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【主婦勉!】神社のあれこれについて知りたい~諏訪神編①~

さあ、ラン活も片付けたし、
いよいよ本腰入れて神社を調べよう。
既に相当ややこしそうだと
わかっている諏訪神に
(諏訪神様、ごめんなさい)
いよいよ手を出してみようと思う。

諏訪神は本当に謎だ。
複雑すぎて、
どうやってまとめていいのかもわからないし、
長い年月をかけていろんな人が
研究しまくってわかっていないことを
ただの一主婦がシレーッとも書けないので、
あくまで、あくまで、
諸説ありまくる中で、
一番しっくりきて納得できそうなことを
ふんわりまとめてみたいと思う。
…って、つまりいつもの感じってことだな。

【諏訪神】
御祭神:
・建御名方神(タケミナカタノカミ、以下、タケさん)
・八坂刀売神(ヤサカトメノカミ、以下、八坂さん)
総本社: 諏訪大社(長野県)

総本社の諏訪大社は、
全部で4つの宮からなる。

長野県にある諏訪湖の(ざっと)
南北に分かれて、
南側に
・上社本宮
・上社前宮
北側に
・下社春宮
・下社秋宮

なんとなくだけど、
江戸や京都に近い南側の方が上社、
湖の向こうの遠い北側の方が下社、
と覚えておくと覚えやすいかも。

日本最古の神社の1つとして知られており、
日本書紀にその存在が確認できるらしい。

もともとは上諏訪社、下諏訪社と
別々の神社だったのが、
明治になってから国策により
1つの神社にまとめられた?ようだ。

御祭神は、
基本的には上記のお二方とされているが、
諏訪大社HPにある「由緒略誌」には、
”八重事代主神(ヤエコトシロヌシノカミ、以下、事さん)”が
”合祀”という注釈付きで記されている。

事さんはタケさんのお兄さんですね。
国譲りの時、
美保の岬で釣りをしていたら
建御雷命(以下、雷様)に国譲りを迫られて、
「おけまるフォイ!」つって即OKして、
船ひっくり返して隠れたあの人です。
釣りのイメージからか、
七福神のえびす様と同一視されている。

そして
諏訪大社といえばなんといっても
日本三大奇祭の1つとされている
”御柱祭”と、
冬季、凍結した湖に現れる(毎年ではない)
”御神渡り”が有名だ。
これらはまた後程詳しく。

この諏訪を中心とした
関東甲信越あたり?には、
太古より”ミシャグジ”という神(精霊?)を信仰する
”ミシャグジ信仰”が民間信仰として
広く伝わっていたらしい。

御左口神、御射宮口、御社宮神、などなど、
さまざまな漢字が充てられていることからも
わかるように、
その実態は正直はっきりしていない。

諏訪大社には本殿が設けられておらず、
これはご神体が、
背後にそびえる御山(守屋山)だからだ、
ということが諏訪大社のHPには書かれている。

で、この守屋山の神である”モリヤ神”がつまり
ミシャグジ神(以下ミシャ様)のことだ、
と一般的には考えられているんだそうだ。
モリヤ神=ミシャ様ってことですね。

諏訪大社の特徴は、
諏訪大社には本殿と呼ばれる建物がありません。
代りに
秋宮は一位の木を春宮は杉の木を御神木とし、
上社は御山を御神体として拝しております。
古代の神社には
社殿がなかったとも言われています。
つまり、諏訪大社は
その古くからの姿を残しております。
諏訪明神は古くは風・水の守護神で
五穀豊穣を祈る神。
また武勇の神として広く信仰され、
現在は生命の根源・生活の源を守る神として
御神徳は広大無辺で、
多くの方が参拝に訪れます。
(諏訪大社HPより抜粋)

むー。マイルド。書き方ふんわり。
御山のことは書いてあるけど、
ミシャ様のことは書いてない。

ここからは素人の勝手な浅読みだけど、
上の抜粋内の、
”古くは風・水の守護神で~”あたりが、
例の
土着のミシャ様のこと、
”武勇の神として~”が、タケさんのこと
なんじゃないかなぁ…
つまり、もともとミシャ様がいたとこに、
タケさんがやってきて、習合~!的な?

そもそも、
・神社が4つもある、
・本来神様がいらっしゃるはずの本殿がない
・ミシャ様は謎の神様
・あげくユダヤ伝説まで登場
と、だからほんとに諏訪はもう謎なんス。
謎の宝庫。謎ジンジャーです。
公式HPですらこのマイルド加減だから、
もう複雑すぎ&歴史がありすぎて
やっぱりわからないことが多いんだろう。

という訳で、諏訪神は
”諏訪神”という1項目ではとても語れないくらい
複雑怪奇で、
しかも歴ヲタとしては、
諏訪といえば、武田信玄・勝頼なので、
そこに触れない訳にもいかず
どうしよう?もう何を調べたらいいの?笑

と、いきなり大混乱の幕開けです。
まぁ興味のあるところから少しずつ
掘っていこうと思う。
神様、どうかお手柔らかに…


ミシャ様のことはひとまずおいておくとして、
とりあえずタケさんについて調べてみる。

タケさんは
古事記においては”建御名方命”と呼ばれ、
他の書物では
”南方刀美命(みなかたとみのかみ)”をはじめ
いくつか呼び方はあるが、
どれも「方」という漢字が
ついているのが特徴だ。

『古事記』では大国主命の息子とされているが、
母はわかっていない。
一方『先代旧事本紀』では、
大己貴神(大国主命、以下ぬー様)と
高志沼河姫(コシノヌナカワヒメ、以下コッシー)の間に
生まれた子とされている。

彼もいわゆる「国譲り」の場面で出てきた神で、
兄である事さんが、
高天原から来た雷様に国譲りを迫られて
あっけなくオケ丸した後に、
次は俺が相手だと言わんばかりに
登場したのがタケさんで、
雷様と戦ってはみたものの玉砕し、
追いかけられるがまま長野に逃げて
(というか、
もともとタケさんは諏訪あたり出身らしい。
諏訪に来てたぬー様がここでコッシーと出会い
生まれたのがタケさんて話)
ここで降参して「もうここから出ないから」
つって許してもらったという神話がある。

でまた彼の母のコッシーってのが
相当有力な姫っぽくて、
”高志沼河姫(コシヌナカワヒメ)”と書くんだけれど、
高志=古志=越、全部「コシ」で、
(長野よりかはちょっと上だけど)
北陸新潟あたりにはとにかくこの3つの漢字に
ちなむ地名が多い。
上越、中越なんかからはじまって、
山古志村とか、古志郡もそうだし、
あのコシヒカリもまさに「コシ」なわけで、
その名の大元が彼女なんじゃないかと。
私は勝手に想像している。

と、また話が全然違うところに行ってしまった。
話は諏訪大社だ。

で、雷様に「ここからもう出ません」と誓って
許されたタケさんだけれど、
逃げてきた諏訪にはもともと
「モレヤノミコト(以下モレさん)」
という神様がいて、
...って、あれ?
諏訪にもともといた神様は
ミシャ様じゃなかったっけ?

ってなるけど、
”モレヤノミコト”、
漢字で書くと”洩矢命”、
諏訪大社のご神体は”守屋山”(モリヤ)、
モレヤ?モリヤ?モ…リヤ。モリヤ。
はい。一緒です。
いやいや。一緒です。
モリヤ神=ミシャ様らしいので
もうこれは同じ神認定で良い...でしょう!
※独断と偏見です。

神話によると諏訪にやってきたタケさんは、
このもともと諏訪をおさめていた
モレさん(=たぶんミシャ様)と戦い勝利。
モレさんが降参して、
で、そのモレさんを神長官という役職にすえて、
一緒に諏訪統治にあたったということだ。
神長官というのは、
諏訪大社上社五官の筆頭である。
そしてこの後、
少なくとも江戸時代くらいまでは、
守矢氏が代々諏訪大社の
神長官をやっていたようだ。

そして諏訪神社を語る上で、
もう一つ大事な氏族が諏訪氏だ。

諏訪氏の出自には諸説あって、
タケさんの末裔だとか、
神武天皇や桓武天皇の子孫だとか
なんとかいろいろあるんだけれど、
彼らは上社の大祝(おおほうり)という
神職を代々務めてきた一家で、
神氏などとも言われている。

大祝は神職であると書いたけれど、
もっというと現人神に近く、
信仰の対象になっていたそうだ。
ミシャ様を大祝に寄り憑かせる
スタイルだったらしく、
なので大祝には幼い子供が選ばれ、
かなり厳しい禁忌というか、
穢れのないようにある意味管理され、
在位している限りは、
諏訪からは出られないといったような
制約が課されていたようだ。

そのうち神官のみならず、
武家としても頭角を現しはじめ、
ピークの頃は
武田信玄が諏訪氏の娘を側室にして、
勝頼を産み、
その後いろいろあって勝頼が
信玄の後継ぎになったけれど
織田徳川連合軍に負けて、
武田家は滅亡。
でも諏訪氏はなんとか続いたらしい。

一方タケさんの嫁の八坂さんが
祀られている下社は、
科野国造家からわかれたとされる、
金刺家が代々大祝を務めてきた。
が、上社の諏訪家とたびたび衝突し、
最終的には戦国時代末期あたりに
滅亡してしまったようだ。

などと調べていくと、
そもそも上社下社って何なんという
めちゃくちゃ基本的な所に行きつくわけで、
これやっぱり1回では無理だな。
次に続きます。

※あくまで何者でもない素人主婦の
ちょい調べですので、
間違っているところもあると思います。
ざっとこんな感じかな程度でお楽しみください。

※神様のお名前を略したりしてけしからん、
とかあるかと思いますが、
長い名前による知識吸収の挫折を避けたく
このような形にしています。
悪しからず…