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団地の花子さんと死にたい死神くんの人生実況解説動画 第9話

 そして、橋元くんとの邂逅はすんなりと週末の土曜日に決まった。時間は夜。場所は電車を一本乗り換えた所。埼玉だと思っている人も多い、れっきとした東京の代表とされる繁華街だ。『橋元で予約してありますから』とメッセージにお店のアドレスが添付されてきたから、少し迷いながらも頑張っていかねば――と、その前に。

「ふむ……」

 私は津田さん家のワンルームにお邪魔していた。動画で見た通りのデデニー満載のメルヘンなお部屋だ。

 人の家の鏡の前で、ワンピースに着替えさせられた自分を見る。膝の出ている淡いピンクのシフォンのスカート。オフホワイトの丸い襟のシャツ。それらが一体になっているThe〇〇女子的なワンピース。

 そんな可愛い服を着て白目で固まる私。
 対して、ゆるふわニットワンピース姿でいつもよりも化粧気の薄い津田さんが一言。

「ま、多少は見れるようになったんじゃないかな」

 ◆

 なんでこんなことになったかと言うと――

『ねーねー、花子ちゃん』

 お昼休みに待ち伏せされて、強制的に公園ランチに同席してきた津田さんに、根掘り葉掘り。だとだとしく話した結果、『それじゃあ仕事後、洋服買いに行こうよ! どうせろくな服持ってないんでしょ?』と失礼千万なことを言ってきた彼女に、正直に『そんな金はない』と吐露した私が悪かった。

『それなら、私の服を貸してあげようか?』

 ◆

 回想おわり。
 …………いや、男の人と会う服なんて持ってなかったから、有り難かったんだけどね。実際津田さんの家も、今日も目的地の乗り換え地点だったから手間もないし。それに言われなかったら、普通にジーパンに大学生の時から着ているセーターと仕事用コートで行こうと思ってたよ。実際津田さん家に着いて、津田さんに『やっぱないわ~』と大笑いされた。

 でもこないだよりはマシらしい。こないだってあのおにぎりアタック事件の――と考えるのは止めた。まぁ……あれがいつもと思われたら、そりゃ心配されるのも無理ないな。

 動画で見ていた他人の家に入るのは、けっこうドキドキだった。どんな反応したらいいか、わからなかったんだもん。でも、本当に見る津田さんの家は映像で見るよりもメルヘンすぎて……『可愛いね』『でしょー』だけで終わった。うん、さすがの私も『ぬいぐるみが多すぎてSAN値減りそう』と言っちゃいけないのはわかるよ。伊達に二十四年生きてない。

 ともあれ、無事に洋服を借りれたので用は終わりだ。

「それじゃあ、クリーニング出して来週にでも返すね」

 と、撤退しようとした時である。津田さんが私の肩をガシッて掴んだ。

「何? すっぴんのままデートに行く気なの?」

 ……津田さん津田さん。笑顔が怖い☆

 橋元くんとの待ち合わせ時間も伝えてある。現地に夜の七時。時計のリーダーマウスが指差すには夕方の五時。ここから待ち合わせ場所まで三十分も掛からないので、まだまだ時間の余裕はあります。

 ということで、津田さんは私の顔に色々塗りたくる前に……コットンに何かを湿らせて、顔を拭い始めました。

「まったく……何にもしてないくせに、肌だけは綺麗よねぇ」
「あ、ありがとう?」
「しかも最近ますます肌ツヤ良くない? 実はエステとか通ってるの?」

 うーん……心当たりがあると言えば、食生活が改善されたことでしょうか? 最近、家に死神くんが住んでいるんですよ。動画協力させられる代わりに、毎日おいしいご飯を提供してくれているんだけど……なんて、話せるわけもなく。

「よく、寝ているかも?」
「……うん。あんたに聞いたわたしが悪かった」

 ちょっとー。訊いてきたのは津田さんじゃんかー。
 だけどそんな文句を言う暇もなく、津田さんは私の顔に肌色のモノを塗りたくり始めた。素手で伸ばされる感覚がムズムズする。身震いしていると、津田さんが額を叩いてきた。

「ほら、動くな」
「ごめん」
「喋るな。ヨレる」

 理不尽な。
 薄ら目を開ければ、私に化粧する津田さんの顔は、とても真剣。

 だから……作業の合間を見て、訊いてみる。

「なんで、ここまでしてくれるの?」

 ――だって、ついこないだまで私をイジメてたのに。
 
 しかも、橋元くんが津田さんも『いいな』と思っていた男の人のはずなのだ。婚約破棄したばかりの津田さんが、むしろ狙っていてもいい相手。

 すると、津田さんの手が一瞬止まる。「罪滅ぼしで」とか「むしろあんたをダシに近づこうと思って」とか、言うと思ってたのに。

 津田さんは言った。

「と、友達が幸せになったら、わたしも嬉しいでしょっ!」

 吐き捨てるように言った津田さんが、私の顔をギュッと押さえる。どうやらこれから眉を描くようで「絶対に動くな」と厳命された。

 だけど、私はまた薄っすらと目を開く。
 いつもより化粧の薄い津田さんの顔が、耳まで真っ赤に染まっていた。

 しかし、駅まで見送ってくれた津田さんはやっぱり津田さんだった。

「いい、花子ちゃん。あとは全部相手に任せればいいからね? 無事に孕めば花子ちゃんの勝ち。彼ならきっと、転職してもいい稼ぎ持って帰ってくると思うから。略奪がんば!」

 おいこら遊び疲れて眠る子供を抱っこするお母さんとすれ違う駅の改札で言うことじゃないそれっ!

 そんなこんなで、日も暮れた電車でガタゴト揺られていると、あっという間に繁華街だ。

 私は少々緊張していた。一応、地元から一番近い繁華街がここになるから、昔から土地勘はある。だけど、普段利用するのは南側で。西口とかめったに来ない。それと着慣れない服と靴と鞄と顔のせい。もう何から何まで、全部貸してくれた。最後の捨て台詞さえなければ、本当に感謝しかないんだけどなぁ……。さすが津田さんだよ、もう。

 でも、意識しちゃダメ。だってこれは、ただのオフ会なんだから。橋元くんの名誉のためにも、それは言えなかったけど……大丈夫。私は変な勘違いしてないよ。まぁ、勘違いしちゃった津田さんも今回ばかりは仕方ないのかもしれない。相手は婚約者持ちだもの。それでもなお応援してくれる津田さんはいい人……なのかどうかまでは知らない。

 私は看板とお店の名前を確認して、ビルの階段を下りる。地下一階にある個室居酒屋さんらしい。こないだ津田さんと行った会社近くの居酒屋と違い、めっちゃオシャレだ。壁いっぱいのおっきい水槽にはお魚スイスイ! 床も水の上みたいで光ってる。受付のお兄さんに「橋元で予約してあるはずなんですけど……」と言えば、「どうぞこちらへ」と優雅に案内されて。黒の仕切り扉の先には、私服のイケメンが待っていた。ただ、私を見て目を白黒させている。

「みたらい……はなこさん、ですよね?」
「あ、そうです。御手洗です」

 えぇ⁉ ほんとにお前来たのかよってやつ? でもな、メッセージのやり取りはなんやかんや津田さんにも全部見せているし、読み違えとか空気読めないとかはないと思うんだけどな……。

 背中で嫌な汗をダラダラさせていると、橋元くんがふにゃっと笑う。

「すみません。いつもより綺麗だったから、びっくりしちゃって。どうぞ座ってください」

 すげー! なんやかんや気恥ずかしくて、化粧後の自分の顔を見てないんだけど……津田さんの技術、すげー!

 それに……店内のライトはそんな明るくないのに、彼の笑顔が眩しいぜ。よく見たらえくぼがあるんだね。お休みまで髪型セットご苦労様です。そのチェックのシャツはなんですか。チェックのシャツといったらヲタク男子のトレードマークのはずなのに、なんでこんなにイケメンなんだろう。謎。世界の謎。

 そんなイケメン橋元雄大くんは、私は「ども」と対面に座るやいなや、

「花子さんはお酒好きですか?」

 と、メニューを私に向けて見せてくれる。だけど、私はメニューを見ているフリして、再び汗ダラダラだった。え、今、こいつなんて言った?

「花子さん?」

 固まる私に、橋元くんが身を乗り出してくる。私は慌てて後ずさった。背もたれが低くて、壁に頭をゴツンする。いたひ。

「だ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫れす……びっくりしちゃって」
「びっくり?」

 頭を押さえながら回らない口で、私は懸命に応じた。

「下の名前で呼ばれること、ないから……」

 まぁ、津田さんは知らないうちに『花子ちゃん』呼びだし、死神くんも『花子氏』だったりするけれど。でも職場ではみんな当たり前に『御手洗さん』だ。

 すると、橋元くんは綺麗な形の眉を寄せる。

「津田さんから苗字で呼ばれるのが好きじゃないって聞いてたんですけど……ダメでしたか?」

 津田あああああああああああああああっ!
 確かにこの苗字好きじゃないけど! 正直言えば名前も好きじゃないけど! だから「なんて呼べばいいですか?」なんて聞かれたら困るのは私なんだけど⁉

 色々と諦めた私は、今日絶対やらなくちゃならないことを終わらせることにした。

 鞄の中から、羽のチャームが付いたストラップを取り出す。

「これ、橋元さんのですよね?」
「あっ!」

 私が黒いテーブルに置いたそれを、橋元くんはバッと奪い取るように抱える。ぱっちりとした目を懸命にまばたきする姿を見ると、やっぱりあのおデブくんだった頃と一緒で、まつげが長いんだなぁと見て取れた。

 だから……頑張れ、私。彼の素性を承知の勝ち戦だ。
 今こそ勇気を出す時だ。

「私……ルシファー推しです」
「あ……」
「三ヶ月前のルシファーとレイチェルのハロウィンイベ、最高でしたよね……?」

 私がおずおず手を差し出すと……橋元くんが無言でガシッと掴んできた。その熱い瞳を見て、確信する。

 やはり、私たちは同志だったのだ。


 橋元くんが私を呼び出した理由は、やっぱり落としたストラップの行方が気がかりだったらしい。

 なので、打ち解けてからは早かった。

「いや、でも先月の年越しイベントは解釈違いだったっすねー。エドワルドはあそこで赤面したりしない。家に帰ってから恥ずかしがるタイプだ」
「あーわかるー。あれは安易すぎたよねー。それに年越しボーナスちょっと渋りすぎじゃなかった? 三元日はお年玉無料ガチャくらいすればいいのに」
「確かにしょぼかった! 花子さんは『レイズオブファンタジー』やってます? あっちは合計百連無料だったんですよ。しかも毎日SSR一枚確定」
「すっご! ちょっと最近『MVS』は殿様商売だよねー。グッズ化は多いけど、全部公式イラストの使いまわしだしさー。公式絵師様が忙しいのはわかるけど……もっとアンソロジーの漫画さんとかに頼んだりしてさ、新しいイラスト作るとか出来ないもんなのかねー」
「確かにラスト賞特別タペストリーとか言われても普通にSRのイラスト使いまわしっすもんねー。萎えるわー」
「もう新鮮味がなくってさー。でもそろそろメインスト更新だよね。次の章が絶対泣くしかないから今からティッシュ買い込んでて――」

 なんて管を巻きながら、私はノンアルコール梅ジュース二杯目。すっかり頬杖ついた橋元くんもカシスオレンジ三杯目で、少しだけ鼻が赤くなっている。

 そんな橋元くんがふと鼻で笑った。私はエビの素揚げのような元をパリポリ齧りながら首を傾げる。

「どしたの?」
「いや……花子さん、やっぱり思ってた通りの人だったなぁって」

 その蕩けるような甘い笑みに、私の心臓が跳ねる。同志とはいえ、彼は三次元のイケメンなのだ。そりゃ二次元には勝てないし日頃ミハエル様激似のイケメンで多少の耐性が付いているとはいえ、花子の装甲は紙よりペラペラなんですから……!

「ななななっ、何を言っているのかな⁉」

 淡く光る水槽の中を、色とりどりの魚たちが優雅に泳いでいる。そんな夜の水族館のような漫画顔負けのロマンチックを背景に、橋元くんは発色の良い唇をゆるく開いた。

「廃課金してるって言うと、普通ドン引くじゃないですか。かと言って、普通のオフ会で運営批判言うとそれはそれで敵視してくる人多いし。悪いのは悪い。だけどもっと盛り上げてほしいから課金する。課金は税金。会社の鞄に堂々とアイテム付けている花子さん見て、俺も勇気出たんですよ。俺ももっと、堂々としていいんだって。だから、仕事にもレイチェルたんを連れて行こうと思ったんですけど」

 と、橋元くんは返したストラップを手で弄ぶ。「まだまだ花子さんに比べたら初心者ですけどね」とはにかめば、えくぼが浮かんで。

 だけど……それは褒められているのかな……?

 そういや新年会の時も、鞄に飲み会直前にゲットしたレイチェルの武器アクキー付けてたなぁ、なんて思い出した。そうか、あの時の『可愛い』は彼の推しグッズのことだったのか。

 やはり彼は同志だと親近感を増しつつも、持ち上げられついでに先輩風を吹かしてみる。

「でも、婚約者さんは課金に肯定的じゃないの? 結婚すると……そのへんの意見合わないと大変なんじゃない?」

 しょせん結婚なんて、私には無縁の話なんだけど。そこは年上の知ったかぶりですよ。後輩の幸せ案じてあげてるやつ的な。ちょっと津田さんに感化されて、同志の幸せくらい願ってあげられるようになろうかなぁ、と思ったわけではない。うん。

 だけど橋元くんは、そんな私の心配をあっけなくぶっ飛ばしてくる。

「あの噂、嘘っすよ」
「へ?」
「婚約者。二十三のヲタクに婚約者なんているわけないじゃないっすかー。あれ、支店長がうちの娘はどうだと煩くて。なんか行き遅れの娘さんがいるらしいんですけどね。それにお局とかからも誘われたりめんどかったから……それで自分から噂流したんですよ。まぁ、半分は本当のことですし」
「半分?」

 ほへー。上司から娘を――とかって、ようはお見合いみたいなもんだよね。エリートになるとそういう漫画みたいなことが本当に起きるのかー。

 なんてぽけーっとしていると、橋元くんは今日一番熱く宣言した。

「俺の嫁は、レイチェルたんに決まってるじゃないすかっ‼」

 なーるーほーどーっ‼ 
 私がまた手を差し出せば、橋元くんが力強く握り返してくる。やはり、我らは同志だ。

「私の旦那は、今はミハエル様かな。『まほうの騎士さま』の」
「あ、ルシファーから浮気したんですか?」
「ふっ。私ほどになれば、多夫一妻制なんて余裕よ」
「ははっ、いいっすね~」

 水槽のお魚さんが泳ぐが如く、我らがゆるく談笑をしていると、急に橋元くんが真面目な顔をした。

「……花子さんを見込んで、お願いがあるんですが」

 だから、急にやめーや。きみイケメンなんだから。そんな真剣に見つめられたら、おねーさん心臓がばっくばっくですわよ。しょせん防御力は永遠のレベル一なんだからっ!

「一日だけ、俺の恋人のふりをしてくれませんか⁉」
「……はい?」


「――で、それを引き受けてきたと」
「どどどどどおおおおしよおおおおおおし死神くうううううううううんっ!」

 家に帰り、お茶漬けの用意して待っていてくれ死神くんに開口一番泣きつけば、死神くんはそっぽを向く。

「知りませんて。嫌なら断れば良かったでしょ」
「だだだだ、だって、あんな真剣に頼まれたらさ、年上のお姉さん的にはひと肌脱いであげないと可哀想かなーとか思っちゃってええええええええ」

 どうも橋元くん。例の支店長とやらから『ぜひ婚約者に会わせてほしい』と言われているようで。その婚約者のフリを、私にしてほしいという。

 いやー、下手にオシャレしていったのが悪かったみたい。俺と同じ『表ではきちんと出来る人』と見られてしまったらしい。ごめんね、橋元くん。花子、表も裏もヲタクな陰キャが本性なんすよ……。

 しょせん派遣風情の喪女が無理! と断ったら、橋元くんに「どーしても!」とテーブルに手を付かれてしまい……そのまま首を縦に振ってしまった次第でございます。

 津田さん、今ならわかるよ。あのポーズからの一生のお願い、断れない。

 淡々とお茶碗にご飯をよそる死神くんが言う。

「でも一日だけ婚約者のフリして、その後はどうするつもりなんですか? 立場が違うとはいえ、同じ職場なんですから。一日では済まないんじゃないですか?」

 そのごもっともな指摘は、すでに橋元くんが解決済みだった。
 私はもじもじと細い声で答える。

「……名前さえ伏せておけば、わかんないって」
「え?」
「だから、普段の私と化粧した私は同一人物のように見えないから、めったに私と顔を合わせない支店長なら誤魔化しきれるって!」

 いやぁ、それほどまでに、津田さんのメイク術は凄かった。お店のトイレの鏡で初めて自分の顔を見たけど……まつげが増えまくってた。目の大きさも二倍になってたな。短いスカートだから、嫌でも足回りの動きには気をつけるし。私もちゃんと『女の子』になれるんだなーとちょっぴり嬉しかったりしたから、思わず引き受けちゃったというのもあるんだけど……。

 死神くんはご飯の上に桃色の何かを乗せながら、私の顔を見る。

「……そのこと、津田さんには報告しましたか?」
「いや? 進捗報告を求める連絡はたくさん来ているけど……めんどくさいからまだ開いてない」

 お礼も週明け会ったらでいいかなー、なんて思っていると、死神くんがニヤリと笑った。

「その時の変装、僕が担当してもいいですよね?」
「へ?」
「だって、目的は橋元が今後もお見合い含め、女に言い寄られないことが重要なんでしょう? だったら……今の花子氏もそれなりに可愛いですが、もっと他の女が相容れない、敵わないと思うような女性に花子氏を仕立てないといけないんですよね?」
「で、できるの……?」

 私は生唾を呑み込む。わ、私だって、これでも女ですから? より綺麗になれると言われて、嫌な気はしない。むしろ胸が高鳴っちゃうくらい。

「死神とはいえ、これでも神の端くれですよ?」

 その自信満々の笑みは、もう三次元ではなく二次元の美しさ。

 ひとまずどーぞ、と差し出してくるイカの塩辛茶漬けの匂いと相まって、わたしゃもうメロメロだ。ちなみに、私はイカの塩辛なんて買っておいた覚えはない。

 私は有り難くお茶漬けをずるずる食べながら世間話をする。

「死神くんって、お魚好きだよね」
「そうですね。海鮮料理は生前から好きでした」
「見るのも好きなの?」

 今日のお店、水族館みたいでさー。そう話すと、死神くんが目を伏せる。橋元くんのまつげほど主張はしないけど、死神くんの長いまつげはもっと繊細で、透けているようだった。

「……そうでしたね。ま、溺死(仮)したくらいですから」

 そういえば、死神くんの本名(?)は溺死(仮)=露喰薔薇だったな。

 思い返してもとんでもねー名前だけど……その時の死神くんの笑みは、そんな名前を自分で付けたとは思えないほど、儚く切ないものだった。


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