怖がりな私の乳がん生きのばし日記 ⑭意識のあるまま胸を切られた追加手術
2021年7月5日
抗がん剤どうしよう? オンコタイプDX受けるべきか……? と迷っているうちに、追加手術の日になってしまった。
前回は病室から看護師さんに連れられて手術室へ向かったが、今回は外来からひとりで手術室へ向かう。
意識があるなか胸を切り裂かれるとは、いったいどういう感触なのか? 怖い、引き返したい……という思いは、前回と変わらない。
手術室のある4階で受付をすると、入院時と同じように手首にリストバンドを巻かれる。
待機室で待っていると、今回は前の手術が押していないらしく、予定の11時よりもはやく呼ばれてしまう。手術着を身につけた看護師さんがあらわれ、私に付き添う。逆に不安になるくらい優しい物腰なのも、前回と同じだ。
ただ、前回とちがって今回は更衣室へ通される。更衣室なんてものがあったのか。なぜ前回は手術台の上で着替えさせられたのか……
着替えて手術室へ向かう途中、看護師さんに尋ねる。
「途中で麻酔が切れる、なんてことないですよね……?」
「そんなことありません!」と全否定の答えが返ってくることを期待して、精いっぱい軽い口調で聞いたのだが、看護師さんは真剣な顔で私を見つめ、
「痛かったらすぐに言ってくださいね。痛みを我慢してもいいことありませんから」と告げ、恐怖のあまりすぐさま逃げ出したい気分になる。
もちろん逃げ出すことはできず、やむなく手術室へ入ると、先生と看護師さんたちが待ち構えている。前回は麻酔科の先生たちがいたが、今回は先生以外は女性ばかりだ。
手術室にはなぜか90年代ポップスの微妙なカバー集が流れている。手術台の上で横になり、てんとう虫のような照明を見ながら、なんとなく曲を聞いていると、「歩いて帰ろう」のイントロが流れた……
かと思うと、斉藤和義ではなく、あんた誰?という声が「走る街を見下ろして~」と歌い出す。
「BGM、これでいいの?」と、先生も微妙な顔つきで聞いてくる。
別によくはないが、好きなミュージシャンの曲にしてもらっても聞く余裕もないだろうし、なにより手術に集中したいので(執刀される側だが)
「はい……」と返事する。
念のため、先生にも
「途中で麻酔が切れたりしないですよね……」と言ってみると
「痛み止めを注ぎ足しながら、手術するから」と返ってくる。
痛くありませんように……と、まな板の上の鯉状態で祈る。比喩ではなく、まさにまな板の上にのっているのだから。
血圧を測られたり、胸のまわりに心電図の端子を貼られたりしていると、看護師さんが小型の物干しのようなもの、あるいは陸上のハードルのミニチュアのようなものを取り出し、私の首もとに置く。そして上からタオルをかけて、首から下が一切見えないようにする。
胸を切り刻まれ、流血沙汰になるさまが丸見えなのかと思っていたが、そうではないようだ。ちょっと見てみたい気もしていたので、あら残念……と心の中でつぶやく。
左胸に痛み止めの麻酔をうたれる。1本ではなく、続けて3本くらいうたれる。チクっと感じるたびに、「痛いです」と声を出す。まだ痛みの感覚があるのに、胸を切られたら一大事だ。
けれど、そのチクっとした痛み以降は何も感じなかった。いや、正確には何も感じないわけではない。胸を平たくのばされたり、右へ左へぐいっと寄せられたりしている感触は伝わり、パンを作るときの生地のように扱われているのだろうか? と想像がふくらむが、痛みはない。
先生が「電メ」と看護師さんに言うと、いよいよ電子メスで切られるのか……と覚悟をしたが、何も感覚はない。
時おり、胸のまわりやおなかを拭かれているので、血が流れているのだろう。なんだかスプラッターな光景が頭に浮かぶが、タオルで視界がふさがれているので、どんな事態になっているのかまったくわからない。
「ここが生検の痕で……」と、先生が説明している口ぶりから、手術室には看護師さんのみならず、研修医もいるようだ。
合間合間に、先生が「大丈夫?」と何度も聞いてくる。
しかし、手術台で胸を切られている状態で、「大丈夫?」と聞かれても、どう答えればいいのか? 「大丈夫なはずないやろ!」と答えたら、いったいどんな反応が返ってくるのか?
なんて考えるが、もちろんそんなことは言えず、ただ「大丈夫です……」と小声で答える。
そんな手術のさなか、先生は手術台の上の私に
「抗がん剤どうする?」とも聞いてくる。
「考えているんですけど……」
「一応するつもりって言ってたやんね」
「はい、そうですね……」
「仕事の都合は大丈夫?」
「仕事の方はまあなんとか……いまは落ち着いているので……」
「学生時代から、ずっと英語の勉強しているの?」
「いや、学生時代は国文専攻だったんですけど……」
「英語ってどうやって勉強するの?」
「いや~それは私も教えてほしいですね……」
いや、特許事務所に勤めているけれど、特許文書や、先生がふだん読んでいるような医学論文を読んだり訳したりしているわけではなく、翻訳として関わっているのはミステリーや一般書であり、いわゆる出版翻訳と呼ばれる分野で……ということまで、手術台の上で胸を切られながら説明する余裕はなく、会話は尻切れトンボとなった。というか、いまここでする話??
そうしてまた、胸にチクっと痛みが走る。あわてて「痛いです」と言うと、痛み止めの追加をしているとのことだった。そのあと再び、
「大丈夫?」と先生に聞かれる。
ほんまこの状態で大丈夫?って聞かれても……と、つくづく考えていると、なんだか笑けてきたので、返事をしないままニヤニヤ笑いをこらえていると、いったい何事かと看護師さんたちが一斉に私の顔をのぞきこんだ。痛みや恐怖のせいで頭がおかしくなったと思われたのだろうか。
なんだかんだで手術も終盤に入り、胸を縫われているようだ。痛くはないが、裁縫と同じように糸を走らせている感覚が伝わってくる。
そうしてついに、先生が
「はい! ありがとう!」と部屋中に呼びかける。
どうやらこれが手術終了の合図らしい。
よく頑張った……先生が? 看護師さんが? いや、私が!
看護師さんに支えられながら、ゆっくりと起きあがる。
左胸にはしっかりとガーゼが貼られている。来週の抜糸まで、お風呂に入っても左胸を濡らさないように、などの注意を聞いたあと、よろよろと手術室を出る。
めったに味わえない貴重な経験だった。そんじょそこらのテーマパークやホラー映画よりもドキドキハラハラできる、エキサイティングな体験だ……
もう二度と御免だが。
↓「歩いて帰ろう」「歌うたいのバラッド」「ずっと好きだった」……どれもいいけど、この歌がとくに好きですね。
♪そんな日は君の胸が僕を子供に戻す~
↓↓↓サポートしていただけたら、治療費にあてたいと思います。(もちろん強制ではありません!)