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【ルリユール倶楽部】 04 | 水底の製本工房は、不思議に疲れず心地いい

2024年7月某日、ルリユール倶楽部の第4回目を迎えた。倶楽部発足から早4か月。この調子だと、現在進行中の5冊とも未完のままに2024年が過ぎてしまいかねない。表紙にほどこすデコール(箔押しやモザイクなどの装飾)は別として、製本作業は年末までに終えたいところなのだけど。

ちなみに、2023年の春からつくっている5冊が今年中に完成したなら、たぶん、過去最速だ。ルリユールって、こんなもん。急いでつくれない、効率よくつくれない、たくさんつくれない。

スピード化・効率化・マス化といった近代化を象徴する価値観をすべてぶっちぎったところで、「500年前のやり方してますけど、何か?」と涼しげな顔で革を剝く。それでこそルリユールなのだ(私見)。


実をいうと、7月前半はまったくルリユールに手をつけられなかった。6月末に厄介だった本がようやく校了となるや、放心してしまったのだ。激忙の渦中にあった6月は「寝る前の30分だけでも」と日々がんばっていたのに、いざ渦を抜けると気も抜けてしまった。

以前なら、こうしてルリユールとの距離が開くと、長い放置期間に突入していた。しかし、ルリユール倶楽部のメンバーたるもの、何もせずに1か月を過ごすわけにはいかないのである。謎の使命感に駆られたわたしは、7月後半にラストスパート! 『書物装飾・私観』の革を剝き、干物にし、表紙を貼り……怒涛のように追いあげた。ルリユール倶楽部の力は偉大なり。

というわけで、倶楽部活動当日、胸を張って本づくりハウスへ。


第4回目にできた作業は以下の通り。1回の倶楽部活動で2、3冊を大なり小なり進められれば御の字、ということにしよう。

ルリユール倶楽部
2024年7月某日
 作業記録 
● 書物装飾・私観(ボネ):進捗なし
● 朗読者(シュリンク):進捗なし
● 若草物語(オルコット):革剝き(途中まで)
● クマのプーさん(ミルン):シャルニエールの革剝きと固定
● モモ(エンデ):カルトンのビゾーテ、フィセルの固定

この日は、最も遅れている『モモ』から取りかかった。朝、家をでる前にカルトンにやすりをかけてビゾーテしておいたものだ。「ビゾーテ」とは面取りのことで、ルリユールにおいては本は平らであるという常識は覆り、その表紙は丸みを帯びている。ビゾーテや革剝きの工程で丸みをつくるとき、わたしはいつも液体の表面張力をイメージする。そのくらい、微かな丸み。

ビゾーテしたカルトンの穴に、5本のフィセル(糸かがりの支持体の麻ひも)を通す《写真2枚目》。この古い様式が「パッセ・カルトン(passé-carton)」と呼ばれる所以は、こうして支持体をカルトン(carton)に通す(passer)工程にあるのだとか。

次は『クマのプーさん』のシャルニエールに取りかかる。「シャルニエール」とは蝶番を意味するフランス語で、表紙のノドの部分に貼る短冊状の革のことだ。剝き終えたら糊を塗り、段差に沿わせながら貼る。この工程に特化した骨へらを用意する人もいるほどで、かよさんも然り。かよさん手製のへらを借りて作業し《写真1・3枚目》、しばし乾かす。

シャルニエールを乾かす間、『モモ』に戻る。さきほど通したフィセルを短く切り、糊で固定する。このとき、パツンと一直線に切るとそのラインが見返しに影響するので、亜鉛板の上で削るようにして繊維の長さをランダムにする。これを扇形に広げながら、薄くのばして貼りつける《写真4枚目》。

ここで、さきほどの『クマのプーさん』のシャルニエールに触れてみる。シャルニエールは半乾きのタイミングで本を閉じるとシワになりにくく、ここらで閉じる。裏表紙のほうも同様にシャルニエールを貼り、再び乾燥。

裏表紙のシャルニエールを乾かす間、再び『モモ』へ。カルトンのフィセルが当たる部分に凹みをつくり、フィセルが収まるようにする《写真5枚目》。そうこうするうち『クマのプーさん』のシャルニエールが半乾きに……。こうしてモモとプーを行ったり来たりするうちに、終了時間が近づいてきた。


と、そのとき、窓の外でざーざーと雨音がしはじめた。雷もごろごろと唸りを上げ、雨の止む気配はない。いま外にでたら、本が濡れてしまう。どうしたものかと思っていると、明子さんが「今日は夜まで大丈夫ですよ」といってくれた。その言葉に甘えて、作業を延長することに。

しまいかけた道具を広げ、『若草物語』の革を剝く《写真6枚目》。かよさんは、この日2冊目の表紙貼りをはじめた。かれこれ5時間以上ルリユールしているのに、ぜんぜん平気。雨音が激しくなればなるほど、ルリユールの時間が見えない何かで守られているようにも思われた。


いつまでもそうしていたかったが、駐車場の閉まる時間が迫ってきた。現実は容赦なく手仕事の連続性を断ち切ってくる。帰路の車中、水底の製本工房の不思議な心地よさの余韻を噛み締めた。



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