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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第8話


「さぁさ今日もおはこんばんは! 皆さんの心のアイドル死神くんと団地の花子ちゃんです!」
「こ、こんにちは~」

 あぁ、眼球くんからビームされるハイビジョンを見ながら耳惠ちゃんに話すのは、二度目でも慣れない……。しかも私は寝間着です。襟元が破れている色落ちした紫のジャージです。髪は死神くんが丁寧に乾かしてくれたから、無駄にサラサラ。あまりの気持ちよさに、私はウトウトしかけました。

 ともあれ、深夜0時。死神くんは今夜も絶好調。

「ちょっと花子氏。視聴者の皆さんはいつ観てるかわからんのですから。配慮が足りんですぞ~」
「只今の時刻は深夜〇時。私は眠いけど、死神さんたちは元気に活動時間なのでは?」
「まぁ、イメージ的にわからんではないですな。生者の自殺が多い時間帯ではありますからねぇ。でも二番目。一番多いのは朝方五時くらいです。特に月曜日。いやあ、生者の皆さんも働きたくないのでござるな☆」
「……わからんでもない」
「でも、花子氏は死なせまてん☆ まだまだ生者として拙者と動画配信しなくちゃなりませんからね~」

 なんとなーく、私は訊いてみる。

「私の価値は生きてるってだけですか?」
「…………さてさて、今日のターゲットは――でけでけどんっ。橋元雄大くん。二十三歳。先程勇敢にも花子氏をデートに誘ってきたイケメンくんですな! いやぁ、素晴らしき度胸。まさに勇者。花子氏とデートして何が楽しいのか⁉」

 ごまかした⁉ しかも挙げ句に私とのデートが拷問ってか?
 だけど死神くんの毒舌は続く。

「果たして、この座敷わらしをそのまま大きくしたような女性のどこが魅力的なのか。身体ものっぺり。顔ものっぺり。しかも対人技能ものっぺりにも関わらず課金だけはのっぺりと終わらせない花子氏とデートしたいと宣う猛者……いやぁ、どんな半生を送ってきたのか、実に興味ありますな~」「……死神さん死神さん」
「わざわざ『さん』付けでどうしましたの」
「花子、泣いてもいいですか?」
「事実をそのまま述べただけで、どうして花子氏が泣く必要が?」
「ねぇ、泣いていい?」
「さて、今回も幼少期から見てみましょうっ!」

 うわああああんっ。嫉妬説をあんなにも否定したくせに、なんでそんなに機嫌悪いんだああああ⁉

 だけど眼球くんがブルッとすれば、ハイビジョンに古き映像が映し出される。
 野畑と山々に囲まれた田舎の一軒家だった。のどかなお家の軒下で、まんまるとした坊主の男の子が漫画を読み耽っている。

 誰だ、これ……?
 目が異様にぱっちりしてるアンバランスおデブちゃんはどなたですか?

「ねーねー、死神くん」
「なんすか花子氏」
「映す人間違ってない?」

 だって、今日のターゲットは営業部の新人エースの橋元さんですよね? あのキラッキラした笑顔の眩しい美青年。初対面のあたくしにも「可愛い」言っちゃう……言うなればチャラ男くんですよね?

 このお姿は、どー見ても私の同志候補なのですが?

 それなのに、死神くんは「いんや」と首を横に振った。

「拙者が設定を間違えるなんてありえまてん。これは間違いなく橋元雄大くんの幼少期でござりまする」
「まじで?」
「それじゃ、も少し時間を進めてみましょか」

 死神くんの指示に、眼球くんは再びブルッと。
 すると、あのおデブくんは相変わらずまつげがバサバサのまま、学ラン姿になっていた。メガネを掛けてもわかるまつげって凄いね。私なんか鏡でガン見してようやく数束あるのが見えるくらいなのに。漫画にしたら三本しか書いてもらえないと思うよ。はぁ……。

 そしてメガネのおデブくんは休み時間なのか、クラスメイトたちがガヤガヤ雑談している中、やっぱり教室の片隅で本を読んでいる。

 お、ブックカバーで誤魔化しているとはいえ、それはラノベだね。うん、わかるわかる。挿絵のページは超高速でページを捲っちゃうよね。どうせ自分のことなんか誰も見てないとわかっていても、クラスメイトの視線が気になるんだよねー。うんうん、わかるよ。これは有望な我らの同志だ。

『よぉー、デブ元。今日もエロ本読んでんの?』

 住む世界が違うんだから、ほっといてくれればいいのに。どこでも無駄絡みしてくる輩はいるもんなんだね。彼の本を無理やり取り上げて、ゲラゲラ笑ってくるウエイ系。我らの敵。

 そんな敵に『デブ元』と呼ばれた橋元くん(仮)は、果敢に『返してよ』と立ち上がる。頑張れ、同志よ! だけど、ウエイ系は『おっ、無駄におっぱいデケー』とゲラゲラ笑う。

『オレらでもっとエロくしてやろうぜー』

 そして、油性ペンで落書きを始めてしまう。橋元くん(仮)は、ウエイのお仲間に取り押さえられて。あっという間に、素敵絵師さまの描いた可愛くも切ない女の子のイラストは、下品極まりない落書きに変貌させられてしまった。

『か、かえせえええええええ!』

 そして、デブ元はキレた。押さえてた奴らを吹き飛ばし、ウエイの主犯をぶん殴る。だけどウエイも黙ってはいない。『あんだよ』と殴り返し、そこからは取っ組み合いの大乱闘。教室は騒然となるが、そんなのデブ元には関係がないようだ。無論、私にも。

「やれ、そうだ! いけ、デブ元!」
「花子氏、燃えてますな。喧嘩が怖くないんですか?」
「素敵絵を汚すやつは万死に値する。絵師様は神。すなわちそれは神への冒涜」

 そして、デブ元は机を持ち上げて――放り投げた。それはウエイにクリーンヒット! やったぜデブ元。悪は滅びた! 頭から血を流してノックアウト……て、これはやばくね?

『お前達、何をしている⁉』

 そこで女生徒に連れられてきた男の先生。担任かな? その先生は頭を怪我したウエイを見て、即座に他の生徒に保険の先生と校長を呼んでくるように指示しながら、古い形の携帯電話でどこかへ電話して――。



 眼球くんがブルッとした。ペコペコ謝る親らしき人物に、無理やり頭を下げさせられるデブ元……もとい橋元くん(仮)。謝る相手は、頭に包帯を巻いたウエイとその両親。間に立つ教師は懸命に取り持とうとするも、橋元くんを見る目は冷たい。

 そして、場面が変わる。真っ暗な部屋に引きこもり、勉強机の上には書類が置いてある。それは謹慎処分の通知。橋元くんは乱雑な字で反省文らしきものを泣きながら書いている。

 その後、いくつ場面が変わっても。眼球くんが暗い部屋以外を映すことはなかった。無表情の橋元くんが、たまに読書をしては、ぼんやりする毎日。いつしか、机の上にはバラバラになった紙くずが落ちていた。田舎町を包むのは桜の木。彼の部屋に散らばるのは、卒業証書だったもの。

 その光景に、私はぐずぐず泣いていた。

「うぅ……橋元くん。きみは悪くない……よく戦った。頑張ったよ」
「いやぁ、世間一般的に、先に手を出すのはいかんですな~。それにやりすぎってやつです。相手が軽傷だったから良かったものの、洒落にならない結果になってた可能性もありますからなぁ」
「たとえ世間が許さなくても、私が許す。きみはヲタクの鏡だ」

 私がぐっずぐっず鼻を啜っていると、死神くんが嘆息した。

「……ティッシュ入ります?」
「うん」
「早く泣き止んでくださいね。そんな嗚咽してたら、解説にならないでしょ。さっきもだんまり映像に見入ってたし。はい、ちーん」

 なんやかんや死神くんに鼻を噛ませてもらい、花子はすっきり。

 眼球くんがブルッとすると、大きくなった橋元くんもスッキリしていた。顔色が、じゃなくて、身体が。引きこもって痩せたのか、どことなく今のキラキライケメンの面影が見えないでもない。

『よしっ』

 そんな橋元くんは読んでいた漫画を閉じて、大きな荷物を持って家を出る。カバーの付いていないその漫画は……青春モノのようだ。男女問わず、大学生のキラキラした生活を書いたもの。

 着いた先は大都会。髪も染めて、メガネをコンタクトに変えて。鏡の前で、懸命に口角を上げる練習をして。身振り手振りも研究して。ラノベではなく、オシャレ雑誌や『モテる秘訣』みたいな半分胡散臭い実用書を読み込んで。

 大学デビューを果たした橋元くんは、もう営業部のエースそのものだった。

『あれ、同じ学部だよね? 名前聞いていい? その爪可愛いね』

 隣に座った女の子にニコニコと話しかけて、サークルの飲み会にも頻繁に顔を出して。あっという間にリア充の完成。常に女の子が周りにいる。やだ、言い寄られてるじゃん。バイト先もカフェ? お客さんから連絡先を聞かれてる? 毎週末飲み会合コン楽しそうだねー。

「どうしてこうなった」

 その光景に、私はむくれた。これはもう同志じゃない。敵だ。汝は我らを裏切ったのだ。すなわち――

「天誅を。裏切り者には死あるのみ」
「いやいやいや、花子氏。これは喜ばしい努力の結果じゃないですか。あれでしょ? 引きこもりながらも頑張って勉強して成り上がったんだから、喜んであげないと。ほら、大学だって超有名上位私立。拙者が生きてる頃から勝ち組大学です。それにモテてるのもほら、頑張ったじゃない。あの根暗おデブくんが一念発起した結果じゃない。そこは同志だったからこそ、根暗卒業を喜んであげようぞ?」
「やだ。人の幸せ、何もおもしろくない」
「…………はあ。花子氏、前も思ったけど、そういうとこあるよね~。人としてどうかと思うよ。うん」

 うっさいやい。死神くんなんか死神のくせに。自分の器が小さいことくらい自分が一番わかってらー。ばーかばーか。もういいもん。実況動画なんか知らないもん。わたしゃもうコメントしない! 映像も見ない! 

 と、ぷんすかそっぽ向いた時である。隣の死神くんがツンツンと私の肩を突っついてきた。

「あ、でも花子氏花子氏」
「なんすか」
「花子氏好きそうなオチ来たでござるよ」
「へ?」

 そうとまで言われて見なかったら女が廃る。渋々ハイビジョンに視線を戻せば、女の子からの『終電無くなっちゃったから泊めて欲しいな♡』アピールから無理やり逃げる橋元くん。一人暮らしの家に駆け込み、なだれ込むようにして倒れた先は――二次元桃色ツインテール女の子の抱き枕だった。

『はあ~~~~、ミリアたああああん。疲れたよ~~っ』
「同志よおおおおおおおおおおおおおおっ」
「花子氏って単純だよね」

 裏切り者と見せかけて心は裏切ってなかったという熱い展開に歓喜するのはヲタクの性。うんうん。そのミリアたんの原作は知らないけど、どことなくMVS(マジカル・ヴィラン・ソード)のレイチェルに似ているね。まだMVSは四年目だからね。映像の橋元くんはまだ大学一年生らしいし、来年運命の出会いを果たすのかな? 

 という私の憶測通り、眼球くんがブルッとした後の映像では、人に隠れてスマホに齧りつく橋元くんの姿があった。表ではリア充を演じつつ、夕方の四時になったらさり気なくトイレへ抜ける。そして個室の中で、始まったばかりのイベントガチャを回すのだ。

 MVSの人気が上がるにつれて、橋元くんは忙しくなる。二日酔いのオール明け早朝から、コンビニをハシゴしてクジに回る。当然リアルイベントには遠征。オフ会もわざわざスプレーの髪染め&ダサい変装してから精力的に参加する。その姿――まさに勇者。

「は~~♡ 橋元くんカッコいい♡」
「花子氏は隠れヲタクには肯定的なのですかな?」
「うん。そこまでしても貫きたい二次元愛は肯定する。何事も両立って大変だと思うの。それを応援しないのは人としてどうかと思う」
「……拙者、たまに花子氏がわからない」
「大丈夫、お互い様だから」
「はっはっはー。たしかにー」
「でしょでしょー」

 そんなくだらないコメントしている間に、橋元くんは社会人になっていた。相変わらずの表の顔と裏の顔を使い分けて、順調人生を歩んでいる。あ、津田さんを食事に誘っている。けどその後、飲み会に参加していた。このメンツは……みんなスーツ姿で年齢まちまち。取引先かな? 接待は禁止らしいけど、個人で取引先の人と仲良くなるのは自由だもんね。

『すみません~。津田さん今日予定あるって断られちゃって』
『えぇ、頼むよ橋元さーん。俺、めっちゃあの子タイプでさぁー』

 おやおや? 津田さんの浮かれてたアレは、この三十代っぽい小太りのオッサンに頼まれたってやつだったのかな? はっはー。津田さんオツー☆

 そしてその日も家に帰った橋元くんは、抱き枕のレイチェル=ドルチェの胸にダーイブッ‼

『レイチェルたぁ~ん。今日も疲れたよぉ~っ』

 その光景を見て、私は決断した。今度は私が死神くんの肩を突っつく。

「ねーねー、死神くん」
「花子氏どーしました?」
「私、橋元くんとお話してみたい」

 だって、同志なんだから。橋元くんはミハエル様のいる『まほうの騎士さま』は履修してないようだけど(完全女性向けだもんね)、『MVS』は全ヲタクのバイブルだ。当然私も履修済み。ちなみに私の推しはルシファー。レイチェルとは敵対しつつも、過去に幼馴染だった過去を持ち、お互い昔の思い出と葛藤しながらも戦うライバルキャラだ。だから、橋元くんとの会話にも困らないと思うのだ……たぶん。

 ただ……気になるのが、婚約者がいるって点なんだよね。動画には婚約者の『こ』の字も出てこなかったけど……でも、これはデートじゃないし。いわばオフ会だし。リアルオフ会自体が花子初めての体験だけど、相手はベテラン勢。だからきっと大丈夫。同志を信じろ。

 そんな私の一世一代の決断に、死神くんは無言でプチッと眼球くんを止める。そして私から視線を逸したまま、静かに言った。

「日付が決まったら教えてください――その日は食事、いらないでしょうから」


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