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天下布武ローヴァーズ【序章】

時は戦国の世、元亀元年(1570年)6月24日。尾張国の織田信長は浅井長政・朝倉義景討伐のため、近江国姉川に陣を敷いていた。三河国の徳川家康らも援軍に駆けつけていた。

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「おのれ長政、この信長に楯突いたこと、地獄まで後悔させてやる。」

そこに、重臣の佐久間信盛がやってきた。

「信長様、徳川の援軍も到着したようです。いよいよでございますな。」

「おお信盛、ご苦労であった。心強い援軍がおれば我々が優勢。しかし油断は禁物じゃ。」

「左様でございます。しかし、生憎の空模様……信長様、今晩は嵐かもしれませぬ……

信盛の予感は的中した。日没後、急に激しくなる風雨と轟く雷鳴。信長の軍勢は慌てふためいた。

「耐えるのじゃ……!ここを耐えしのぐのじゃ……!!」

1時間くらい経つと、それまでの激しい風雨が嘘のように、一瞬でピタッと止んでしまった。なんとか持ちこたえたか。そう思った次の瞬間、眩い光と轟音が周囲を包み込んだ。信長は、これまでかと、自身の最期を悟った。

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タイムスリップ

信長は目を覚ました。なんだ、助かったのかと。

しかし目の前には、信じ難い光景が広がっていた。レンガ造りの重厚な建物で形成された街並みに、日本人とは異なる肌の色をした人々。そして馬より速く駆け抜けていく鉄の塊。

「ここはどこじゃ……?おい!信盛!どこに行ったのじゃ?」

率いていた大勢の軍勢は跡形もなく消え、ある街の広場にただ一人、信長は取り残されていた。戸惑う信長の耳に、どこかで聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「おお信長様!私です!フロイスでございます!!」

信長の前に現れたのは、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスであった。南蛮文化に関心があった信長と、度々交流のあった人物だ。

「おお!フロイスではないか。これはどういうことじゃ?周りは南蛮人ばかりではないか。ここはお主の祖国か?」

「信長様、それが私にもわからないのです。激しい雷鳴の後、気が付いたらここにいたのです。少なくとも言えることは、ここはポルトガルではありません。私の祖国とは異なる場所です。

フロイスはヨーロッパ出身ということだけあって、周囲の標識や看板の言語表記を見て、自分たちが今どこにいるかを大体察しているようだ。

「信長様、ここは恐らくイギリス国でございます。私の祖国からさほど遠くはない、西洋の国でございます。」

「ほう、西洋のイギリス国の者はこのような着物を身に着けておるのか……そして馬が曳かなくとも動く車……大変興味深いものじゃ。」

「お言葉ですが信長様、これらの衣服や自ら動く車を、私は見たことも聞いたこともありません。恐れ入りますが、あそこの商店を覗いてみてもよろしいでしょうか?」

「ちょっと待て、ワシを一人にするでない。ワシもついて行くぞ。」

街の商店に入り、何かを探しているフロイス。ふと新聞を手に取ったが、その表情は凍り付いていた。

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「にせん……じゅうはち……」

「どうしたのじゃフロイス……?」

「信長様……驚かずにお聞きください……ここは西暦2018年、我々はおよそ450年後の世界に来ているようです。

「ま……誠の話なのか……」

「西洋に住んでいた私でも知らない文化が、ここにはあります。そう考えるのが合理的だと思います……」

「なんということじゃ……我ら二人だけ何故じゃ……」

絶望の淵に立たされた二人。広場に戻り、ベンチにも垂れかかって、ただただ呆然としていた。

人を斬らぬ戦との出会い

この日の街は妙に賑やかであった。道行く人々が、白地に赤十字の旗を広げて、高らかに歌っているのだ。

「しかし騒がしいのう。皆旗を広げて歌っておる。戦に勝利した英雄でも凱旋するのじゃろうか?だとしたら一目見てみたいものじゃ。隙あらば首でも取ってやろうか。

「信長様、急な単独行動だけはお慎みくださいね。」

「ところでフロイス、腹は減っておらぬか?」

「それもそうですね。恐らく……あれが飲食店のようですね。覗いてみましょうか。」

そういって二人が立ち寄ったのは街のパブ。店内は昼間にもかかわらず、酒が入った地元の人々でとても盛り上がっている。

「ヘイ!カモンサムライ!アリガトゴザイマス!」

侍のコスプレをした人だと勘違いされた信長。常連客の一人が興味津々に眺めている。フロイスがその客と片言の英語でコミュニケーションを図る。

常連客が店員に声をかけると、信長とフロイスのもとにフィッシュ&チップスと1パイントのビールが振舞われた。

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「胃がもたれそうな魚の揚げ物と、揚げた馬鈴薯か……庶民の食べ物だが、致し方なし。しかし麦酒は苦いのう。」

「ビールの味は懐かしいですね……西洋に戻ってきた実感が湧いてきます。」

「ところでフロイス、あの箱の中で動いているものは何じゃ?」

「あの方に聞いてみますね……あの箱はテレビジョンといって、別の場所で起こっていることを映し出す箱だそうです。

「ほう、450年後のイギリス国の技術はとても素晴らしいのう。それでフロイス、箱の中では何が起こっているのじゃ?」

「少々お待ちください、聞いてみますね……」

すると突然、店の中が騒然とする。

「Yeaaaaaaaaaaahhhhhhhhh!!!!!!!!」

「何じゃ!?敵の奇襲か!?なんなのじゃフロイス?」

ああああ、お待ちください信長様!敵の襲来ではないようです!刀だけは抜かぬようお願いしますううう!

必死で信長を制止し、先の常連客にこの騒ぎは何かと聞くフロイス。常連客は不思議な顔をしながらも、熱心に語りかけてきた。フロイスはその内容を噛み砕いて、信長に説明する。

「信長様、箱の中で行われているのは『フッボー』という戦だそうです。球を蹴って競う戦で、イギリス国のみならず各地で愛されている、この世界の戦とのこと。その世界決戦を皆見ているようです。」

「ほう……それはつまり蹴鞠ということか?」

「似て非なるもののようです。蹴鞠は鞠を落とさないことを競いますが、フッボーは球を的の中に入れた回数を競うのだそうです。

「つまりさっきの叫びは……イギリス軍が球を的の中に入れたと。」

「それで皆喜んでいたのでしょうね。しかし信長様、すごいですよこの戦は。箱の中には何万にも及ぶ人々がおりますでしょう。あの人々は皆声を上げたり、手を叩いて応援しているだけの民衆だそうです。戦っているのは、芝で作られた土俵にいる両軍の22名だけだと。」

「ふむ……戦を傍から数万の民が眺めていたり、戦を離れた場所の民が箱を通して眺めている……興味深いが、頭がなかなかついていかないのう……」

二人が興味津々で眺めていたのは、2018年6月24日に行われたFIFAワールドカップロシア大会、イングランドvsパナマの一戦であった。6-1でイングランドが快勝。決勝トーナメント進出を決め、店内はお祭り騒ぎとなった。

信長は店内の盛り上がりではなく、試合後のピッチの様子に着目していた。

「フロイス、この戦は終わると勝者と敗者が握手を交わすのじゃな。

「そうですね。そして、誰も命を落とすことはないようです。このワールドカップという世界決戦は平和の祭典だと、先の者が言っておりました。」

「面白い……面白いぞフロイス!人を斬ったり鉄砲を撃ったりすることがない戦!ワシは平和な世界が生み出したこのフッボーという戦、気に入ったぞ!」

信長が感激していると、先の常連客が帰宅するようで声をかけてきた。信長が食事のお代として永楽通宝を手渡すと、ニッコリと笑顔を残して帰っていった。

「信長様、彼の話によると、この後すぐに日本軍の試合が始まるそうです。セネガルというアフリカの軍との一戦だそうです。」

「誠かフロイス!よし、もう一戦見ていこうではないか!」

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そして二人は日本vsセネガルの試合も店内で観戦した。結果は2-2の引分けであったが、日本の最後まで食らいつく姿勢に、信長は大いに感激した。

「肌が黒い兵の敵軍は人間離れした能力の持ち主じゃった。その強敵に立ち向かっていく侍たちは天晴れじゃ!我々侍もあのようにありたいものじゃ。」

「手に汗握る、壮絶な戦でしたね。誇り高き日本軍でございます。」

「ワシもフッボーという戦をやってみたいのう。」

「ですが信長様、今夜我々はどう過ごすかをまず考えましょう。とりあえずお店を出ましょうか。」

家臣たちとの合流

パブを出た二人は当てもなく、とりあえず最初に落ち合った広場に戻った。広場は妙な雰囲気だ。地元の人々が、何者かを囲んで騒いでいる。

「オー!アナザー・サムライ!!」

騒ぎの中心にいたのはなんと、織田家の家臣と徳川軍の武将たちだった。中には姉川の戦に参加していなかった者もいるが、皆顔見知りの者だ。

「信長様あああああ!!また生きて会えるとは!!信盛感激でございます!!」

「おお信盛!みんな!そして家康も!よかった!皆無事だったのじゃな!」

喜びの再会も束の間、地元の人々が新たな侍の登場にヒートアップしてしまう。スマートフォンのカメラを向けながら信長に近寄ってくる。

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この無礼な南蛮人たちは一体なんなのじゃ!?光る眼のようなものをこちらに向けて……魂でも吸い取ろうとしているのか!?」

「あああああ信長様!!刀だけはやめてください!!あああああ勝家殿も!!困ります!!あああああ!!」

フロイスも、よくわからない何かを向けられているのは不気味に感じていたが、殺生だけは良くないと、必死に武将たちを宥めてまわった。

そこに突然、一人の男が現れ、人々に距離を取るよう話して回り始めた。すると、先ほどまでの山のような人だかりが、ワラワラと掃けていった。この男、先ほどのパブにいた常連客であった。

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「おお、先ほどの翁でないか。助太刀、感謝いたすぞ。」

常連客は、信長の手を取って、笑顔で何かを話し始めた。それを横で聞いていたフロイスが言う。

「信長様、先ほどの飲食店にもいらしたこの者、我々に寝床を用意してくださるそうです。

「おお、それはかたじけない。今夜は翁の厚意をありがたく頂戴しよう。」

信長はじめ、戦国の世からタイムスリップした31名は、この常連客について行った。そこには収容人数2万人のフットボールスタジアムがあった。この常連客は、この街のフットボールクラブの会長だったのだ。

「信長様、この者曰く、この競技場内の会議室でしばらく過ごしてよいそうです。」

「風雨をしのげるだけでも大変ありがたい……お主、恩に着るぞ。」

こうして31名は不安の中、一晩をスタジアムで過ごした。

蹴球軍の誕生

翌朝、不安でよく眠れなかった信長は、朝早くに目を覚ます。そして会議室を抜け出し、フィールドに足を踏み入れた。

「これがフッボーの……土俵か……」

四方を大きなスタンドに囲まれたピッチ。青々とした芝生はよく手入れされている。ここで繰り広げられる戦に思いを馳せると、信長は居ても立ってもいられなくなってきた。

そこに、昨晩スタジアムに泊めてくれた会長が、ボールを持って現れた。

「Good Morning! Do you wanna play football?」

そう言うと、会長は何回かリフティングをして見せて、信長にボールを渡した。信長は、いつか蹴鞠をやった時のことを思い出しながら、見様見真似でリフティングをして見せた。最初から20回のリフティングに成功した。

「Great. You could be a good player.」

会長は大きく目を見開いてそう言うと、次はボールを持ってペナルティスポットまで信長を連れてきた。そして、ゴールに向けてシュートを撃って見せた。信長もそれを真似てシュートを撃つと、ボールは鋭くゴールネットに突き刺さった。

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ボールがゴールネットを揺らすこの感触に、信長は一発で恋に落ちてしまった。そして同時に、会長は信長の溢れる才能に興奮を抑えられなかった。

「Could you play football with us?」

信長には会長の言っていることが全く通じなかったので、この言葉はスルーされた。

しばらくすると他の者たちも起きて、ピッチにやってきた。信長は興奮しながら、皆にフッボーをやろうと声をかけた。

他の者たちは「何だそれは?」という表情をしていた。しかし、とりあえず蹴鞠の要領でリフティングをやってみると、これが面白いように繋がった。それを見ていた会長の目が、どんどん輝いていった。

「Wow……Crazy SAMURAIS……」

会長は閃いた。そのアイデアを、フロイスを通じて信長に伝えた。

「信長様、この者はイギリス国フッボー大会に所属する軍の大将だそうです。大将は、信長様をはじめとした皆様方を軍勢として、これから始まる戦いに臨みたいと仰っております。

「おお……誠かフロイス?ワシはフッボーでこの国の天下を取りたい。そして、いつかはあの箱で見たような戦場で、多くの民衆に囲まれながら、高らかに勝どきを挙げたいのじゃ。やろうではないか!」

「しかし信長様……ひとつ問題があるそうです。」

「問題とは何じゃ?」

「大将が持つ軍は、財政難でこれから始まる大会を辞退しようと考えていたそうです。大会に出るためには資金を集めなければなりません。」

「そうか……フロイス、ワシに考えがある。」

信長はそう言うと、会議室からひとつの茶器を持ち出した。

「天下の名器、九十九髪茄子(つくもかみなす)じゃ。これは間違いなく高価で売ることができる。」

「名器中の名器ではありませんか……そちらを手放してでも、信長様はフッボーに全てを捧げるということですね。

元居たところに戻る方法もわからぬのだから、ここで取れる天下を、ワシは目指したいと思うのじゃ。フロイス、お主の力を貸してくれぬか?」

「承知いたしました。必ずや、信長様の力になってみせましょう。」

信長が差し出した九十九髪茄子は、後日骨董品オークションで200万ポンド(2億6000万円)の値を付けた。この資金で、会長が所有するフットボールクラブはなんとか、破産を免れることができた。

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信長は、家臣たち30人を会議室に集め、話し始めた。

「皆の者、よく聞いてほしい。我々は450年後の世界、しかもイギリス国という西洋の国にやってきてしまったようだ。今のところ、もとの場所に戻る方法もわからない。皆もそうだと思うが、ワシもこの状況には戸惑っておる。

信長の言葉に、不安な表情を露わにする家臣たち。しかし、信長はそんな家臣たちに熱く語りかけた。

「しかし、この世界にはフッボーという戦いがある。この戦いでは人を斬る必要はない。そしてこの戦いは、民衆をも熱狂させ、平凡な日々に彩りを与える、素晴らしい戦じゃ。昨晩、我々をかくまってくれた翁は、我々にこのフッボーで天下を狙う機会を与えてくれると言う。天下を取るため、皆の力をこの信長に貸してくれぬか!?」

「大うつけ」と専らの評判であった信長。こんなに真面目な表情は、幼い頃から仕えていた信盛も見たことがなかった。それだけの熱意に、家臣たちは誰一人、首を横に振ることはなかった。新たな目標を見つけた家臣たちの目は、キラキラと輝いていた。織田信長が率いるフットボール軍が誕生した瞬間である。

「翁、我々がフッボーでこの国の天下を取って見せよう。」

信長の言葉は、日本語がわからない会長に伝わらずスルーされたが、フロイスが後でフォローした。

「ところで信長様、大会に参戦するにあたり、軍の名を決めなければならないそうです。」

「そうか。翁の軍は何という名だったのじゃ?」

「ローヴァーズだそうです。さすらい人を意味する言葉だそうです。」

「さすらい人か……今の我々そのものじゃな。気に入った!では、それに『天下布武』を付けてみてはどうか。我々の『武』の精神で、この国のフッボーの天下を取って見せようではないか、という意気込みじゃ。

『天下布武ローヴァーズ』ですか。良き名だと思います!」

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2018年6月25日。こうして、天下布武ローヴァーズは天下取りへの第一歩を歩み始めた。

武将たちは選手として、フロイスは監督兼GM、また通訳として軍のためにフル回転する。ビジネス面は、こちらも何故かイギリスにタイムスリップしてしまった豪商、今井宗久が統括することになった。

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また、戦国の武将たちには「フットボール」および「フッボー」という競技名が馴染まなかったため、「蹴球(しゅうきゅう)」という言葉が作られた。

リーグ戦の開幕まで、残された時間は僅か1ヶ月。信長と戦国の雄たちの新たな挑戦が始まります。


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