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ここにビデオゲームが表現しうる、さらなる可能性がある——アートハウス系ビデオゲームを代表するイベント『A MAZE.2024』の注目作を追え。

A MAZE.」とは、アートハウス系ビデオゲームを特集する、ドイツ・ベルリンで開催されるイベントである。

まずアートハウスとは、既存のビデオゲーム産業で評価されるタイトルとは距離を置き、作家性や新しい表現手法のほか、より現実的・社会的なテーマを押し出したタイトルを意味している。それらを特集するA MAZE.とは、平たく言ってしまえば映画におけるカンヌ映画祭やベルリン映画祭みたいなものと考えてもらってもいいかもしれない(とはいえ映画におけるカンヌやベルリンは、国際的な映画販売の見本市でもあるためビジネスの意味も強い。その背景もそんなにないA MAZE.はより先鋭的なイベントかもしれない)

いま世界的なゲームアワードのほとんどが、大手のビデオゲーム産業の価値に沿って評価される流れが強い。そんな中で、A MAZE.はオルタナティブなビデオゲームの可能性を評価し続けている。歴史あるインディーゲームイベント・Independent Games Festivalとともに、ビデオゲームシーンで可視化され辛い、ビデオゲームが表現しうる様々な可能性をうかがい知れるイベントのひとつでもあるだろう。

さて今回のテキストは、今年も5月8日から11日にかけて開催された本イベントの気になるタイトルや気になるアワードなどを取り上げ、紹介していくものだ。これらのタイトルから、もしかしたらある可能性を見出すことができるかもしれない。


本テキストは最後まで無料で読むことができます。弊誌をご支援いただくかたちでご購入いただけますと、とても嬉しいです。編集後記をお読みいただけます。




SOMI氏が『未解決事件は終わらせないといけないから』でグランプリ「MOST AMAZING AWARD」を受賞した意味——今後の韓国ゲームシーンの活況を先行するのでは


今年のトピックスはSOMI氏の『未解決事件は終わらせないといけないから』(以下、未解決事件)が、イベントの最高賞を争う部門MOST AMAZING AWARDを受賞したことだ。A MAZE.にて東アジアからの受賞者が登場した意味は今後、大きな意味を持つことだろう。今回の受賞の報道はMasa Kei氏がIndie Freaksに寄稿した記事のみだが、今後は歴史的な快挙として振り返られるだろう。

SOMI氏はこれまで『Replica』、『Legal Dungeon』そして『The Wake』の“罪悪感3部作”にて、すでに韓国インディーゲームシーンで作家性を確立していた。その中で、まるでSNSのタイムラインを編集しなおしながらある事件の謎を追う最新作は、着実にSOMI氏が自らのクリエイティビティを拡大させていることを感じさせるものとなった。

先日、韓国がよりコンソールやインディーゲームへの出資を想定した「ゲーム産業振興計画」について発表された。ここから読み取れることは、買い切りであるがゆえに、ひとつの作品として表現できるフィールドであるため、今後数年は同国にて強い作品性を持ったタイトルが登場する可能性が高まったということだ。これまで韓国はPCでのオンラインゲームやモバイルゲームが産業として強い印象だったが、潮目がひとつ変わったということかもしれない。

そのタイミングでのSOMI氏の「未解決事件」受賞は、韓国のインディーゲームシーンだけではなく、今後の韓国ビデオゲームシーンの文化的な価値を高める流れ全体を先行するものになったのではないかと思う。

また私見ながら、韓国のSOMI氏や台湾のred candle gamesなどを見るに、日本は(かなり平たく言うが)アートハウス系のゲーム展開が出遅れている印象がある。可能性のあるタイトルはいくつか思い当たるが、タイトルがスケールしていく流れができていない気がする。「未解決事件」は豊穣なローカライズにも恵まれたプロジェクトであり、ゲーム本編からプロモーションに至るまで言語の壁を突破してきた印象もあるため、そうして国際展開の面もまた、「未解決事件」がスケールする要因にあったのではないか。

(葛西祝)


「未解決事件」と同部門を争った、ロシア・ウクライナ戦争を扱う問題作『AHANAL』

さて、あらためてMOST AMAZING AWARDにノミネートされたタイトルを振り返ると、むしろ受賞した「未解決事件」がストレートなゲームデザインだったかもしれない。

ノミネート作品の先鋭性を感じさせたのは『AHANAL』である。本作はロシア・ウクライナの戦争に対する反戦プロジェクトとして開発されたポリティカルなコンセプトを持つ。

舞台はロシアの架空の街・アハナール。街はX世代の “市長”が仕切るなか、クラブなどで時間を浪費するZ世代の人々が政策に翻弄される。ロシアは戦争を始め、アハナールに住む男性たちは戦線へ送り込まれていた。

ゲームプレイは基本的には会話の選択肢を選ぶビジュアルノベルのような構成で、物語を読んでいくことが主だ。とはいえ部分的にFPS的なシークエンスがあるなど、トータルの体験は混沌とした状況にプレイヤーを連れていくものである。

なにより、『AHANAL』の体験を重苦しくしているのは、まるで躁のように過剰な表現が入り乱れることだ。

現行のロシアに対する戦争への取り組みへの批判性もさることながら、冒頭からクラブミュージックの重低音に合わせ、複数の登場人物のチャットSNSが同時に起動し、ロシアが戦争の前線に男たちを送り込む状況について語りあう。 “市長”に直接、戦線へ男性たちを送り込んだ問題について、女性たちが問いただすとき、徐々に “市長”の頭部が増殖し阿修羅像のように変わるなど、歪な表現が炸裂する。それが諧謔なのか不条理なのかも判別しがたい。

全体の印象は、実のところグラスホッパーマニファクチュアの『Killer7』に近い。ハウスミュージックの重低音のサウンド、不条理な展開、タイポグラフィ、そしてマットなトゥーンシェーディングの画作り、現実の戦争をモチーフにした超現実的な展開など共通点が多い。

『AHANAL』はitch.ioにて無料でプレイ可能。クリアまで約40分、すべての瞬間が楔を打ち込むような強度があるのは確かだ。

(葛西祝)

DIGITAL MOMENT AWARD——インタラクティブなアプローチを通した社会批評や日常などを体験させるゲーム

DIGITAL MOMENT AWARDは具体的なゲームジャンルにのっとったデザインではなく、ゲームが持つインタラクティブ性を生かした実験的なアプローチを評するものである。詩的なものや何らかのコンセプトを見せるものなど、ここではさまざまな方向のタイトルが評されている。

今年は『Grunn』という庭師となるタイトルが受賞。オランダ北部の田舎町を舞台に、一瞬「どうぶつの森」シリーズを想像してしまうような、庭を整備していく穏やかなゲームかと思いきやそうではないらしい。

仕事をしようにも剪定の道具などが消えており、そもそも庭の持ち主もいなくなっているというミステリアスな状況に放り込まれ、だんだんと町の暗黒部分に引きずり込まれるという異質なものになる模様だ。

(葛西祝)

反資本主義のコンセプトによって、シングルFPSのシステムに批判的な『Perfect World』


ノミネート作品のなかで批評的だったのが『Perfect World』である。こちらは公式には “環境保護主義者の寓話”とされており、ビデオゲームが持つ基本的な面白さを進めれば進めるほど地球環境が死滅に向かってゆくという皮肉な体験ができるようにしている。

基本的にはシングルプレイFPSの形式で、銃撃戦ではなくジャンプアクションで進めていくゲームプレイ。UIも体力やお金の表示など、比較的ありがちなパラメーターが用意されているのだが、異色なのは画面上部に「WORLD HEALTH(世界の体力)」というパラメーターだ。

プレイヤーは主に様々なステージにて、なにか石油採掘機と思わしき機械を起動させていくことでお金を稼いでいく。稼いだお金でグラップリングフックやジェットパックを購入し、さらにアクションを広げて行ったり、新しいステージへ進むチケットを購入したりできる。ステージは高い崖がそびえたつ自然から、真夜中でキノコが生い茂る空間など超自然的な空間ばかりだ。

だがそうして採掘機を起動し、お金を稼げば稼ぐごとに地球環境が悪化してゆく。各ステージでお金を稼いでパワーアップさせるという、いまどきのシングルプレイFPSからアクションまで当たり前の行為が世界を破滅に導いていく、というアイロニカルな流れになっている。

かつて反資本主義を標榜するアートゲーム作家・MOLLEINDUSTRIAは「ビデオゲームと資本主義の精神」というテキストにて、ビデオゲームが現代社会の合理性を反映したものだと批評し、「ビデオゲームを遊ぶということは何を描写しようが、何を物語ろうとしているかに関係なく、資本主義的な考え方と価値観を育む可能性がある」と喝破した。『Perfect World』を開発したMichael Overton Brownも、現在、南カリフォルニア大学にてゲームを学びながら、こうした考え方に乗ったに違いない。

(葛西祝)

LONG FEATURE AWARD——長編賞にノミネートされた、昨年の気鋭の2作

A MAZE.では基本的にゲームジャンルを飛び越えるアヴァンギャルドなアプローチのアワードやタイトルが選出される傾向にあるが、「LONG FEATURE AWARD」いわゆる長編賞においては比較的、ゲームプレイや物語性がストレートなものを扱っている。

その中で今回のノミネートで興味深いのは『American Arcadia』と『This Bed We Made』だろう。


まず『American Arcadia』は1970年代のアメリカを模した、リアリティーショーとして稼働する人工都市に暮らす主人公と、リアリティーショーを監視する主人公のふたりを操作していくタイトルである。本作はFPS視点のADVと、2Dプラットフォーマーが合成されたものである。

テレビやSNSといったメディアに監視される人間というテーマはある程度やりつくされているとはいえ、ぎりぎりのところでモダンな印象に変えたものだ。とりわけ1人称視点で監視の役割である主人公が、もう一人の3人称の主人公を見るという構図自体がコンセプトとゲームデザインを繋ぎ合わせている。

Playdeadのような、ビデオゲーム的な記号を削った末のダークな世界を体感させる2Dプラットフォーマーではなく、ぱっと見は少し捻った同ジャンルのものかと感じてしまうが、丁寧に紐解いていくと2Dプラットフォーマーや主観視点ADVなどのゲームジャンルに対しても批評性を持つ一作でもある。それが今回のノミネートになったのではないか。



『This Bed We Made』はホテルの清掃員として、各部屋を掃除しながら宿泊客の様子を探っていくというADV。こちらはFPSやウォーキングシミュレーター、イマーシブシムにありがちな部屋の探索にフォーカスしたものだが、そもそもいろんな人の部屋に入る行為自体を自然にできる職業に当てはめたところが魅力である。魅力というか、誰かがやりそうでやらなかったものを拾ったというべきか。

あらためてホテル清掃員ならではの、ベッドメイキングなどの行為に合わせ、部屋を見回るうちにホテル内に起こる事件や人間関係の模様を知っていくというゲームプレイが、当たり前なのだが洒脱な一作である。

(葛西祝)


クィアなバイブスにノるPS1風サバイバルホラー『Sorry, We're Closed』

また長編部門のノミネートではá la mode gamesによる『サイレント・ヒル』や『バイオハザード』をクィアなコードで読み解いた『Sorry, We're Closed』も興味深い。

本作はPS1風の荒いテクスチャと3Dモデル、固定カメラで異世界を探索するサバイバルホラー。銃を撃つ時は、立ち止まっていないといけない。

そんなふうに古風なゲームだけど、クィアな風変わりさが漂ってもいる。まず主人公のジャケットの蛍光ピンクがホラーの原則を破っていて素敵だし、第三の目を開いて、敵の心臓を見抜く時の妙に可愛い演出も面白い。

それに、女性主人公の元恋人らしき女性、悪魔のような見た目で様々な女性に愛を求める不可思議な女性、裏世界で主人公をガイドする同居人の女性。「バイオ」シリーズなどクラシックなホラーゲームにも様々な女性が出てきたが、本作には彼女たちが横溢している。
現在はSteamで体験版が配信中。リリースが楽しみなゲームの一つだ。

(近藤銀河)


長編賞を受賞した[ECHOSTASIS] が目指す、ゲームでしかできない物語の方法


このようにテーマ設定などのわかりやすさがある長編賞だが、この部門を受賞した『[ECHOSTASIS]』に限っては一筋縄ではいかない。本作はまだ開発中だが、Steamで体験版が公開されている。

ローポリゴンで構成された空間にグリッチや走査線が入る歪んだ視界のFPSなのだが……いや、FPSというべきなのかもわからない。探索する不気味な林の中にある教会にて、どこかから話し声が延々と聞こえる。

ここにはジャンルが規定できない、なにか言葉にしがたい体験がそのものがここにある。ストアページに「ゲームという媒体を通してのみ可能な物語」を目指していると書かれているのだから、開発側に「なにがビデオゲームで可能なのか」という施策からスタートしているのは確かだ。


一見すると人気ローポリFPS『DUSK』みたいなところがあるが、『[ECHOSTASIS]』はどうもFPSを作ることが目的じゃない。FPSパートが終わると、走査線もグリッチもない現実世界のなかで奇妙な施設を探索することになる。施設には謎のPCが置かれており、ここでは大昔のキーボードで単語入力するADVみたいになっている。

調べていくと、どうやらここはエニグマ社と呼ばれる場所で、主人公はそのエンジニアらしい。そしてエニグマ社には3人の「エコー」と呼ばれるプログラムにて、事故を喪失しかけている被験者がいる。主人公の役割は、そんな被験者の心に入り込むことだ。では、典型的なホラーFPSのような世界もまた、被験者の誰かの心のなかだったということか。

開発のJamie Gavin氏は本作を「ENIGMA」三部作の最後を飾るものとしている。これまで三部作に連なるものとして『THE ENIGMA MACHINE』、『MOTHERED - A ROLE-PLAYING HORROR GAME』という、アンドロイドの精神の中を探索するというADVを開発してきた。

『[ECHOSTASIS]』はアートワークや脱構築的なゲームデザインなど『THE ENIGMA MACHINE』から引き継いでいる。ノミネート作品のなかで、唯一明確な世界観やモチーフを選ばず、既存のビデオゲームの考えをぶち破る野心に満ちた一作。

(葛西祝)



ゲームの可能性を拡張する、Explorer Award


受賞作『BlueSuburbia』——ゲームシーンの集大成

従来的なゲームの領域を越え、可能性を拡げるような作品に贈られる賞であるExplorer Awardを受賞したのは『Everything is Going to Be OK』で知られるNathalie Lawheadが開発中の最新作、『BlueSuburbia』だ。

『BlueSuburbia』はインタラクティブフィクション的なウォーキングシミュレータとなっており、プレイヤーはUnreal Engineで描かれた世界を歩き回りながらさまざまなテキストを読んでいく。そのテキスト群を通じて表現されるのは、作者が経験した、性暴力被害者として告発を選んだ後のあまりにも苦しい状況だ。だが、プレイヤーは、救いを求めることの正当性を問われ続けながらも、沈黙を選んで「reprieve(刑の猶予期間のような)ひとときの安らぎ」に埋葬された人々を訪い、魔女の力を借りてその世界を脱する……というところまでが現時点で公開されている。

本作の表現として特筆すべきなのは、Unreal Engineで描かれた世界の中にBitsyなどを使った語りを埋め込んでいる点だろう。小規模なツールを活用することで、語りにいくつものレイヤーを作り出している。また、本作は作者が90年代末から2000年代にかけて作っていたFlashゲームがベースになっているが、タイトル画面に置かれたモニターからそのFlash版にアクセスすることができる。この、ゲーム内にゲームをアーカイブするという技法は『Museum of Screens』のようなプロジェクトを思い出させるもので、前述の小規模ツール群の活用と相まって、作者が日々接しているゲームコミュニティのあり方が集約されているかのようだ。まさにひとつの時代を象徴する作品としてのポテンシャルを備えていると言えるだろう。

本作はSteamおよびitch.ioで公開されている。プレイ前に内容に関する注意(CW)を確認すること。また、画面の明滅を伴う演出やグロテスクな描写がある点にも気をつけてほしい。

(鳥の王国)


『Hawk & Puma』——研究と創作の融合

Explorer Awardノミネート作から、Niebla Gamesのクリエイティブ・ディレクターNico Valdivia HennigによるBitsyゲーム『Hawk & Puma』もとりあげておこう。

本作で描かれるのは16世紀アンデスに実在したインディオ、ワマン・ポマの行跡だ。征服者スペインによる支配の暴虐を憂えたポマは、500点以上の挿絵をふくむ浩瀚な書物をものし、それをスペイン王フェリペ3世に告発として送ることを目指した人物だ。ゲームでは、プレイヤーはポマを操作し、ポマの描いた絵を通じてスペインの苛烈な支配を目撃する。さらに、それに対してほぼ同時代の政治思想家であるマキャベリが西洋的な視点からコメントを付けることで、ポマの叙述に対する重層的な読みの可能性(およびその読み方の植民地主義性)が提示される。

本作は、さいきん欧米を中心に活発な動きである、研究と創作のクロスオーバーを目指す「リサーチ=クリエイション」の実践として提示されている。実際、開発の中心となったNico Valdivia Hennigはカリフォルニア大学リバーサイド校で博士課程の学生としてヒスパニック・スタディーズにも従事している。研究と創作を融合させるこういったあり方はますます活性化が予想され、今後その成果がゲームとしても出てくるだろうと感じさせる一作だ。

(鳥の王国)



女性や周縁化されたジェンダーの人々によるゲーム開発WINGS AWARD作品紹介


WINGS AWARDは、「女性や周縁化されたジェンダーの人々」を中核した開発者によって作られるゲームに対する助成事業を行う団体WINGSによる賞だ。様々なバリアに行き当たり、資金や機会を得にくい開発者にとって、これはとても重要な機会だろう。

ノミネートされているのは五作品。ゲーム業界においてまだマイノリティである、女性や周縁化されたジェンダーの開発者たちによるゲームは、どんな作品なのだろうか。開発者の属性が作品にどんな影響を与えるかはわからないが、そこには独自の作品群が並んでいた。

特に興味深いのはWINGS AWARDにノミネートされた作品の全てがポイント・アンド・クリック式のアドベンチャーゲームである点だ。

そして、それらの作品はどれもクラシックなゲームのスタイルを継承している。オールドスクールなゲームの女性やクィアを主人公に据えた語り直し、というふうにもみえた。

WINGSの活動は「女性や周縁化されたジェンダーの人々」による開発を促進するもので、表象についてのものではないようだ。しかし、そうした人々がゲームというジャンルでの活動を活発にすることで、様々な語り直しが進み、また新たな表現が生まれていくだろう。各作品のリリースとそんなゲーム界の今と未来を心待ちにしている。

(近藤銀河)


WINGS AWARD受賞タイトル——『Miniatures』ほの暗い手描きアニメーションの世界に飛び込み、物語のピースを自ら完成させる


『Tick Tock: A Tale for Two(チックタック:二人のための物語)』を手がけたデンマークのスタジオ、Other Tales Interactiveによる4本のショートストーリーを収めたポイント&クリック型のパズルアドベンチャーゲーム。このたびの「WINGS AWARD」に輝いた作品だ。

本作では古い木箱の中の不思議なアイテム(トカゲのおもちゃ、捕獲された蛾、ドライバー、貝殻)に秘められた、現実と空想が入り混じる奇妙で薄暗い雰囲気が漂う物語の数々を子どもの視点を通じて体験していく。

ショーン・タンジョン・クラッセンといった作家に影響を受け制作されたという手描きのイラストによるビジュアルは、アニメーション作品としても成立し得るアート的表現となっており、夢の世界に迷い込んだような幻想文学にも近い趣きさえ感じられる。UIを排した没入度の高いゲームデザインもまた、画面に散りばめられた物語の断片を読み取り、触れる者が自らの脳内でストーリーを紡いでいく独自のプレイ性を支えているようだ。

家族で協力して収納棚を組み立てようと試みるが、その過程にはどこか歪で不穏な気配が漂う。嚙み合わない部品とネジを無理矢理つなごうとして生じる亀裂、取り急ぎの応急処置、崩れ落ちそうな家具を支える手に貼られた絆創膏、そうした破壊と再生にまつわる象徴の数々が作品全体に込められたテーマを浮き上がらせていた。

正式リリース前のタイトルではあるが、「Familiar」と題された前述のドライバーの章を体験できるデモ版が、本稿執筆時点においてSteamで公開されている

(ドラゴンワサビポテト)


『Dissecting Love; a queer autopsy of a relationship』——ゲイカップルの関係性修復を死体解剖に見立てる体験


「修復」は今年のWINGS AWARDにおいて重要な要素かもしれない。Noe Mael Arnoldによる『Dissecting Love; a queer autopsy of a relationship』もまた、関係の修復にまつわるゲームだ。

ゲイ男性の別れを描くこの作品では、カップルだった二人の会話が、死体解剖という視覚的比喩によって表現される。心臓を取り出して過去の失敗を思い出し、頭蓋を開いてお互いの考えを問い合う。

本作は体験版が公式HPで公開されている。体験版の範囲では、二人が家族や周囲の偏見にどう対応し、どう傷ついてきたか、そしてどのような行動をとったことが相手にとって痛かったのか、が深く語られる。

クィアな関係において、偏見と差別による困難は、個人的な性格による困難と分かち難い。果たして本作が完成した時、クィアな関係をどんなふうに解剖してみせるのだろうか。

(近藤銀河)


ハードなSFの持つマッチョさを女性の主体によって語り直す『Neve』


Michelle Santosによる『Neve』はハードなSFの手触りが特徴的なアドベンチャーゲームだ。主人公は、辺境の惑星に不時着した星系間輸送船の船長。小さなコフィンに閉じ込められた彼女は、不審なAIを通して、信頼関係の薄いクルーに指示を出し事態の対処に当たっていく。

映画『エイリアン』の影響の強いデザイン、作品内世界のUIをそのまま操作するゲームシステムや、シビアすぎる選択肢など、冷たくプレイヤーを突き放すような感覚が独特な作品だ。しかし、本作は単にハードコアなゲームをなぞるのものではない。『Neve』に登場するクルーたちは皆様々な女性であり、それによってこのゲームはハードなSFの持つマッチョさを女性の主体によって語り直そうとする。

本作も体験版が現在公開中だ。はたしてゲームの結末で彼女たちはその関係を、船を、修復できるのだろうか。

(近藤銀河)


女性主人公によって、男性的だったジャンル “ノワール”を書き直す『Phoenix Springs』


ハードなジャンルの語り直し、という点ではCalligram Studioの『Phoenix Springs』も共通するところがある。古典的なポイント・アンド・クリック式アドベンチャーの進化系と名乗るこの作品は、ハードボイルド小説やノワール映画に影響が色濃い。会話も含めた全てのボイスアクトが「〇〇は××といった」というように主人公の一人語りだけで進む点には、強烈なハードボイルドさがある。

同時に、Kickstarterでの解説では『Life is Strange』『Gone Home』『Her Story』といった女性主人公のゲームの数々が例にあがっていた。まさに本作もその系譜にある作品だろう。鮮烈な色彩と暗闇の中に浮かび上がる白い服を着た女性主人公の姿は、ノワールなジャンルを内側から描き直すかのようだ。

複雑なルーツを持つ人々が暮らすPhoenix Springs、そして学生運動、ジャーナリズム、思考を追うようなゲームシステム。体験版が提示する本作のテーマには心惹かれるものがある。

(近藤銀河)

総評

やはり今年は「未解決事件」の大賞受賞につきる。これはSOMI氏のクリエイティブが素晴らしいだけではなく、例年のA MAZEから比較するとちょっと異例な印象があったからだ。

昨年2023年はジェンダーアイデンティティを描くオープンワールド『Player Non Player』、2022年は様々な表現やミニゲームが入り乱れる、ピクセルアートを基本にした奇妙なADV『Tux and Fanny』が大賞に選ばれていた。いずれも一言で説明するのも難しく、既存のビデオゲームに対する批評性が非常に強いタイトルである。

過去の例と比較して、「未解決事件」ももちろん批評性や新規性に富んだタイトルではあるものの、比較的ゲームバランスや物語性、そしてプロジェクト自体がビジネスをある程度は目的に作られているように思う。(実際、『Tux and Fanny』と「未解決事件」のSteamレビュー数から察せられる販売本数を見ると、そこは一目瞭然ではないか)

こうした大賞の方向に関して、今年は審査員にSIEの吉田修平氏が加わっていたことや、SteamでA MAZE.期間中にイベントのページを開いていたことも興味深い。つまり、A MAZE.もアートハウス系タイトルをビジネス的なラインにゆっくりと繋げようとする意図もあるのではないか、ということである。

冒頭で「A MAZE.は映画に置けるカンヌやベルリン的な立場と思うが、世界の配給会社が作品を買い付けにくるということは別、わりとアーティスティック一点」ということを記したが、今後は本当に世界的な見本市として、アートハウス系をビジネスに繋げる方向を強めていくのかもしれない。どうなるかは翌年のA MAZE.がどう進むかではっきりするだろう。

なお、今回の紹介タイトルでは特殊コントローラー系やVR系は取り入れておらず、(まずは現段階の方針として)読者の皆さまも購入やプレイ可能なタイトルに絞っている。編集意図はまずアートハウス系のシーンがどういうものか、というのを触れやすくするためだ。

今回のノミネート作品はこちらのページから確認可能。VRやインスタレーション的なタイトルも含んだ、より詳しい情報はこちらを参考にしてほしい。



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