人生は、"めぐり合わせ"

私は大学でフランス語を専攻している。
"大学生は人生の夏休み"なんて言葉に逆行するかのごとく、
必修のフランス語を週に6コマこなす。
ヒイヒイものである。
しかし、去年の今頃、そんな予定は一切なかった。
私は心理学を勉強するつもりでいた。

私が心理学からフランス語への転換を強いられたのは、
言うまでもなく"大学受験に失敗したから"だ。
単純明快。これに尽きる。
今通っている大学に行くつもりなんて毛頭なかった。
(失礼を承知で書いております…)
本当に人生はめぐり合わせだと思う。

大学のフランス語教授にH先生という方がいる。
某名門私立で1,2年とフランス語ではない言語を専攻していたが、
3年生でフランス哲学に関心を持たれ、
哲学書を読めるようになりたいとフランス語にシフト。
その後フランスの大学院へ進み、現在の大学教授に至る。

これもまたH先生の"めぐり合わせ"。
正直、第一志望の大学に行けず、気の合う相手も見つけられず、
勉強にやりがいを見出せず、モチベーションも覇気もなかった私にとって、
この発見は一縷の望みのようなものだった。
人間として尊敬できる方に教えていただける。嬉しい。
私のことを認めさせたい。目に留まるくらい輝きたい。突出したい。
大学入学後、初めて前向きな気持ちを抱いた瞬間だった。

話しが少々脱線してしまったが、
本当に人生はめぐり合わせだと思う。
自分の思い通りに事は運べられない。
与えられた環境で、今の立ち位置で、最善を尽くさねばならない。

"場所ではなく人である"
この言葉を私は50%信じて、50%信じていない。
だって、優れた人は優れた場所にいるじゃないか。
その環境に身を置けば、優れた人の割合は自然と増えるじゃないか、と。
一方で、周囲に優れていると思う人がおらず頑張ることが苦しい環境下において、最善を尽くすことに価値を感じてもいる。
それができるようになるために、私は今の居場所を選んだのだから。
喰われるな。飲まれるな。甘んじるな。
そんな風にやや歪んで立っている。
今の私の精一杯だ。

ものすごーく脱線してしまった。
つまり、きっと人生はめぐり合わせ。
人生は一定の不可抗力の中にある。
自分くらいは確かなものであれたらいいな、と思う。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?