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小説:当店は9月17日(日)をもって閉店します 1

あらすじ

青葉市の大型ショッピングモール『アオモ』南館一階にあるゲームセンター『アミューズパーク』はモール側との契約交渉が上手くいかず、突如として閉店することが決まった。
契約社員になろうとしていた主婦田原、閉店に伴って発生してしまう転校を小6の息子に嫌がられる店長大池、閉店に向かって張り切って仕事をする田原を冷めた目で見ている坪田、『アミューズパーク』へ残留するために店長昇格を断り続けていた友田。
それぞれの目から見た『アミューズパーク』閉店までの日々を描いたお仕事小説。連作短編集。

1 田原恵たはらめぐむ

「ごめん、田原さん。実はこの店、九月十七日で閉店することが決まったんだ」
 店長が何を言っているのか分からない。
 暑い夏真っ盛りの午後、私は休日だというのに職場に来ている。エアコンの効いた騒がしい店内を通り、電子錠のかかった事務所へ入って、来月から契約社員へ切り替えるために必要な書類を店長に渡そうと差し出したとき、気まずそうな顔をしてその言葉は発せられた。
「どういうことですか?」
 売り上げが悪いだとか、そんなことは聞いていない。というよりも、先月の売り上げは過去最高でグループの中でも上位だと言っていたではないか。
「施設側と契約交渉が上手くいかなくて、契約更新が出来なかったって聞いてる。ぼくもさっき聞いたばっかりで混乱しているんだ」
 店長の大池おおいけさんは困り顔で頭を掻いて、私を見つめた。店長に渡そうと手に持った書類は受けとられることなく、私の手元でうなだれるようにしなっている。
 九月十七日でこの店が閉店する――寝耳に水とはこのことで、騒がしいはずの店内の音が一瞬遠のいた。
 この店、アミューズパークは青葉市にある大型ショッピングモール「アオモ」南館一階にテナントとして入っているゲームセンターである。
 私、田原恵たはらめぐむは結婚を機にこの青葉市へ引っ越し、妊娠出産を経てこのアミューズパークへパート従業員として勤めだして丸三年、来月からはフルタイムの契約社員になってガンガン働くはずだった。それなのに。
「田原さん、本当にごめん。ぼくも何か出来たらいいんだけど、こればっかりはどうしようもなくて。あ、あとこの話まだ他の人知らないからオフレコでお願いできる? なるべく早くにみんなやお客様にも知らせなきゃなんだけど、本部がお客様に知らせるのは遅らせろなんて、不誠実なこと言ってるんだよ」
 大池さんは大層憤慨した様子で、そう言った。確かに、この店が閉店すればメダルの預りはなくなってしまう。近隣に系列店舗があればそこに移すということも出来るのだろうが、一番近い店舗が隣の県という状況ではそれも難しい。
 つまり、早く告知をしてお客様にはなるだけ新しくメダル貸し出しを利用するより、今預けているメダルを消費したほうがいいと伝えないとお客様は損をするということだ。
 メダルをたくさん預けているお客様でも、優先席利用を希望される場合などでメダル貸し出しを利用されることは多々あることを、メダル側にずっといる私はよく知っている。大池さんが怒るのも無理はない。
 常連さんたちの顔を思い浮かべながら、私も本部のやり方に怒りを覚えた。どうにか出来ないのかな。
「本部からは告知を遅くって言われてるんだけど、あまりにお客様に申し訳ないから、みんなに話をしたらすぐに閉店の告知を出そうと思う。本部の人が来るときは、その告知を外してバレないように対応しようと思うんだけど、どう思う?」
 大池さんは仕事が出来て、お客様思いの人だ。たぶん私が、「それはどうですかね」と言ったってやる。
「いいと思います。常連の白木さんご夫婦とか、星野さんとか預け十万枚以上あったはずなので、早めに告知しないと後のクレーム処理が大変だと思いますし」
「だよね。そうしよう。メダル、大変だと思うけど頼んだよ」
「はい。了解です」

 フルタイムの契約社員へ切り替えようと思ったのは、給料の面もそうだけれど、ほとんどメダルとメンテナンス担当となってしまった今、フルタイムじゃないと仕事が終わらなくなってしまったからだ。
 この店で働き始めるまで、ゲームセンターというものとはとんと縁がない人生を送っていて、この店を面接の候補に入れたのは単純に時給が良かったからに過ぎない。
 面接を受けたときの私はすごく焦っていた。その時私は就活をするための枠で保育園に子どもを預けていて、あと二週間以内に仕事が見つからなければ保育園を退園しなければならないという切羽詰まった状況に置かれていた。
 やけくそで色んなところの面接を受けていたものの、どこの面接も通らない。アオモの中に入っているテナントは三カ所受けて、最後に残ったのがアミューズパークだ。やけくその私は面接で嘘を吐いた。
「ゲームの筐体の中がどうなっているか知りたくて」
 そんな嘘のおかげか、それとも面接で大池さんと結構盛り上がったからかは分からないけれど、私はなんとか残り二週間、ギリギリ滑り込みセーフで仕事を見つけることが出来たのである。
 それから今日までの三年間はとても楽しいもので、先輩たち(と言っても大体は私より年下なのだけれど)は優しく、不器用で物覚えの悪い私が修理に手間取ると、すぐに助けに来てくれた。
 特に仲良くなった先輩は高尾たかおさんで、仕事外でも一緒に遊びへ行くような仲となっている。その高尾さんはもう、アミューズパークを退職しているのだけれど、今も私たちは一緒に遊ぶ関係のままだ。
 三年の間に、頼もしい先輩たちは次々と退職していった。理由としては、頼もしい先輩たちの大半が大学生だったことにある。大学の卒業時期を迎えれば自然と、就職するために退職するサイクルとなるのは仕方がない。
 高尾さんは学生ではなかったけれど、「このままここで働き続けてもなと思って」と言って辞めていった。
 高尾さんの最終出勤日、私たちはその翌日遊ぶ約束をしているというのに、フロアでめそめそして別れを惜しみ、事務所で泣きながらツーショット写真を撮った。
 大学生が辞めていくのとは別に、とても仕事が出来る先輩というものは社員登用試験を受けて、社員になって店舗を去ってしまうということもある。
 大上おおがみさんは私がアミューズパークで働き始めたとき、朝番の中心というか店舗の中心となって働いている男性だった。年齢は確か私とそう変わらなかったはずで、二十代後半だったと思う。
 大上さんがシフトに入っている日は安定感がすごい。クレーンゲーム機が立ち並ぶプライズ側の対応も、メダル側の対応も縦横無尽にこなし、フォローにまわるタイミングも絶妙なのだ。
 機械のメンテナンスも、店長の大池さん、副店長の友田ともださん、それに加えて大上さんが居れば鉄壁の布陣で、この店は結構メンテナンスがいい店として通っていた。
 けれど、やはり仕事ができる人はきちんと昇格していくもので、大上さんは私が勤め始めて二年目の秋、社員登用試験に合格して他店舗へ異動し活躍の場を移した。
 そんなこんなで、基本的にはメダル側とメンテナンスを担当していた大上さんが居なくなると決まったその前後から、私は大上さんの後釜に入るように、メダル側とメンテナンスを担当する流れに乗ってしまう。
 理由は単純で、朝番のメンバーは大半がプライズ側で設定をしなければならないメンバーだったからというのがその理由だ。メダル側に入らざるを得ないから、自然とそうなっただけで、好んでやっていた訳ではないが、やり始めるとなるほど奥が深い。
 分厚い取扱説明書の中から、起きているエラーコードを探し出し、原因追及をしていく。お客様がその間待っているので、なるべく早く原因を見つけ出して、エラーを解除しなければならない。
 最初のうちはお客様に文句を言われたり、酷いお客様だと頭を小突かれたりしたこともある。慣れてくると対応は早くなるし、場数をこなせば取扱説明書なしでも難しい対応もすんなり出来るようになった。
 最近ではお客様にも、「エラーになったから田原さんを呼んで」と指名される信頼も得ていてやりがいを感じていたのに。なのに、店自体がなくなるなんて。

「まだ、オフレコなんで他の人には言わないで欲しいんですけど、アミューズパーク九月十七日で閉店するらしいです」
 青葉駅前にあるカラオケ店の個室で、私は高尾さんへ我慢できずに打ち明けた。
「へ? マジ?」
 高尾さんは心底驚いたようで、目を大きく見開いてちょっと間抜けな声で返す。一緒に働いていたときは長い髪を一つにくくっていたけれど、今は亜麻色の髪をショートボブにしていてそれがよく似合っている。
「マジなんですよねー。昨日大池さんから聞いたばっかりで私もあんまり頭の整理出来てないんですけど」
 そう言って、私はテーブルに置かれたグラスを手に取り、カルピスで口を湿らせた。くるくるとグラスに差したストローで氷を回しながら、高尾さんの方を見やる。
「売り上げ、悪かったの?」
 彼女はそう言って私を見つめた。
「売り上げは悪くなくて、先月とか系列の他店舗より売り上げ良かったくらいなんですよ! 酷くないですか? 契約交渉が上手くいかなかったから閉店するなんて、思わなかったです」
 楽しいはずの高尾さんとの時間なのに、心がしゅんと萎んでいくのを感じる。あの店がなくなるのは嫌だなとはっきり思う。私はあの場所が思ったより好きだったようだ。
「あの場所結構広いじゃん? アミューズパークが閉店した後、どんな店が入るんだろうね」
 確かにアミューズパークの店舗面積はそこそこ広い。契約交渉が上手くいかなかったとしても、施設側としては空きテナントにするよりは何かテナントを入れておいた方が収入は増える。アミューズパーク側都合での閉店ではないということはつまり、既に次のテナントは決まっているということだ。
「なにが入るんですかね……。次もゲームセンターだったら、面接受けようかな」
 私はぽつりとそう言った。高尾さんには、カラオケの個室に設置された画面から流れるミニ番組の音でかき消されてその声は届いていないみたいだ。

 結局、他のスタッフに閉店が告げられたのは私がそれを聞いた翌週のこと。朝のミーティングで大池さんから閉店を知らされた私以外の朝番メンバーは驚き過ぎて、声のボリュームが馬鹿になり「えーっ!」と大きな声で口を揃えて言った。
「めぐちゃんは知ってたの?」
 ミーティングを終えて、開店準備のために店内へスタッフが散らばる中、店舗最年長の桃田ももたさんに訊ねられる。
「ああ、はい。知ってました。来月から契約社員になる予定だったので、先週それ用の書類持ってったときに聞いていて。桃田さんなんで分かったんです?」
 私が訊ね返すと、桃田さんは笑って「だってめぐちゃんだけ驚いてなかったもん」と言うと、開店準備をするために去って行った。
 桃田さんはつかみ所がない。ふわふわしていて、いつも「もう、わかんなーい」と言いながら、高尾さんから引き継いだクレーンゲームの設定をしているかと思えば、お客様対応はテキパキとこなしている。いつもニコニコして人好きのする感じで、常連のお客様人気も高い。
 そのわりに、お客様の聞いていないところでは「もう、あの常連さんは面倒くさいから対応行きたくない。めぐちゃん行って」と私に面倒ごとを押しつけてくる側面もあったりする。
 面倒ごとを押しつけられるのは嫌だけど、桃田さんの明るくて人好きする雰囲気は嫌いじゃない。寧ろ、聖人君子のような人より桃田さんのような人間らしさのある人が私は好きだ。
 
 スタッフに閉店が告げられても、お客様への告知はまだされていない。スタッフはみな、それぞれに閉店への気持ちを抱きながらいつも通りのアミューズパークを運営しなければならないのだ。
 私はそれがなんだか、お客様へ嘘を吐いているみたいでなんだか嫌だなと思いながら仕事をする。
 開店直後から常連のお客様がなだれ込んで、しばらくの間メダルの預け入れと引き出しをするメダルキーパーという機械の前に行列が出来るいつもの風景を見ながら、九月十七日なんてあっという間なんだろうなと思った。
 常連のお客様が散り散りになって、自分のお気に入りのメダル機めがけて急ぐ。良い席はもちろん早い者勝ちなので、開店直後は常連のお客様たちにとっては戦場なのだ。
 メダル側の仕事は、エラーが起きない限りそんなに多くない。一番多いエラーはホッパーエンプティ。つまりはメダルが入っているホッパーが空になるエラーで、対応はメダルをメダルカウンターにあるメダル箱から、メダルジョッキと呼ばれる入れ物に適量取り、それをホッパーに補充するだけで終わる。
 一分もかからず終わる作業だが、ジャックポットで大量のメダルが吐き出されると、同時に数席がホッパーエンプティを起こし、対応が遅れると全体エラーとなってしまう場合もあるので馬鹿に出来ない。
 とはいえ、開店直後はホッパーエンプティが起こることは少なく、私はメダルカウンターに置いてある引継ぎノートを見ながら、故障機などが発生していないかを確認する。故障機の修理は、最近ほとんど私が行っているのでこの確認作業は一日の始まりには欠かせない。
 故障機修理やメダルの販促や調整を任せてもらっているのは、信頼を得ている感じがして好きだ。大変だ、きついと思うことももちろんあるが、それだってやりがいと言ってしまえる。
 でもそれも――そう考えたとき後ろから「田原さん」と声がかかった。振り返るとそこに居たのは、常連の白木しろきさんご夫婦の旦那さんだ。
「俺の席エラーになっちゃった。たぶん、メダルないんだと思う」
 そう言って「早く早く」と私を急かす。
「五番でしたよね。すぐ行きます!」
 メダルジョッキにメダルを入れて、アミューズパークで一番人気のメダル機、クロススタジアムの五番ステーションへ走る。白木さんご夫婦は、店に来ると必ずクロススタジアムで遊技をされるので何番席かだけ確認すれば良いので楽だ。
 五番ステーションへ行くと、そんなに待たせていないのに旦那さんは焦れている。当たっている最中なので、早く遊技に戻りたいのは分かるがメダルジョッキはそれなりに重いし、補充自体はそんなに時間がかからないので待ってほしいと思ってしまう。
 メダル補充口の鍵を開け、メダルを補充し、エラー解除のためのボタンを押す。エラー画面が消え、ゲーム画面に戻ったのを確認してから「お待たせしました」と言って、一礼して五番ステーションを離れた。

 当店は九月十七日(日)をもって閉店します。長らくのご愛顧ありがとうございました。と書かれた紙がメダルコーナーに掲出されたのは、全てのスタッフに閉店が告げられてからさらに一週間後、八月に入ってからのこと。
 紙には閉店日とともに、メダルは九月十七日の閉店日をもって消滅する旨も当然書かれていて、それを見たお客様からは当たり前のように、告知が遅いのではないかというクレームが出た。
 これでも大池さんが「さすがにこれ以上お客様にお知らせしないのは不誠実過ぎる」と、本部に内緒で告知をしてくれているのだという内情は飲み込んで、私はひたすら怒れる常連のお客様に「申し訳ありません」を繰り返す。内部事情なんてお客様にはもちろん関係ない。
 夏休みが始まった店内は、いつも見慣れたお客様だけではなく高校生くらいの学生の姿も見える。アミューズパークのメダルコーナーは、十六歳未満は保護者同伴でなければ遊べないハウスルールで、中高生と思しきお客様には身分証の確認をする必要がある。夏休みになるとそれが増えて億劫だ。
 中高生に見えるお客様は身分証の確認が出来ない場合遊技をお断りするのだが、これはあくまでハウスルールなので「他の店ではこんなことしなくても遊べた」など、文句を言ってくる人が少なくない。
 私はこのハウスルールを面倒ごとが増えるだけで嫌だな、と思って嫌っているのだけれど、仕事なので仕方なくそれに従って身分証を持たない中高生風のお客様にお引き取り願っている。
「ねぇ、田原さん。本当にここ閉店しちゃうの?」
 そう私に声をかけてきたのは、栗木田くりきださんという常連のお客様だ。栗木田さんは四十代くらいの女性のお客様で、いつも品の良い服を着ている。
 エラーや故障が発生してお待たせしても、決して声を荒げることなどなく「いいのよ。待ってる間私、他のゲーム機で遊んでおくわ」と笑顔で言ってくれる、スタッフにとっては神様のような人だ。
 そんな栗木田さんがとても悲しげな顔をしてそう言うので、私も一緒に悲しくなる。
「そうなんです。私たちも最近知って、どうしたら良いんだろうってなってるところなんですよ」
 しょんぼりしながらそう返すと、栗木田さんはぽつりと「ここが無くなったら、私どこに行ったらいいのか分からないわ。でも、もう決まったことなのよね。寂しい」と言いながら、メダルをメダルキーパーから引き出して、お気に入りのメダル機へゆっくりと歩いて行った。
 栗木田さんのように寂しがってくれるお客様が二割、メダルの預けが多くて期限内に使い切れなさそうで怒るお客様が八割くらいの感じで、掲出初日は過ぎていく。
 私は対応の合間に淡々と、閉店に向けて何が出来るかを考えていた。私が最後にこの店で出来ることはなんだろう。
 考えて、考えて、思い至る。この店に設置されているゲーム筐体は閉店後、グループの他店へ散らばっていく。どうせなら他の店舗へ行っても大切に遊んでもらえるように、筐体整備と清掃をしっかりしよう。
 この店でたくさんのお客様を楽しませてくれてありがとうという思いを込めて、筐体を労うんだ。
 そう決めた私は、閉店日までの作業表を簡単に作る。どの筐体をいつするか、どういったメンテナンス項目があるかを書き出したノートは、やりたいことがいっぱいすぎて真っ黒で、自分でもここまでしなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
 それでも私はやる。決めた。最後の大仕事、やりきってみせる。

つづく

第2話 大池康生

第3話 坪田智美

最終話 友田裕太




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