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【2/3フィクション小説】一条麗子でございます。–第1話プロローグ


銀座の女になって、

気がつけばもう28年。


育った境遇から

逃げるようにして

上京した18歳。

本当にお金の無かった時代。


最初の2年は、

渋谷円山町のラブホ街に

静かに佇む呉服屋で

昼間アルバイトしながら、

夜は、道玄坂の古びた雑居ビル

ファイブビルのミニクラブで、

中途半端な水商売に片足突っ込んだ。


そこで出会った

「会長」と呼ばれる

正体不明で只者ならぬ上村というおじさんに、

ある日

『君は銀座に行きなさい』

と言われ、

連れられるがまま

口利きしてもらい

銀座の高級クラブに入店したのが

そもそもの始まり。


20代前半は

品のない関西弁は抜けないし、

育ちの悪さも相まって、

いつまでたっても

売上のおねえさん達には程遠くて。 


会長はわたしを紹介して、

様子をうかがいに

ほんの2、3回顔を出したきり、

プツリと来なくなったのが

何より心細いことだった。


お酒が強いだけが取柄で

売上のおねえさんたちのお客様の

山崎や響といった

高級ウイスキーボトルを、

夢中で空にするのが役目だった。


ヘルプから抜け出せず

6畳ひと間の古いアパートに

千鳥足でやっと帰っては、

トイレで口に手を突っ込み

全てを吐いてリセットするような、

そんな銀座の毎日が、

嫌で嫌でしょうがなかった。



「稼げないなら辞めちまえ!」

と罵られるのはほんの挨拶替わり。


「こんな子銀座に連れてくるなんて、

会長もとんだ見当違ね。」

と、時折看板ホステスたちに

冷ややかに言われるのが

本当に苦痛だった。


客を呼べず売上が無い分、

店の掃除や買出しや

おねえさんたちの使いっ走り、

自分にできることは何でもやったけど、

ママからは

「仕事してないでしょ」

と、お給料をもらえない月もあった。


言い出したあの人が

責任をとって通ってくれたら

どんなにいいか…。

しまいには、

上村への恨みつらみを

自分自身でも抱くようになっていき、

たいして可愛くもきれいでもない

ただ芋くさいだけの自分が、

恥ずかしく惨めで憎かった。


それでも

同じ大阪出身の玲子ねえさんや、

わたしより遅れて入店した

同僚の由子ちゃん、

そして、初めてこんな私を指名して

通ってくださるようになった

とある老舗酒蔵の若旦那

乙守に出会い、

23歳過ぎた頃から

徐々にわたしのホステス人生は

面白いように道が開けていく。

それぞれとのその経緯は

後に追々綴っていきたい。


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出会った当時35歳だった乙守も

今では63歳。


半年ほど前に、

思いがけない訃報が届いた。


嵐のように時が過ぎ、

自分が歳をとったことは

あまり実感がわかないのに、

こうした時、

しみじみ時代の移り変わりを思い知る。


コロナ感染が、

肺の持病に影響したという。


亡くなる1年ほど前に

乙守から久々の電話が鳴った。


麗ちゃん、ボクだよ。

しばらくご無沙汰してごめんよ。

蔵に菌を持ち込む訳には絶対いかないから

当面新潟からは出られそうにないよ。

うちの死活問題だからさ。


銀座もきっと大変なはずだけど、

お互いまた元気に再会できる日まで

踏ん張ろうな!



変わらぬいつもの溌剌とした

乙守の声に、わたしも

まだまだ負けていられないと

それはまるでアンパンマンに

自分の顔をもいで

分けてもらったかのように、

即効性があって

元気と勇気が漲った。



頑張って何としても店を続け、

また乙守に会わなくては。

また一緒にゴルフに行って、

豪快にOBばかり出す彼に、

いつものようにふざけて

「ファー‼︎」と

叫んでやらなければ。

そんな気になった。



その約束や誓いも守れないまま、

乙守は逝ってしまった。

こんなコロナ禍で

葬儀に赴くことも憚れる。



使いものにならなかったわたしを

銀座のトップに引き上げてくれた

並ではない男の幕引きが、

こんなにあっけないものだなんて、

誰が想像できただろう。


やはり

人生とは分からないものだ。



思えば、銀座とは、

そういう場所だ。


誰と出会い、

誰に導かれるかで、

人生は大きく変わる。


人の目も届かぬ場所に

ひっそり芽を出した雑草に、

せっせと水を撒き

時をみて

陽の当たる場所に移してやる人もいれば、

その雑草が

ヨメナのような可憐な花を

地道に咲かせることもある。


天下を取ったかのように

派手にイキっていた人も、

突然予期せぬ波に飲み込まれて

姿を消すこともあれば、


人を蔑み馬鹿にしていた人が

立場が変わり、

手のひら返したかのように媚び諂い、

なんとか銀座で生き残ろうと

プライドも捨て、

必死にもがくこともある。


夜の銀座に限らず

普通の社会も、

同じことなのかもしれないが。


わたしたち銀座の女はずっと、

その露骨な景色を

移り変わる時代背景の一部のように

嫌というほど見てきたのだ。


To be continued...


※一条麗子および彼女に纏わるこの物語は、2/3フィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとはほぼほぼ関係ありません。




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