偉人って偉人?

以前の記事で僕はこう書いたことがある。
『麒麟がくる』の織田信長(染谷将太君)も『青天を衝け』の渋沢栄一(吉沢亮君)も大きな功績を残していると。

ここで書いたことが間違っていたと思っているわけではない。
しかし渋沢栄一に対しては「大きな功績を残している」という表現を使うとひょっとすると『青天を衝け』の脚本を書いた大森美香さんの意向に沿わないことになっているかもしれない。
何故なら……

「見て頂きたかったのは『偉人伝』ではなく『人間ドラマ』だった」
「この人を主役でドラマを書こうとしたとき、私自身が『偉人伝』が見たいわけじゃなくて『人間ドラマ』が見たいと思った」

……これが大森さんの意図らしいからだ。

確かに『青天を衝け』の最終回でも栄一の孫である敬三(笠松将君)がこんな風に語っている。
「偉人という言葉はどうも祖父には合いません」
「祖父は棒ほどの理想を持ち、針ほどを叶えてきました」
「祖父が失敗したこと、叶わなかったことも全て含めて『お疲れさん』と『よく励んだ』とそんなふうに渋沢栄一を思い出していただきたい」

こういった描写からも『青天を衝け』を見てから栄一のことを大きな功績を残した“偉人”として見てしまうのは大森さんの意向に沿っていないことになりそうだ。(もしかすると栄一自身も偉人と言われるのは不本意かもしれない)

ではなぜ僕等は栄一のことを大きな功績を残した“偉人”だと思うのだろうか?
あくまでも僕の忖度に過ぎないが、歴史上の多くの“偉人”と呼ばれる人達は栄一と同じように棒ほどの理想を持って針ほどを叶えてきたからこそ“偉人”だと思われるのではないだろうか?

例えば始めに栄一と並べて名前を挙げた織田信長もまた棒ほどの理想を持って針ほどを叶えたように見えないだろうか?
そして『麒麟がくる』では信長に最も信頼され、信長の天下統一のために尽力し、最後は本能寺の変を起こした明智光秀(長谷川博己さん)もまた棒ほどの理想を持って針ほどを叶えたように見える方も多いかも知れない。
実際、『麒麟がくる』の最終回では室町幕府の最後の将軍となった足利義昭(滝藤賢一さん)が信長のことを「大嫌いだったが信長には大きな志があった」と評し、また光秀のことは「素晴らしい志を持っていた」と評している。
義昭もまた「京は穏やかでなければならない」、「民を助けたい」という大きな志を持っていたから彼もまた棒ほどの理想を持って針ほどを叶えた1人だと言えるのではないだろうか?

ちなみに義昭の評価によれば信長や光秀と比較して毛利輝元や小早川隆景は未登場なのにディスられていた印象だったが……。
ただ、『麒麟がくる』は山崎の戦いの3年後までしか描かれていなかったから触れられていないが、義昭はその後豊臣秀吉(『麒麟がくる』で秀吉を演じたのは佐々木蔵之介さん)の天下統一を陰ながら助けることとなる。
だからもし長谷川博己さんが意欲を示していたらしい『麒麟がくる』の続編が作られるとすれば、義昭が方針を転換する様子も描かれるだろうからその描写は『青天を衝け』で尊王攘夷派だった栄一が平岡円四郎(堤真一さん)と出会い、徳川慶喜(草彅剛さん)に仕えることとなる描写に近いものになるのではないだろうか?
『麒麟がくる』の続編が作られるとすれば明智光秀生存説の取り入れは必須となるだろうから、義昭に秀吉を手助けするように勧める役割は光秀が担うことになるかもしれない。

話が逸れてしまったが、渋沢栄一のように棒ほどの理想を持って針ほどを叶えた人達のことを僕等は偉人と呼びがちだが、大森美香さんの意向に沿えば栄一を指す言葉としてふさわしいのは“偉人”ではなく「お疲れさん」、「よく励んだ」なのだということはよく理解しておきたい。

そうして『青天を衝け』を見た上で最もよく考えておかなければならないことがある。
『青天を衝け』の進行役である徳川家康(北大路欣也さん)が最終回で語ったように栄一が頑張った先の未来を生きているのは他ならぬ僕等1人1人だ。
敬三が栄一の故郷である血洗島を訪れた際に藍葉を栽培していた頃の若い栄一が現れ、今の日本がどうなっているかを聞いた。
その問いに対して敬三は「恥ずかしくて言えません」と答えていた。
一見すると栄一が「No war!」と言ったにも関わらず栄一の死の10年後に日本は太平洋戦争に突入してしまう(しかも栄一が「No war!」と言った場所がアメリカだったのに戦争の相手国がアメリカというあまりにも報われない展開に……)ことに関してだったようにも見えなくはないが、敬三の「恥ずかしくて言えません」は本当に太平洋戦争のことを指していたのだろうか?
あくまでも僕の捉え方だが、敬三が「恥ずかしくて言えません」と言ったのは“栄一の死後の日本”すなわち僕等が生きている現代の日本のことも含めてなのではないだろうか?
敬三の「恥ずかしくて言えません」に対して栄一はこう言った。

「ははははは、なぁに言ってんだい!まだまだ励むべぇ!」

91歳で亡くなるまで励んだにも関わらずまだまだ栄一は励むつもりでいるようだ。
そしてその台詞には“今を生きる人々と共に”という意味も込められているのではないだろうか?

渋沢栄一を”偉人”としてではなく、最後まで励んだ人として捉えていれば僕等は「自分は栄一のような偉人にはなれない」という卑下をすることなく自分に出来ることを無理なくやって「恥ずかしくて言えません」を少しずつ改善していくことが出来るようになるのではないかと僕は思っている。

さて、今年の大河ドラマの主人公は北条義時(小栗旬さん)だ。
これからの1年は彼の視点での歴史を見て、現代に生かしていきたいものだ。

……ところで何か忘れていたような……?

しまった!年が明けてから1週間以上経つのに新年の挨拶を忘れていた!

皆さん、大変遅くなりましたが明けましておめでとうございます。こんな感じのnoteですが今年も宜しくお願いします。

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