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田原総一朗さんに会った

少し前、「田原カフェ」という、田原総一朗さんがマスターとなって若い人たちが集まって話す場に、登壇するゲストとして呼んでもらった。

その日のテーマは、「多様性」を問いなおすというもので、NPO法人カタリバで「みんなのルールメイキングプロジェクト」に取り組む古野さんと一緒に、ということで声をかけてもらい、場への刺激物として後半から登壇することになっていた。

田原カフェの参加者は、U30世代。主には大学生で、早稲田にある学生御用達の喫茶ぷらんたんというカフェで行われるので、早稲田大生が多い。かと思いきや、意外と他の大学の学生さんや卒業生もそれなりにいる。その日は20人くらいがその場に集まっていた。

参加者の方々の一人一人の自己紹介の段階で、「多様性」という言葉への感度の高さや問題意識の高さが分かる。「男女」ではなく「ジェンダー」と
いう言葉を使ったり、誰かが傷付くであろう何かを分類するような言葉を避けて使ったり、ほとんど全員がそういう配慮が行き届いた言葉を選んで使っている。
参加者の方々が丁寧に語る「多様性」は、"そういった気遣いをするのが当然"というような、ちょっと穿った見方をすると、"そうしなければならない"と教育されてきたようなナニカを感じるほどに、明らかに繊細なものだった。

田原総一朗さんというと、朝まで生テレビの人というイメージだ。

10年くらい前、場づくりとか対話とかを仕事にし始めた頃に、「違う!そうじゃない!」と叫び、発言を遮る様子を見て、これはファシリテーターでもなんでもない。議論の誘導じゃないか。と憤慨した記憶がある。
さらに1年半前、推しであるたーたんが元旦の朝まで生テレビに出演した時に、たーたんの一押し素敵ポイントを完全スルーしていき、さらには後半には完全に疲れ果てて眠そうになってる姿に、あぁもうこの方は完全に高齢者だ…と思った記憶がある。

その田原総一朗さんと、若者と、多様性である。

差別をなくすことはいいことか?
まったく良くない!!

田原総一朗さん

のっけから田原さんがそう叫んだ瞬間、「あ、これはムリだ…」と思った。

「差別をなくすことは良くない」なんて、そんな誰が考えてもおかしいことを平気で口に出せる。それは、参加者の若者たちが積み重ねる、繊細な丁寧な言葉への配慮とは対局にある表現だ。
その表現をしてしまえるということは、今、この瞬間にも「差別」で苦しんでいる人がいるということへの想像がはたらいていないということであり、そういう言葉を平気で使ってしまう時点で、この場にいる繊細な言葉を使う若者たちとはわかり合えないんじゃないか。

というか、少なくとも私はムリだ。そう思った。

それでも、若者たちは若者だ。諦めずに(ドン引いてる人もいたけど)、それは"差別"じゃなくて"区別"ですよねとか、平等と競争は両立するのかとか、集団に合わせにいくという在り方はもう嫌だとか、そんな議論を展開していった。
すると、ふと田原さんが叫んだ。

みんな、多様性なんて求めていないんだよ!

田原総一朗さん

あぁ、そうか。田原さんが言いたかったのはそういうことか。
というか、さっきも言葉の表現に違和感があっただけで、言わんとすることはわかる。

私も、3年前に「共生」をテーマにイベントをやったとき、「本当にみんな共に生きていきたいと思ってますか?」という問いをぶつけた事がある。
その当時、相模原の事件から3年経っていたけれど、参加者からはやっぱりこの事件の話題が出た。
そして、共に生きるという言葉の綺麗さにごまかされていないか。その言葉の狭間でどれだけの人が苦しんで、もがいて、そしてポジティブにネガティブに日々戦っているのか。そこに私たちはどう向き合っていくのだろうか。一人ひとりがそこを考える時間になった。

「みんな多様性を求めていない」

悲しいけれど一つの大きな事実であるこの言葉を受けて、私の中でスイッチが入った。

この"みんな"って誰なんだろう?
多様性を求めてないと思うのは、マジョリティ側なんじゃないか?
マジョリティ側の人が、自分の居場所を守るためにそう思ってるんじゃないの?

だって、誰だってマイノリティになるのは怖い。なりたくない。
マイノリティがマイノリティのまま心地よく存在し続けられる在り方なんてあるのか?
それが成り立つ集団のルールは本当に存在するのか?

そもそも1つの集団で多様性を満たそうというのが違うのでは?
というか"集団"って何なんだ?誰がつくるんだ?

古野さんが高校で取り組んでいる「集団でのルールづくり」の話を聞きながら、私の中でモヤモヤがどんどんと広がり、次々に問いが生まれていくのを感じた。
ノートにメモをする私の手は、止まらなかった。

みなさん、マイノリティになりたいですか?

すわれいこ

後半になり、登壇して自己紹介もほとんどしないままに問いかけてみた。

思い出すたびに、なんて性格の悪い問いなんだろうと思う。
マイノリティにはなりたくないけど、理解したいと思う。そんな良き努力を配慮を無にする問いだ。
当事者の痛みは当事者にしかわからない。そう、相手を切り捨てる問いだ。
それでも、問わずにいられなかった。

「多様性」という言葉の響きにごまかされるのではなく、マイノリティになりたくない自分にも気付いてほしいし、わかりたいと思ってる自分にも気が付いてほしいと思った。配慮ばかりが正しいわけでもないし、多様性を求めていない人だって多い。それも事実な上で、一人ひとりが、みんな何かしらのマイノリティであり弱者であり、マジョリティで強者であるということにも気付いてほしいと思った。

何事も、そうやって自分に引き付けて考えていく事からしか始まらない。

すわさんの活動のモチベーションはどこから来るんですか?
…うーん、「自己表現」でしかないかな。

参加者の方/すわれいこ

話が一段落したタイミングで、ふと参加者の方に聞かれ、悩みつつもそう答えたら、その瞬間ヒュッと空気が変わったのを感じた。
その場の何人かの琴線に触れた感触があった。

「人はみんな、自分を表現したくて生きていて、その表現方法を取得するためにこそ"学び"があるんじゃないか。」
「言葉にするということができない、しない、自分の言葉を持てていない人が増えているような気がしている。」
「自分の中のマイノリティ性をみんなに伝えたいということこそが、自己表現なのかもしれない。」
「でも、自分を表現することは怖い。どうしたら、表現しようってみんなが思い続けることができるんだろうか。」

「相手に受け入れられていく感覚、表現を受け止めてもらえる感覚、そういう経験を小さく小さく積み重ねていくことが、自己表現を育てていくのかもしれない。」
「多様性とは、一人ひとりが自己表現していけるということであり、それを受け取り合うことができるという事なのかもしれない。」

"自己表現"を軸に、多様性の話がまた広がっていった。

社会に抗って生きてたら、そんな意見は少数派のわがままだと、決めつけられる。でも、だからこそ、あえて少数派になれるか、なんだ。

田原総一朗さん

そう田原さんが言って、少数派として苦労しながら生き延びてきた武勇伝を話してくれた。

学校で「なんで勉強なんてしないといけないんだ!」と先生に問いかけて、「お前は共産主義者になったのか!」とものすごい怒られた話。仕事で、捕まるギリギリラインの番組をつくり続けて、圧力をかけられてクビになった話。世の中を騒がせる事件を、世の中の多くが支持する他の記者の目線とは全く違う目線からまとめて記事にした話。そうやっているうちに「おもしろい」と言ってくれる人が現れて、少しずつ自由に番組をつくらせてもらえるようになっていった話。

まぁこの武勇伝は毎回のように語っていることらしいのだけど、その話を聞きながら、あぁこの人はその時代の圧倒的マイノリティとして、自分を貫いて自分を表現して生きてきた人なんだなと、そう強く感じた。
そして、この一つ一つのエピソードに、今のこの多様性の時代を、たくましく強かに生き抜いていくヒントがあるような、そんな強いエネルギーを感じた。

"多様性"という言葉で綺麗にくくられてしまって、逆に見えにくくなってしまっている、もっともっと本質的な人間の多様さみたいなものとか、それをどう社会が受け止めていくのかといったことの最前線で、ただひたすらに戦いながら生き続けてきたのが、田原総一朗さんなのかもしれない。

最初の言葉選びで、多様性に理解のない高齢者だと思ってしまったけれど、むしろその多様性を体現して生きてきたのが田原総一朗さんで、言葉や年齢に惑わされていたのは私の方だ。

話を聞いているうちに、私の中の「田原総一朗さん」が変化していくのを感じた。

異端として振り切って生きていれば、必ず誰かが見ててくれるから。
だから大丈夫。がんばってね。

田原総一朗さん

会の最後に田原さんが私にかけてくださった言葉。
この言葉は、2ヶ月近く経った今でも私を励まし続けている。

そういえば、田原さんは私の話には何も否定することなく、ただただ励ましてくれた。
思い出すと、若者たちへの挑発的な物言いも、言葉でごまかしがちになっているところを指摘することで、改めて一人一人が自分の言葉を見つけてもらうための問いかけだったように思う。
それは、ファシリテーター云々といった存在ではなく、一人の人間として、相手と向き合って関わり合っていくという中で、相手のことを知りたい、相手の自分の言葉を引き出したいという、とても大切な問いかけの姿勢であるようにも思う。

この日を境に、私の中の「田原総一朗」という人のイメージは大きく変わった。
たしかに高齢ではあるけれど、今でも真実を求めて走り続けている人だ。

やっぱり人は、会ってみることでわかることがたくさんある。
というか、会わないとわからないことがたくさんある。
会って話して受け止めて、自分の中の変化を受け入れて。
その繰り返しこそが、人と生きていくということなのかもしれない。

田原さんは、その後も若者と直接会って話をする時間をつくり続けている。
場のモデレーターであるたなしょーくんたちが頑張ってくれているからというのもあるけれど、それでもこの場をつくり続けているという一点において、そこに田原さんの在り方が表されているんだとも思っている。

そんな田原総一朗さんに、私は会った。


◆ ◇ ◆


以下、同じ場の記録たちです。
人によって切り取る面が全然違うのがおもしろい!

場のモデレーターをしてくれたたなしょーくんの記事。
この参加者の方の一言もなかなかに強烈な問いかけでした!
あまりにあちこちに飛んで広がる議論にアワアワしてたらしいのだけど、客観的すぎず、かといって冷静さも失わない、絶妙なファシリテーションで、その丁寧な場づくりに久々に感動しました。ありがとうございました!

当日カメラマンをしてくれたあおいさんの記事。
会話のきっかけづくりとして、私もつい「早稲田なんですか?」と何の気なしに聞いてしまいました。結果的にいろんな話をできたけど、それはあおいさんがきっかけとして受け止めてくれたからなんだよなぁ。
とても素敵な言葉と写真。ありがとうございました!


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