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カエルの死骸を見た。【グロ注意】

昔書いた記事を振り返ろう〜のコーナー。
今回は、2020年3月に書いた記事。
僕自身、今よりも言葉にする能力が低く、その感じがわかるかと思います。
あとがきと比べるとなおさら。

二匹のカエルが死んでいた。
どちらも10-15cmくらい、十分に育った大人のカエルとみた。
道路で死んでいた。

二匹とも完全に頭が潰されていて、そこから何かドロドロとしたものが出ていたのが固まっていて、風に吹かれていた枯葉が優しく頭を包むようにくっついていた。
その道路は、公園と市が管理する区画された小さな林の間を走っている。
おそらく区画された林から道路に出てきたところを車に轢かれてしまったのだろう。

散歩していたのは深夜。
普段なら、恐怖を感じながら避けるように歩いたかもしれない。
しかし、僕はその亡骸を前に呆然と立ち尽くしてしまった。
感動、と言うと表現が間違っている気もするが、確かに心が大きく揺さぶられていた。

二匹のカエルは男女だった。
生体的に片方がオスで、もう片方がメスだったと言うのが一つ。
メスのお尻あたりからドロっとした何かが溢れていた。
もしかすると糞だけではなかったのかもしれない。

そして、驚くことにオスのカエルの片腕がメスの背中の上に乗っていたのです。
死の危機を前にして、オスカエルがメスを庇ったとしか思えないような構図でした。
本当に、愛し合っていた男女のよう。

なぜ、二匹は死んだのか。
林のなかで暮らさなければいけないルールなんかない。
人間は、人間とだけルールを制定し、場所を整備、区画している。
誰もカエルとルールを決めたわけじゃない。

カエルはうっかり人間を殺したことがあるのだろうか。
僕は人間だ、カエルにはなれない。

なぜ、二匹は二匹で死んだのか。
何かが僕の心を突き動かす、その感覚が確かにあった。
とりあえず、今急いで文字にした。

あとがき

あまりにも言葉足らず。子供じゃないんだから、もっと自分のことは自分で説明できるようにならないとね。
まだ不十分ではあるけれど、当時の様子について、もう少しだけ補足させてください。

深夜

深夜という状況がやはり特別なんですよね。
まずは、思う存分、孤独を堪能して良い感じがある。
昼間は、やらなきゃいけないことがあったり、気にしなければいけないことがあったりするが、深夜は違う。
別に淋しさに苛まれているわけではないのだけれど、淋しがりたいのならとことん淋しがっていいよと受け止めてくれる感じが深夜ならでは。
あと、何かの奇跡を待ちわびることが許されている時間な気もします。
だから、深夜という時間帯は、その意味で少しキラキラしている。
でも、昼間にはない危険性を深夜は孕んでいる。
見えないものへの警戒心で体に緊張が走りつつも、それが逆に、見える人/モノへの一体感を生んでいるような気がする。
コンビニの灯りがどこまでも優しい。
そんなデンジャラスに煌めく深夜という状況はとても魅力的。

そんな時間に出会う2匹のカエル、というシチュエーションだったわけです。
体長10-15cm程度の完全に成熟した大きなカエル、それが2匹並んで死んでいる、なんて見たことないでしょう。僕は人生初めてでした。

この時点で既に、僕が彼らを前に素通りしないだけの状況は完成されていたのだと思います。

なぜ死骸を見続けることができたのか

で、よく見てみると驚くようなことばかり。
完全に頭は潰されているわ、体のなかは飛び散っているわ、あたりの枯れ葉と一緒になって道路にこびりついてるわ。
このときの心情は、もう少し補足したほうがいい。
まず、深夜なので誰もいません。そして、ここにあるのは非常にグロテスクな死骸たち。
わっと目を背けたくなるような姿だし、日中なら周りの目を気にして意図的にでもそうしているであろうという自分を想定することができます。
だからこそ、その逆をしてみる、というような感覚でした。
簡単に言えば、普段できないことができるんだから、別に見たいわけではないけれど、じっくり見てみよう、という逆の強制力とでも言いましょうか。
なので、耐えるように見ていたのを覚えています。

なぜ文章にしようと思ったのか

ただ、1匹のカエルの手がもう片脳の背中の上にあるのを見て、一気に見方が変わりました。
単にグロテスクな様を目で受け止めようとする、ということではなく、「なぜそうなったか」を考えるための対象になった感じです。
だって、あまりにもその手が優しく、力強く置かれていたものですから。

彼らを、我々人間と変わらない生き物として、その思考や動向について考え始めました。

どうやって死んだんだろう、あぁ、こっちから出てきたのか。
まずメスが出てきて、車に気づいて後からオスがやってきたのかな。
オスは本当にメスの方を守りたかったように見えるな。
だって車の進行方向に対して、車が向かってくる方にオスがいたんだから。

なんでメスは出てきちゃったんだろう。
向こうにある公園に何かようだったのかな。
水溜まりを見て、飲みたくなっちゃったのかな。

オスはどうして命をかけて守りたかったのだろう。
メスのなかに子供がいたからかな。
確かに、体内から出ているものの量が、メスの方が大きくて重たそう。

そこに見える家族愛というのは、人間に見るそれと全く変わらないものがありました。
そして押し寄せてくる、途方もない悲しみ。
家族もろとも死んでしまった彼らですから、それを悲しむカエルすらいないかもしれません。

悲しまれることのないカエルが、存在と非存在の間を彷徨っているように見えました。

だから、書いておきたかったのです。彼らがいたということを、まずは伝えたかったのです。
それと、強烈に感じた理不尽を僕は書き留めたかったのです。
「じゃあどうすれば良かったか」なんて今でもわからないけれどさ。

なぜ轢かれなくちゃいけなかったんだろう。
この林のなかだけで暮らしてろだなんて、あんまりだよな。

ごめんな。ごめんな。
最終的には謝っている自分がいました。


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