある。見返しの糊入れでやらかしてしまった。プレス機から取してみると、本文にうねりがでていたのだ。写真は、そのうねりがちょうど見えないように撮ったものだ(失敗を語ることはできるけれど、なぜか見せることは憚られて……)。

おそらく見返しの糊が移ったのだと思われる。糊が多かったのかもしれないし、糊の水分量が多かったのかもしれないし、本文用紙が水を吸いやすい性質だったのかもしれないし、あるいはそのすべてかもしれない。

ちなみに、うねってしまったのは、よりによって表1側だった。見返しの遊び(糊を入れていないほうの見返し)と扉ページがうねうねと……。以降のページには影響がないので、ほんの少しの配慮で防げたはず。プレスの前に紙一枚を挟んでおけば無事だったものを。くぅ。そういうこまやかな配慮の術をルリユールで学んだはずなのに、ちっとも応用できていない。

やらかしのショックは胸に渦巻きつづけるが、それなりに形にはなった。ブッククロスの色選びでは冒険から転じて守りに入ったわけだが、できあがってみれば、何だかこれまでとは違う一冊になったように思う。野ばらの輪っかなんてかわいらしい意匠の本は、たぶんはじめてじゃないだろうか。

この本をいちばん見てもらいたいのは、もちろんおじいちゃんだ。果たして本というのは死後の世界へ持っていけるものだろうか。もし持っていけるのだとしたら、この一冊は外せないことになった。


野ばら
小川未明/茂田井武 画(童心社)
様 式|角背上製、布装、糸かがり(フレンチ・ソーイング)
寸 法|150 × 114 × 20mm
表 紙|ブッククロスに型染め、箔押し
見返し|ジャンフェルト(せいじ)
題 字|箔押し(中村美奈子)

野ばらができるまで
【製本記】 野ばら 01 | 枯れた花の残り香を
【製本記】 野ばら 02 | 本づくりとコンプレックス
【製本記】 野ばら 03 | 冒険したいけど、まだしない
【製本記】 野ばら 04 | おじいちゃんの野ばら

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