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リハラボ10年の歩みと今後の展望|株式会社Reha Labo Japan代表取締役 竹下健輔さん

株式会社Reha Labo Japan(以下、リハラボ)で活躍するスタッフに、過去の歩みや原点、そして、現在の取り組みや未来への想いを伺うインタビュー企画。

今回は、リハラボの代表である竹下健輔さん(理学療法士)にお話を伺いました。

リハラボを創業したきっかけやこれまでの歩み、さらには今後チャレンジしたいことや経営者として大切にしている熱い想いから、「リハビリのその先」を目指し成長を続けるリハラボの裏側に迫ります。

◆ 竹下健輔(たけした・けんすけ)さん
株式会社Reha Labo Japan代表取締役 / 理学療法士
1981年岩手県久慈市出身。幼少期からスポーツに力を入れ、中学時代はバスケットボールで全国大会に出場、陸上の中長距離では岩手県の新記録を残す。箱根駅伝出場を目指し陸上に励んでいた中央大学2年生の時に膝を故障し、理学療法士という仕事を知る。大学卒業後、理学療法士の専門学校夜間部に進学。日中は老人保健施設で働く傍ら、勉学に励んだ。免許取得後は神奈川県にある有限会社が運営する医療・介護事業所に勤務。2012年株式会社Reha Labo Japanを創業し、代表取締役に就任。現在は4つのデイサービスと5つの訪問看護ステーションを運営する。


自身のリハビリ経験から憧れを抱く

ーー理学療法士という仕事を知ったきっかけを教えて下さい。
理学療法士という仕事を知ったのは、自身の怪我がきっかけです。私は幼少期からスポーツをすることが大好きで、中学時代はバスケットボール部と陸上部を掛け持ちするほどでした。ほとんど休みなしで朝と夕の練習に励んでいたので大変ではありましたが、バスケットボールでは全国大会に出場、陸上の1500mでは岩手県新記録を残すことができました。

高校からは、箱根駅伝に出場することを目標に陸上に専念。実家を出て寮生活をしながら陸上に励み、卒業後は中央大学に進学するため上京しました。

しかし、大学2年生のときに膝の半月板を損傷してしまいます。悩んだ末に手術を受けましたが、術後リハビリはなく自分の感覚で競技復帰したため、間もなく再発。その後に始まったリハビリで、理学療法士の方にお世話になりました。

ーー理学療法士を目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
とにかく膝を良くしたいと必死だった私は、都内や長野、愛知にある有名なスポーツクリニックに通い膝をみてもらいました。リハビリはこれまで自己流でやっていたので、なぜ痛みが生じるのか、なぜこの治療やトレーニングが必要なのかを丁寧に説明してくれたり、一緒に適切な目標設定をしてもらえたりすることで論理的に納得することができ、一生懸命リハビリに励むことができました。

東洋医学など様々な手段を試してみましたが、僕の身体にはリハビリが一番しっくりきて、信頼することができたんです。

その後、リハビリのかいもあり1500mを完走できるまで回復しました。残念ながら箱根駅伝でランナーとして走るという夢は叶いませんでしたが、再び1500mを走れたことがたまらなく嬉しかったのを覚えています。「私も、誰かの笑顔をリハビリを通してつくりたい」と思い、大学卒業後は、理学療法士の専門学校夜間部に進学しました。


起業という選択

ーー竹下さんが起業を目指すようになったのは、どのタイミングなのでしょうか。
学生時代です。専門学校に進学後、私は夜間勉強に励む傍ら、日中は老人保健施設に勤務しました。しかしその介護現場で提供されていたリハビリに衝撃をうけることになります。私が憧れていた理学療法士の提供するリハビリとは悪い意味で程遠いものだったのです。「リハビリって、こんな世界もあるのか…」と、当時、学生だった私は唖然としました。今から17年近く前のことです。

その後、福井県にある「ほっとリハビリシステムズ」という理学療法士の方が起業された介護事業所に実習に行く機会がありました。そこでは、代表である理学療法士の先生やスタッフの方々が地域で大活躍されていました。「地域を変えるんだ」という熱い思いや、イキイキと働いている姿がとても印象的で、「私もいつか、地域を盛り上げられるような会社をつくりたい」と起業を考えるようになります。

専門学校を卒業後は、いずれ起業することを前提に、神奈川県ににある医療介護事業を展開する有限会社に就職。病院やデイケア、訪問など様々な現場を経験し、地域で起業することの基本を教えていただきました。


ーーリハラボを設立した当時のことをお聞かせください。
神奈川の会社に就職して3年後、私は独立することを決意。現在、リハラボの取締役を務める養成校時代の同級生である儘田さんが、一緒に起業する道を選んでくれました。儘田さんは社会人経験もあり、会社を経営していく上で私に足りない部分をたくさん補ってくださいました。

2011年12月、株式会社Reha Labo Japanを創業。当時、デイサービスは目立たない場所でひっそりと運営している事業所が多かったのですが、「利用者さんに胸を張ってリハビリをしに来てほしい」という思いから、高円寺にある商店街に1店舗目のデイサービスをオープンしました。

儘田さん(左)と竹下さん
理学療法士・儘田佳之さん


リハラボ創立10年を振り返る

ーー創立から10年を振り、大変だったことや苦労したことを教えて下さい。

創業して10年を振り返ると、割と順調にはやってこれた方なのではないかと思います。ただ、会社がどんどんと大きくなり社員が増えるなかで、大変なことはもちろんありました。プレイヤーとして「目の前の利用者さんにリハビリを提供すること」と、マネージャーとして「社員を守ること」を同時進行していたプレイングマネージャーだった時が一番大変だったかもしれません。はじめのうちは、労務や給料計算、年金や社会保障の手続きなどの事務作業もすべて自前でやっていました。

現在は事業所も増え、従業員も延べ107名(2022年4月現在)となりました。今は代表として、社員の「働きやすさ」や挑戦に対して「伴走する」ことを大切にしています。それらを活性化するためにも、社内のコミュニケーションには特に力をいれています。社内SNSを活用しながら、点在した事業所同士が繋がりを持てるように工夫をしています。会社と社員個人にミスマッチが起きないように、起きたとしたらどのように対処したらより良くなるのかを常に考え行動しています。

ーー嬉しかったことややりがいとなっている事、原動力はなんでしょうか?
プレイングマネージャーのときは「利用者さんの声」がでしたが、マネージャー業に専念するようになってからは「社員の成長」が何よりの原動力です。社員が新しいことに挑戦したり、利用者さんからお褒めの言葉を頂いたりするととても嬉しいですね。

リハラボでは、「みんなが幸せであるため 笑顔のため いつも 考え 行動する」という経営理念を掲げています。どうやったら社員の夢を実現できるか、常に一緒になって考えます。まだまだ会社としての力不足もあるかもしれませんが、私はそんな組織を目指しています。


リハラボの今後に思い描くこと

ーー2022年7月にホームページをリニューアルされました。リニューアルされたきっかけについて教えて下さい。
リハラボの各事業所でやっていることやスタッフ達、利用者さんの笑顔などをフレッシュな情報としてタイムリーに出していきたいと思いリニューアルを決意しました。

自社管理に切り替え、常に内容を新しいものに更新していきたいと考えています。例えば、社内SNSでは、各部門長が定期的に事業所での出来事をコラムとして掲載してくれています。訪問看護とデイサービスの連携に関するエピソードや勉強会の内容など、社内で活発になってきた内部の情報を可能な限りオープンに出していけたらいいのではないかと考えています。

見に来てくれた人が楽しくワクワクするような、そんな「いきの良いホームページ」を目指しています。

2022年7月にリニューアルしたホームページ
ブログでの発信やSNSとの連携も行い、常に新しい情報がアップされる


ーー最後に、竹下さんがリハラボで今後チャレンジしていきたいことや未来に思い描くことを教えて下さい。
まずは、今いる100人以上の社員たちを守ること、幸せにすることに集中したいと思います。今いる社員を幸せにするためには、当然、新しいことにも挑戦するし、規模を大きくしていく必要もあるかもしれません。

団塊ジュニア世代が高齢化する2040年、さらにはその先に向けて、我々のような中規模企業がどれだけ地域に密着しながら理想の介護や地域医療を実現させられるかは大きなポイントになってくると考えます。目の前のことを大切にしながらも、中長期先を見据えて、私たちにできることを最大限やっていきます。

事業を拡充していくと、それだけ社会に対して貢献できることが増えてきます。そのためにも組織強化や仲間づくりに力を入れます。株式会社Reha Labo Japanの社名の通り、日本中の人たちに貢献できる未来を目指し、私たちリハラボは前に進み続けます。


■ SNS
公式Twitter
公式note
リハラボ社長Twitter


以上、今回はリハラボの代表を務める理学療法士の竹下健輔さんにお話を伺いました。創業当初から熱い思いでリハラボの成長を引っ張り続けている竹下さんのこれからの益々のご活躍が楽しみです。


【取材・文=河村 由実子、撮影=上垣内 寛】