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秋の夜長の徹夜本【『亡国のイージス』福井晴敏】前編

今回は、私の読書人生において分水嶺となった作品『亡国のイージス』についてご紹介したいと思います。

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私がこの作品を初めて手に取ったのは、高校一年生の時でした。

16歳。
それまでライトノベルばかり読み漁っていた私が、いわゆる「一般小説」に分類される作品群に手を伸ばし始めた頃、図書館で出会ったのが『亡国のイージス』のハードカバー版。
二段組、約650ページ。文字通りの超大作でした。

本筋には全く関係ありませんが、この『亡国のイージス』、私激推しの一作であると同時に、実はそれまで私が密かに抱いていた「将来小説家になりたい」という夢を一晩で粉砕したとても罪深い作品でもあるんです。

この世の森羅万象を書き尽くすかのような語彙力と文章量。
どれだけの時間を費やしたのか考えるだけで目眩がする取材力。
そして総勢36名に及びながら、それぞれの見せ場で躍動する魅力的なキャラクター達。

どれも思わずため息が出るほどに素晴らしいんですが、当時の私が特に衝撃を受けたのは何と言ってもその‟緻密にして大胆なストーリー構成”――中盤以降、爆発的に加速度を増す怒涛の展開に、16歳の小娘の度肝なんぞいとも容易くブチ抜かてしまいました。
小説家と呼ばれる職業に就く人の頭の中はどうなっているんだと、疑問を通り越して恐怖すら覚えたあの日のことが、再読のたび今でも鮮明によみがえってきます。
そして芋ずる式に夢を諦めたことまで思い出してしまっては、ひとり切なく胸を疼かせたりして…(あの日空いてしまった穴は、未だ塞がれることなく私の心に存在しているのかもしれません…苦笑)

なんだかセンチメンタルな気分になってしました。秋という季節がそうさせるのでしょうか。

そう言えば、初めて『亡国のイージス』を読んだのも、今頃のような秋の日でした。

そしてその日(正確に書くとその日の夜から次の日の朝にかけて)、私は生まれて初めて《徹夜で一作品を読み切ってしまう》という体験をすることになるのですが、読前の私にそんな意気込みなど露もありません。

「分厚いし、難しそう。図書館の貸し出し期限いっぱいの二週間で読み終わるかな…」

眠れない激動の一夜は、むしろ不安と共に幕を開けたのでした。


『亡国のイージス』福井晴敏

冒頭で意気揚々と紹介する、と謳っておきながら、『亡国のイージス』の内容についてオープンに出来る部分って、実はとても少なくて。

例えば、以下はAmazonに掲載されている上巻のあらすじなんですが、

内容紹介在日米軍基地で発生した未曾有(みぞう)の惨事。最新のシステム護衛艦《いそかぜ》は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わるはずのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った《楯(イージス)》が、日本にもたらす恐怖とは。日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞をトリプル受賞した長編海洋冒険小説の傑作。(講談社文庫)

ここから読み取れるのは、自衛隊の護衛艦(いわゆる‟イージス艦”)に何か起こるらしい、ということぐらい。
ジャンルとしては陰謀系と推測されるけど、他は硬質な単語ばかりで目ぼしい情報はなし。
3文目に至ってはすごく抽象的で、特に初めて読む人にとっては物語の輪郭を捉えにくいんじゃないか…と、作者や編集者でもないくせにソワソワ。心配で居ても立ってもいられません。

でも、仕方ないんです。

全ては『亡国のイージス』の上巻に仕掛けられた巧妙な罠に起因しています。
そもそも、どうして公的なあらすじからも‟海洋冒険小説”とラベリングされるようなこの作品が、日本推理作家協会賞を受賞しているのでしょうか?
いかにも軍事陰謀系を連想させる『亡国のイージス』というタイトルと日本推理作家協会賞、両者に一体どんな関連性が?

ここで一気に重要になってくるのが、かつて私の度肝を抜き、今もなお私を虜にして止まない‟緻密にして大胆なストーリー構成”です。
詳細は省きますが、読者を「!!!」と驚愕させる布石は既に物語序盤のあちこちに打ち込まれていて、最大限の効果を発揮する時を今か今かと待ち構えているのです。

……はあ(溜め息)
ここで、具体的にこの作品の肝を羅列することが出来たら、どれだけこの記事を書き進めるのも楽でしょう。

でも、これからもしかして『亡国のイージス』を読むかもしれない誰かから、読書の醍醐味を奪う権利なんて、私にはない。

そしてそれは何も私に限った話ではありません。
機会があれば、各所に書き込まれたレビューをちらりと覗いてみてください。(あくまでも、ちらりですよ!特にネタバレには気をつけて!)
投稿された感想は多くを語らず濁した表現に留めているものがほとんどで、且つそれらはネタバレに関し細心の注意を払っている――そんな印象を受けるのではないでしょうか。
私自身がそうであるように、『亡国のイージス』を読んだ読者のほとんどは「ここがこうなって、あそこがこうで…」と、展開の妙についてあれこれ語り尽くしたいに違いない。なんと言っても、日本推理作家協会賞を獲るほどの作品ですからね!
にもかかわらず、皆さんが敢えてそれをしないのは、なぜか。

語ることで物語のバランスを崩してしまうのが怖いという、その一心だと、私は思っています。

作者が未読の読者に向けて丁寧に仕込んだ罠を、既読の人間が露わにしてしまうなんて、そんな野暮なこと許されるわけがありません。

その理屈を貫き通すのなら、私のこの記事もこの辺りで終わりにしなければならないんですが、もう少しだけ、お付き合いください。

私にとって強い思い入れのある『亡国のイージス』には、実はある重大なウィークポイント(弱点)があります。
ファンとして、そこをフォローせずしては終われない…終わるわけにはいかないのです。

とは言え、ここまで少し長くなってきましたので、一旦記事を分割しますね。

この記事を前編として、後編では

    ✔ 私が思う『亡国のイージス』のウィークポイント

 ✔ そのウィークポイントを逆手にとった『亡国のイージス』の楽しみ方

 ✔ そして《秋の夜長の徹夜本》について

これらについて、つらつら書き連ねていけたらと企んでいます(^-^)



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