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英語圏を席巻するゲームエンジン「bitsy」のシーンについて——まるで日記や詩を作るみたいに、ゲームを作れるゲームエンジン

シーズンテーマ『日常』で特集しているテキストです



bitsyとは、ミニマルなゲームエンジンです。ブラウザ上で動作し、プログラミングの知識もいらず、シンプルな操作でゲームを作れることを特徴としています。bitsyは開発の手軽さから、このエンジンのコミュニティが築かれていることも大きな特徴ですし、決められた期間にゲームを作って持ち寄るゲームジャムにおいてもしばしば利用されています。この記事では、bitsyを使って作られたゲームを「日常」というテーマからいくつか紹介します。

執筆 / 鳥の王国
編集・ヘッダー・タイトル提案 / 葛西祝

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bitsyは2016年、開発者のAdam Le Douxが公開したゲームエンジンです。Adamいわく、当時は『Kentucky Route Zero』に触発されて大型のナラティブ作品を作っていて、そのためのツールなどを開発していたそうです。ただ、大型作品の制作には行き詰まりを感じており、もっとシンプルなことをやりたくなって作られたのがbitsyだったということです。


最初はインターフェースもなく、通勤中にバスの中でスマホに直打ちしたテキストファイルを読み込んでいたそうです。そうやって最初に作られたゲームがこの『When I get home』です。


ゲーム全体を通じて画面はこれだけという小さな作品です。16×16タイルの背景に、1タイル(8×8グリッド)のスプライト(白いオブジェクト)が置かれています。右上の、帽子をかぶった人のようなスプライトが操作キャラクターで、矢印キーを押すと動かせます。スプライトに接触するとテキストが表示されます。

シンプルな画面で表現されているのは家に帰ったときの様子です。ポットのお茶はすっかり冷め、同居人は読みかけの本を放ってソファーで寝ている。キッチンの猫はお腹を空かせてご機嫌ななめ。それだけです。行き帰りのバスの中で日々の生活を振り返りながら作ったところが目に浮かぶような、スケッチ的な作品です。


このように、bitsy製ゲームではシンプルに表現された世界の中を歩き回って人や物とインタラクトするというのがもっとも素直な作りです。その特性が制作の手軽さと相まって、個人的な日常を表現することに非常に適した媒体となっています。どれもリンク先からブラウザ上でプレイ可能で、プレイ時間も10分かからない程度の作品ばかりです。




『An evening walk』——夕闇をひとり、歩くあの瞬間を。

まずはbitsyのスケッチ性を突き詰めたような作品、『An evening walk』を見てみましょう。

夕方、電柱のそばを歩いている一瞬を描いただけのまさに点景的な作品です。日常を切り取ってミニマルな様式に落とし込むという点では俳句に近いとも言えるでしょう。実際、この作品などを参照しつつ、bitsyと俳句のクロスオーバーを試みる「bitsy haiku jam」が開催されたこともあります。




Outro vaso de auga』——だらだら過ごして、使ったコップが部屋に散乱しちゃうあの感じ


Outro vaso de auga』(『コップに水をもう一杯』)もささいな日常生活を扱った作品です。文章はガリシア語ですが、表現される内容は単純です。

部屋にはテーブルがあり、隣の部屋に行くと水の入ったコップを持ってきます。空になったコップとインタラクトすると「洗ったほうがいいですよ」と表示されますが、操作キャラクターは隣の部屋にいって別のコップを持ってきてしまいます。それを繰り返していると当然、部屋は空のコップだらけに……Google翻訳によると、説明文には「いま、部屋に空のコップが3つ以上ある人に大きなハグを送ります」と書いてあるようです。どうでもいい生活のひとコマですが、使ったコップをつい放置してしまう身としては忘れがたい作品です。



『Playing your favorite game』——ゲーマーの生活を追体験する


bitsyを使えば誰でも手軽にゲームを作れると述べましたが、そのような手段で日常を表現しようと考えるのはやはり普段からゲームに親しんでいる人。その日常にはほかのゲームも存在します。そんなゲーマーとしての生活をゲームごとbitsyで表現したのが『Playing your favorite game』です。

ゲームはふたりの人物による会話から始まります。どうやらひとりは『ダークソウル』シリーズをプレイしたことがないらしく、もうひとりの手ほどきのもと初プレイに臨んでいる模様です。経験者の手ほどきでなんとか最初のボスにはたどり着きますが、そこでギブアップ。アートとかは好きだけど戦闘は嫌い、同じ世界観で犬を撫でるだけみたいなゲームないの?? というところから「犬撫で版ダークソウル」が想像されます。日常の会話からよく知られたゲームのbitsy版デメイク(?)に入る流れ、そしてそこからさらにひとひねりあるところがいいですね。

また、冒頭に出てくる「私はゲーマーじゃないからなあ。クラッシュバンディクーとかレイトンしかやったことないし」「それもゲームでしょ! ゲーマーっていう言葉を狭い意味に限定するのは良くないよ」という会話も、コミュニティの精神をよく表しています。



『Laundry++』——セクシャル・ハラスメント被害の告発。

さて、日常はほほえましい出来事ばかりというわけではありません。時には不愉快な経験をすることもありますし、それが自身の属性に基づく不当な扱いだった場合には差別として政治的問題の一部にもなります。日常は政治の前線でもあるのです。

いまbitsyの中心的コミュニティとなっているitch.io上のページではトランスジェンダーの権利擁護やブラックライブズマター、ACAB(All Cops Are Bastards)などのスローガンが掲げられており、親マイノリティ・反権力的な姿勢が共有されています。bitsyを使えば、立場が違うと実感しづらい日常的な困難や差別を安全な空間で伝えることが可能になるのです。


Laundry++』ではトランス女性の作者が深夜にコインランドリーからの帰り道で遭遇した性的ハラスメント体験が描かれます。グロテスクな性被害の報告ですが、bitsyという媒体を用いたことで作り手・受け手双方にかかる負荷はある程度、減じられています。また、ゲームにすることで、同じ話を何度もしなくても多くの人に伝えられるようにもなります。こういったゲームが作られ、安全に受け入れられている点もコミュニティの大きな役割といえるでしょう。



What's up in a Kharkiv bomb shelter?』——戦争が続くウクライナの防空壕のなかで


What's up in a Kharkiv bomb shelter?』が描くのは戦時下の日常です。2022年3月12日に公開された本作は、ウクライナの都市ハルキウの防空壕での様子を伝えています。

防空壕に避難してきた人たちの話を聞くことで、戦時下におけるそれぞれの日常が描かれます。本作の制作はロシアによる爆撃が頭上に鳴り響くなか、戦火から少しでも意識を逸らすために始められ、後に西部の都市リヴィウに移ってから完成したとされています。作者の方はその体験について、安全な場所で制作作業に没頭するのは心を落ち着ける効果があったと振り返っています。『Laundry++』にも共通することですが、トラウマ的な体験を表現に落とし込む過程には治療的側面もあるのでしょう。bitsyはそれをゲームという媒体で行うことの技術的・心理的ハードルを下げてくれています。



このように、bitsyでは従来のゲームよりもさらにミニマルな形で日常を表現する作品がいくつも作られています。それが可能なのはエンジン自体のシンプルさのおかげでもありますが、そういった作品を受け入れるコミュニティの存在も無視できません。

EVERYTHING IS GOING TO BE OK』などを代表作とするゲーム製作者兼、ネットアートの作家であるNathalie Lawheadはbitsyとそのコミュニティの不可分性を指摘しつつ、このような提案をしています

bitsyゲームを説明する上で、こういった作品群を民話のようなものとして考えてみるのが良いかもしれない。洗練されてもいなければ、多額の予算がついているわけでもなく(そもそもそれは本質的に難しい)、余分な要素も、大人数のチームも存在しない。大規模にマネタイズすることもできない……でも、とても簡単に他の人とシェアできる。どこにでも存在し、多くの人にとって非常に大きな意味を持つ。

民話の偉大さは複雑なストーリーテリングや洗練されたナラティブにあるわけではありません。民話はしばしば小粒で、時にすぐには意味をつかみづらい内容でありながら、それを語り継ぐ人々の文化を象徴しています。だからこそ人の口の端になんども上り、折に触れて思い出されるのです。bitsyゲームには確かにそのような側面が存在します。bitsyという文化は、背後にあるコミュニティを抜きにしては語り得ません。

今回は日常というテーマに絞って紹介しましたが、bitsyゲームには他にもさまざまな趣向の作品が無数に存在します。以下にいくつか参考となるリンクを載せたので、ぜひこの豊かなコミュニティに触れてみてください。


公式ホームページ


日本語のチュートリアル(一番下に技術的に面白い作品の紹介あり)


itch.io上のコミュニティ


鳥の王国
たまにゲームの有志翻訳などをしています。
●Twitter:@fuglekongerigenote


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