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『ありえないほどうるさいオルゴール店』と悩み #読了

悩みはいつやってくるのだろう。

ふと、そんなことを考えたのは、
わたしが、まさにいま悩んでいるからだ。
「悩みのない人間なんて、いない」
そんなありきたりな答えを、求めているからだ。

だれしも、生きていれば、つらいこと、悲しいこと、どうしたらいいかわからなくなってしまうこと。
どんなに余裕ぶっていても、気持ちが一向に晴れなくて、ふさぎ込むこと。
周りの誰かに、ボソッと愚痴をこぼすことも自責する。
そんなこともあるんです。

『ありえないほどうるさいオルゴール店』は以下の7つの短編が収録されている。

よりみち ~耳の聞こえなくなった息子の、こころの音楽~
はなうた ~売れないバンドマンが彼女に送る音楽~
おそろい ~離れ離れになってしまうガールズバンドの音楽~
ふるさと ~喧嘩別れの父と息子をつなげた音楽~
バイエル ~音楽ができなくなった少女への音楽~
おむかい ~オルゴール店主とお向かいさんの音楽~
おさきに ~認知症の妻が、決して忘れなかった音楽~

『ありえないほどうるさいオルゴール店』瀧羽麻子.2018

舞台はタイトル通り、とある町のちいさなオルゴール店。
若い男店主が、一人で営んでいる。
お店には、小さなチラシが一枚。
そこには、

”耳利きの職人が、お客様にぴったりの音楽をおすすめします。
世界にたったひとつ、あなただけのオルゴールを作ってみませんか?”

この店主は「不思議な力」がある。
お店を訪れるのは、音楽を作りにやってくる人たちだけではない。
登場人物は様々な理由で、悩んだり、困ったり、落ち込んだりしている。

店主はその人の「こころの音楽」を聴くことができるのだ。

その人が忘れてしまった。
けれどけっして無くさなかった音楽。
その人が気づいていなかった。
けれどけっして鳴りやまなかった音楽。
その人が思い続けた。
けれどけっして伝えられなかった音楽。

そうした音楽を、店主は聴きとり、たったひとつのオルゴールを作り上げる。

「バイエル」もそんな話の一つ。

主人公は、とある理由からピアノが弾けなくなった少女。
ちいさいころから、音楽が好きで、母の薦めたピアノのレッスンも苦ではなかった。教会で讃美歌を弾いたときは、園長先生やいろんな人にほめられた。

そんな彼女は、ピアノコンクールでの出来事をきっかけに、ピアノが弾けなくなる。
あれほど好きでたまらなかったピアノが、その前に立つことさえ嫌になってしまった。
ピアノレッスンも、足が向かない。

そんな時に、少女はオルゴール店に訪れる。
店主が少女のためにつくった、たったひとつのオルゴール。
短い話ではあったが、めっちゃ感動して、うるっときてしまった。

ちなみに「バイエル」とは、ドイツの作曲家のフェルディナント・バイエルだろう。
日本をはじめ多くの国で、彼の音楽はピアノ入門の教則本で知られる。

ある意味で、『ありえないほどうるさいオルゴール店』は、カウンセリングの話だと思う。
こころの音楽は、すなわち、その人がこころの奥にひそめた「言葉」であり、それに耳を傾けることで、歩むべき先を示すアプローチはじつに心理的だ。
ただ、河合隼夫も述べているが、カウンセリングにおける「傾聴」とは、相手の話を一生懸命に関心を向けて聴くことではない。こころは関心を向けつつも、相手の話を受け止めるだけ。そして気付きを語り手に与えるだけ。
ある意味では、聴いていないことが救いになったりするのだ。

そういう意味では、本書の店主も
耳が良すぎるため、補聴器をつけている。
悩みの解決は、聴かないことによってはじまることも、あるのだろう。

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