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【横須賀】幻のような絶品洋食屋・月印
神奈川県横須賀市、汐入。
戦前は旧日本海軍の門前町、戦後は米軍基地のある町として栄え、スカジャンの発祥地とも言われてきたこの場所に、文字通りマボロシのような洋食屋がある。
細い路地を奥に進むと見えるのは、白とコルク色の縞模様があしらわれた小さな屋根。古い木造建築を外から覗けば、今宵も月夜に煌めくにちがいない赤緑橙のステンドグラス窓ー
屋根上には大きくこう掘ってあった。
【月 印 cafe antique】
そう、ツキジルシという店だ。
数時間前、私はひとりこの店のランチタイムを訪れた。
けれど月印なんて店ほんとうにあったのかなという思いが、帰宅したいま、私の頭を掠めている。
明日の朝になって、祖母や妹を連れて同じ場所に行ってみたら、そこには何もない原っぱが広がっているんじゃないか…。
そんなベタなジブリ展開を一人で妄想しちゃうくらい、【月印】はいろんな面で現世離れしている店だった。もちろん良い意味である。
このままいくと眠くなりそうなので先出しすると、
①店についての情報がネット上にほとんど無い
②屋根裏にキキが借り住まいしてても違和感ない店の雰囲気(しかも店主の女性がたったひとりで切り盛りしていてジブリなら間違いなく主人公のお世話キャラ)
③出てくる料理がサラダからパンから肉からデザートまで、どれもとんでもなく美味しい。食通じゃないけど、都内でもこのレベルはなかなか無いと思う、、
といった感じだ。少しは伝わるだろうか…?
とにかく付け合わせも含めたすべての料理に手が込んでいて、店に一歩踏み入れると、うっとりするような、心地よい時間に包まれているのである。これは非日常ではない。どちらかというと〈現世離れした〉ということばがしっくりくる気がする。
***
今回、ある理由があって、この店のことをなるたけ具体的に記録しておくことにした。何度も言うが食通ではないので、多少の味付け描写のミスはあるだろう、そこはご愛嬌で。
…でもお腹が空いているときには読まない方がいいかもしれない。昨晩みた不思議な夢みたいに書こう。
行くまで何が出てくるかわからない
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今回、特段食通でもない私がこの店をわざわざ記事に残すことにしたのには理由がある。
それは月印が店内撮影禁止ゆえ、ネット上にほとんど情報がないからだ。
実際、食べログで検索してみたが外観の写真しか出てこなかった。(数枚だけ掟を破っている写真があるものの、メニューは判断できず)
Googleマップでもやはり同じ。
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そして驚くことに、この月印、店側としてもメニューや料理系統などを一切発信していない。
なので、メニューはおろか和洋中すら、入ってみるまで分からないのである。
行く前に分かるのは、店名・住所・営業時間、そして店の外観だけ。
※口コミを丁寧に読む方であれば、みんなの文章から料理をなんとなくイメージできることと思うけれど、私はその辺りがガサツなので…
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自分でも、この情報量でよく行こうと思ったなと思う。だけど私みたいな人は思いのほかいたようで、13時前に到着すると店は満席、私が入った後は外に行列が出来ていた。
この感じでこの混み具合は、期待できるぞ。
(食べ物にネタバレという概念があるなら)ネタバレします…。
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それで何を出している店なのか。(ようやく話が辿り着いた)
ネタバレされたくない!ドキドキしながら店に行ってみたい…という方がもしいれば、ここで引き返してください、!
***
月印は12:00-21:00を通常営業(火曜定休)としており、私はランチタイムで利用したのだが、この日のメニューは2つ。
やまゆりポークのバラ肉塩焼き
豚肩ロースのグリーンカレー
どちらも美味しそうで迷う。
私は外食カレーが結構好きなので、グリーンカレーの方でお願いした。
するとサラダ・パンに、食後のコーヒーとデザートも付けさせていただきますと店主の方が言う。
そんなに全部ついてくるのか、びっくり。
それにしても、店主の方の丁寧さが本当に本当にすばらしい…。
店に入ると、広々としたアンティークのテーブルに通され、席の横で店主がお辞儀をする。
本日は来ていただきありがとうございます。
メニューはこちらになります、苦手なものはございますか。食後にコーヒーをお付けいたしますが、苦手であれば別のものに替えるので仰ってくださいな。
あ、すみません、一瞬外に待ってるお客さんと話してきても良いでしょうか?
なんのなんの。
まっしろなスーツをシワひとつなくピシーッと伸ばしたような行き届いた心遣い、然もそれでいて客を「お姉サン!」(男性ならきっと「お兄サン!」)と呼ぶ気さくな女店主が、何より看板なんだなこの店は。
小さい店とはいえ、客一人あたりのテーブルをだいぶ広めに用意しているのも、お客さんがゆっくり寛げるようにとの配慮からなのだろう。桜が描かれた白緑色の花瓶に、紫のキキョウが数輪。ステンドグラス越しにぽかぽか陽が差して、店内はみな其々穏やかにじぶんの時間を過ごしている。
あゝなんて至高…
お野菜ってカレースパイスで和えるとこんなに美味しいんだ
店の雰囲気に浸りながらデボラ・レヴィの『ホットミルク』を読んで待っていると、少し経って料理が運ばれてくる。
メインにしてはちょい少なめか?
私は本から顔を上げた。
いやサラダだ。こんなにたっぷり…!
しかも盛り付けが芸術的なのです。
これだけ色んな味付け、食感のものを組み合わせて黄金比を探りあてるのに、もの凄く工夫を凝らしてきたんだろうな…と思わせる一皿。
まず生野菜の王道であるトマト、キュウリ、ベビーリーフなど…。今朝畑でとってきましたと言わんばかりの新鮮なお野菜たちが、前菜と思えない大皿に、美味しそうに盛り付けてある。全体にはオリーブオイル×酢をベースとした(おそらく自家製の)ドレッシングが。なんて爽やかなお味。
かと思えば、その傍には厚切りめのズッキーニやピクルスなどが。これがね、カレースパイスで和えてあるんですよ、本当に天才だと思った。酢ベースの鼻に抜けるような爽やかさと、濃いめのカレー風味。この組み合わせが一皿のなかで愉しめるなんて…。ズッキーニ厚切りなのもいいよね。
(で、勘のいい客はここで気付く、メインのカレーも間違いなくうまいと。)
そしてクスクス。これ大好きです。
上ふたつのお野菜群の間にたっぷり乗っている感じで、単体でも、組み合わせて食べても美味しい。
本当にいちいちうまい。
何なら都内の喫茶店によくある手のひらサイズのプチサラダかと思っていたのに(もちろんあれもあれで良い)、見た目に麗しく食べて美味しく、キラッキラ陽に輝いてる一皿だった。ふう。
煮込んだズッキーニと同じくらいホロホロの豚肩ロース、グリーンカレーが達した境地
ついにメインのカレー!
と思いきや、サラダを食べ終えるとすぐ、ハード系の丸パンが運ばれてくる。カレーがもうすぐなら待っていようかなとも思ったが、焼きたてほくほくのパンが大きくふた切れにしてあって、断面にバターの塊がたっぷり乗っているので、この瞬間を逃すわけにはいかなかった。もちろん、当たり前に美味しい。
さて、いよいよグリーンカレーだ。
運ばれてきた。
これがまた、見目麗しい。
きれいな若葉色をしたルーの表面で、溶け出たオイルが透き通るように光り、仕上げのミルクと混ざり合ってお日さまみたいな色をしている。
真ん中には大きな、豚肩ロースの厚切りが。
これが本当にホロホロでやわらかくて、びっくりした。ナイフをもらわなかったのであれと思ったが、軽くスプーンを入れれば崩れるくらいの煮込み具合に、きちんと仕上がっているのだ。
ルーもまた、ミルクのまろやかさがちょうど良く染み込んで私の大好きな味だった。本場のタイカレーはココナッツミルクを使用するみたいだが、このお店のは普通の牛乳を使っている気がする?
私はココナッツがあまり得意じゃないので、そういう意味ですごく日本人の舌に合った味付けになっていると思う。辛さも殆どない。
お肉と一緒に入っていた具材は、ナスとズッキーニ。ここでもズッキーニが登場します。いずれも一口大の厚切り、でも芯までやわらかく煮込んであって、野菜好きにはたまらない。
パンの残りと一緒にいただいて、大満足のメインだった。次回はやまゆりポークの方を頼んでみようかな。(店主によると、ふだんは鶏肉の料理もあるとのこと!口コミでも「若鶏のバターロースト」と書いている方が。)
落ち込むこともあるけれど、私この街が好きです
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急にまた魔女宅登場というわけだが、お店絡みの写真が無いのでご勘弁。
その後メインを食べ終えると、コーヒー、デザートがお洒落な平たい器に乗って運ばれてきた。
この日のデザートは、ちんすこうに近いようなお粉系の焼き菓子だった。コーヒーはブラックでお願いしたが、かき混ぜ用のスプーンに黒糖がたっぷりと添えられていたので、思わず入れて飲んでみる。甘くなりすぎず、味にコクが出てすごく美味しい。
13時過ぎに入って、15時まではゆっくりしていて大丈夫と言われていた。まだ30分くらいある。テーブル上の電球にゆらゆら映る赤緑のステンドグラスを眺めたりとか、奥の席に座っている外国人男性ふたりは、日本に定住している感じではないけどどうやって此処に辿り着いたのかしら?とか、色々物思いにふけりながら、食後をまったりと過ごした。
月印 cafe antiqueとあるだけに、店内のインテリアはヨーロッパの年代物らしかった。10脚以上ある椅子の、脚のかたちが全部ちがったデザインになっていて、店主は相当アンティークが好きだろうと思われる。どれも可愛い。そういうのが好きな人にはたまらないはず。
最後、お腹一杯だったらお菓子包みますからねと店主が一言かけてくれていたので、平均より少食めの私は、焼き菓子をひとつ包んで帰ることにした。
ということでお会計。
さて、いくらだったでしょうか?
前菜からデザートまで付いてくるので、都内であれば3000円は行くだろう。ところが1800円でした。もはや破格といった方がいいかもしれない。
東京では隠れ家レストランが広がりすぎてもはや隠れられなくなった時代、藪をかき分けて月印にたどり着けた幸せは筆舌に尽くしがたい。コーヒーの最後の一滴まで、店主の温もりがじんわりと沁みていった。こういう出逢いを生涯、大切にしていきたいものだ…。
横須賀は私の生まれた街で、大好きな祖父母の暮らしている街で、夏休みにわがまま言ってナイトタイムまで遊んでた市民プールとか、買い物袋を持った祖母におんぶしてもらった帰り道の長い階段とか、そういう、大人になった私がすまし顔でよく忘れるあの頃がぎゅっとつまった場所だ。
旅は帰るべき場所があるからできるのだと言う。
また横須賀に帰ったら、私は月印の扉をあけよう。
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◇お店情報◇ ※2024年5月6日時点
月印 cafe antique
〒238-0008
神奈川県横須賀市大滝町1丁目27
営業時間:12:00-21:00(火曜定休)
店内での撮影及び二十歳未満の方の利用は控えていただいているようです。
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