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千鳥というアイデンティティ

#自己紹介 #アイデンティティ

apple musicのマイプレイリストをスクロールすると、邦楽、洋楽、K−POP、ジャンルもJ-POPや邦ロックを中心に、ミュージカルやディズニーのサントラ、はたまたラップやEDM、かと思えばクラシックやジャズミュージックも並ぶ。J-POPの中でも、1980年代の懐メロから、Tiktokでバズっている最新chill outソングまで、すべての世代、ジャンルの曲が同じくらいの再生回数で並んでいる。どんな曲聴くの?どのアーティストが好きなの?の質問にはいつも何でも聞きますと答える。だってどれも本当に好きで、どれを聴いている時も、どれを好きな自分も紛れもなく本当の自分だから。

思えば小さい頃からわたしは全部を知りたがる、やりたがる子供だった。幼稚園の頃の最後の夢は「何でも屋さん」だった。年少さんでケーキ屋さん、年中さんでお花屋さん、年長さんで1つに選べないとなったわたしが行き着いた答えは「何でも」だった。けれど、この「何でも」好奇心をもつ性格は、成長していくにつれて自分のコンプレックスになっていった。

小中高までは、好奇心の一番の対象は勉強だったのでわたしは勉強が大好きだった、新しいことを、自分の知らない世界を知れることが何より楽しかった。お母さんには宿題しなさいの代わりに、なんでそんなに勉強するの?とよく不思議がられていた(笑)そのおかげで、高校、大学は指定校推薦で、都内の進学校にすいすいと進んだ。偏差値の高いところへ行けば、よりたくさんのことを知れる環境があると思っていたし、将来、より多くの選択肢があると思っていた。これといって自分の好きなことが見つからない私は、可能性を広げることでそれがいつか見つかるのだと信じていた。しかし大学4年、さらに休学をして留学に行っても、自分のやりたいことは見つからなかった。そして迎える就活、結局自分の軸も、やりたいことも定まらず、海外の研修制度があるという理由で、そこそこ名の知れた貿易・物流関係の会社に就職した。地位やお金が欲しいというよりも、自分の好きな事、自分に合った仕事がしたい、でもだからといって安定していないスタートアップにいく勇気も、就職せずに世界一周しようという勇気もなく、結局可もなく不可もない大手企業に就職した。

どんな環境に行っても順応して楽しくできてしまう性格なので、そこそこにお給料をもらって、残業もあるけど好きな時に休みも取れるいわゆる一般企業の中で、わたしは日々を謳歌していた。平日の仕事終わりは大体毎日予定が入っていて、(会社の先輩達に飲みにつれていってもらったり友達とご飯を食べたり)土日は有休つけて旅行三昧して、Instagramに投稿するたびにれーかって仕事してる?と色んな界隈からコメントをもらうくらいには充実した日々を過ごしていた。でもその傍ら、仕事や人生にはずっと物足りなさを感じていて、わたしって何がやりたいんだろう、と自問自答を繰り返していた。そこで気付いたのは、わたしは人生においてこれ!というやりたいことはきっとできない性格なんだということ。可能性を広げることは得意だけど、可能性を絞る行為が極端に苦手。好奇心旺盛である反面、飽き性で新しいこと好きなので、今までも1つのことにずっと打ち込むことはしたことがないし、きっとこれからもその生き方は自分には向いていない。

じゃあどうしたらいいんだろう、もやもやの答えは出ないまま、新たな刺激がほしくて江ノ島のシェアハウスに引っ越した。アートがコンセプトのシェアハウスということもあって、13人の住人の中で、通常のカレンダー通りの都内勤めの会社員はわたしだけ。みんな何か自分のやりたいことを持っていて、フリーターをしながら夢を追いかけていたり、フリーランスとして自分の好きなことを仕事にしていたり。そんな人達と一緒に暮らすことで、わたしってなんでやりたいことが見つからないんだろうと自己嫌悪に陥ることも多々。この人たちとは住む世界が違うんだ、そう言い聞かせた。そんな折、友達に誘われた合コンで外資系コンサルといういかにもお金持ちの男の人たちと関わる機会があった。そこで思ったのはこの人たちとも住む世界が違う。ここでまたいつもの自己嫌悪、わたしってなんでこんなに「中途半端」なんだろう。どちらにも振り切れない自分がとてつもなく嫌いだった。

でも周りの友達に話すうちに、「中途半端」じゃない、中間にいることこそが、自分のアイデンティティなのだと気付いた。それぞれ住んでいる世界が違いすぎて、きっとタワマンに住んでるコンサルマンとシェアハウスに住んでいる無職マンが出会う機会はきっとほぼないだろう。でもわたしは現時点でどちらの世界の人とも、すぐに会える環境にいて、すぐに話せる関係性も持っている。どちらの世界も理解できるし、どちらの世界も尊敬している。そんな人は意外となかなかいないのかもしれない。自分が好奇心によって半ば無意識に紡いできた人間関係はとても幅が広く、実はすごいことであり尊いものだと気付かされる。

「何でも」好奇心をもって知りたいわたしだから、中間にいることができるんだ。

このまえ友だちにれーかは千鳥だと、千鳥柄のポーチをもらった。千鳥=千取りの語呂合わせで、色んなことに興味を持ち多くのものを手に入れる、という意味らしい。そこでしっくりきた。

千鳥なことこそが、わたしのアイデンティティなのだと。

わたしは今なら自信を持って言える。




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